ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

中途半端な日本語訳には弊害がある

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僕のビジネス・パートナーである吉見範一さんが、自身のブログに「全員にDMを送るのはムダ」というコラムを書いた。

内容にはまったく同意なのだが、終わりのほうで、"CRM(顧客管理システム)"と書いているのが気になった。

何が問題なのだという方もおられるだろう。CRMの一般的な日本語訳は「顧客管理システム」ではないかと。

そのとおりである。だから、吉見さんに問題があるわけではない。彼は、一般的な訳語を載せただけにすぎない。かくいう僕も、以前はこの訳語を何の気なしに使っていた。

しかし、この訳は一番重要な部分を省略してしまっており、問題があると思うようになった。なので、最近はCRM(Customer Relationship Management)とフルスペルを記載することにしている(そうなっていなければ、それは編集者が勝手に校閲したのだ)。

●CRMのRとは?

CRMは、既に書いたとおり"Customer Relationship Management"の略である。

これを「顧客管理システム」と訳すと、まず問題になるのは一番重要な"Relationship"がまったく訳出されていないということだ。

だが、"Relationship"を関係と訳して、たとえば「対顧客関係管理」とするだけでは、まだ不十分だ。

英単語がそのまま日本語の単語に置き換わらないというのは、「常識」といって差し支えないだろう。なので、英単語の本来の意味を知りたいときは英英辞典を引くのがいいとされる。

以下、Longmanのオンライン英英辞典を引いてみた。

customer
1 someone who buys goods or services from a shop, company etc:

relationship
1 [countable]the way in which two people or two groups feel about each other and behave towards each other
2 [uncountable and countable] the way in which two or more things are connected and affect each other

management
1 [uncountable]the activity of controlling and organizing the work that a company or organization does

organize
1 [transitive]to make the necessary arrangements so that an activity can happen effectively:

Customerについては、「顧客」で問題ないだろう(ただし、この定義ではbuyが現在形――つまり習慣的に買うということなので、見込み客を含まないように思われる。実務上は見込み客も含むべきだ)。

Managementについては、上の定義を見る限りは「管理」とはややニュアンスが違うことが分かる。

日本で「管理」と言うと、それ自体が目的化しやすい傾向がある。Managementはあくまで効率化のための手段だというニュアンスがあり、目的化しない。なので、「マネジメント」とカタカナにするほうが良いと思う(だが、「管理」に僕が感じるような自己目的化のニュアンスを感じない人は、まあ、使ってもいいのかもしれない)。

問題は、Relationshipである。定義「2」では、「two or more things」とあり、モノとの関係では1対多もあり得る。だが、定義「1」を見ると、人やグループとの関係に関しては、あくまで1対1なのである。しかも、緊密な関係である。

ここが決定的に重要なところだ。

つまり、CRMとは

   顧客と自社との間に1対1の緊密な関係を作るためのマネジメント

ということなのである。

●背景はOne-to-Oneマーケティング

CRMツールと言われるITツールが出てきた背景は、One-to-Oneマーケティングの流行にある。今までのようなマス・マーケティングだけでは売れないという状況になった1990年代の後半に、急速に浸透した概念だ。

考え方自体はそれ以前からある。特に小さな店舗ではお得意様と緊密な関係を作るのは、最重要成功要因と言ってもいいことである。90年代後半のブームで特徴的だったのは、膨大な数の顧客を持つ大企業が本格的に取り組み始めたということだ。

One-to-Oneマーケティングについては、e-Words「One to Oneマーケティング」が参考になる。一部引用する。

個々の消費者や顧客の嗜好やニーズ、購買履歴などに合わせて、一人一人個別に展開されるマーケティング活動。

提供する情報や応対内容を一人一人変化させることにより、消費者や顧客は、あたかも企業と自分が一対一の関係を築いているように感じる。

新しい顧客の開拓よりも、既にいる顧客の忠誠心を高めるのに威力を発揮するマーケティング手法と言える。

具体例としては、過去の購入履歴から商品を推薦したりとか、過去の検索履歴からブラウザ上に表示する広告を最適化したりなどが分かりやすいものだろう。

このようなマーケティングを手作業でやろうと思うと膨大な時間とコストが掛かる。なのでITでやってしまえというのが、CRMツールが(特に大企業で)普及した理由なのである。

ところが、日本でCRMというと「顧客データベース」のことと誤解されがちだ(なお、顧客の属性データベース=いわゆる顧客リストと考えているとしたらそれは完全な間違いだ。購買履歴など行動履歴を含んでいるのなら、あながち間違いではない。ただし、それはCRMの一部だ)。

たしかに膨大な「顧客データベース」を作っておけばなんとでもなるという側面はある(なんとでもなるどころかCRM以外の目的にも使える)。

だが、単に「顧客データベース」だと思ってしまうと、顧客一人一人と密な関係を築くためのものだったCRMが、全然違うもののように見えてしまう。

たとえば、「顧客データベース」のビッグデータ活用はもちろんありだが、しかし、それは「一人一人の顧客と向き合うというOne-to-Oneマーケティングの考え方」とは方向が違うのは明らかだ。

このあたりの関係性が分かりづらい場合は、下図を参照してください。

2014060201.png●SFAも同様

中途半端な日本語訳が本来の意味を忘れさせてしまうという例として、CRMのことを長々と話してきた。

同じような概念で、SFA(Sales Force Automation)も「営業支援システム」と訳されることが多い。だが、これも同様に適切な訳とは言えない。

同じくLongmanのオンライン英英辞典で調べてみよう。

sales
a) [plural]the total number of products that are sold during a particular period of time:
b) [uncountable]the part of a company that deals with selling products:

force
6.organized group[countable usually singular]a group of people who have been trained and organized to do a particular job:
[Look up a word starting with D or S for samples of headword or sentence pronunciations on the LDOCE CD-ROM] the company's sales force

automation
the use of computers and machines instead of people to do a job

まず、SalesとForceをそれぞれ調べているが、"force"の欄を見ればお分かりのように、"sales force"とは「営業部門」あるいは「営業部隊」のことだと分かる。

ただ、"sales"の定義[2」にもあるように、salesだけで「営業部門」の意味にもなるので、「営業部隊」という意味合いを強調しているのではないかと思う。軍隊のように戦略・戦術・計画・兵站などを持って、目的志向で行動する集団のイメージだ。

ちなみに、Longmanの"force"の項を見てもらうと分かるように、英語圏の人が"force"と聞いて最初に思い浮かべるのは、軍隊とか(軍の)部隊のことなのである。

これがなぜか英和辞典だと最初に「力」という訳語を持ってくる。そのせいで、"sales forece"と聞いて「営業力」と思う日本人も多いのではないだろうか。

オビ=ワンならモノを売るのに"sales force"を使うかもしれないが、「営業力」の英訳は"sales strengths"が一般的なようだ(ただし、筆者は英語圏で労働した経験がないので、経験者で"sales forece"を「営業力」という意味で、ネイティブが使っていたのを聞いたことがあるという方はご教示ください)。

というわけで"Automation"の意味も勘案すると、SFAとは、

  営業部隊から(できるだけ)人手を省くこと

となる。

なので、「営業支援ツール」などというおこがましいものではなく、ましてや日報システムでもないことが分かる。「営業事務」の効率化ツールなのである(「営業事務」の範囲をどこまでと捉えるかという大きな問題はあるが、ここでは立ち入らない。ただ、伝票切りなどの事務は業務システムで行うものであり、SFAの対象業務は、営業進捗管理などに関わるものなどで、単純作業よりは少し高度である)。

そのため本場アメリカでは、特定のSFAツールに習熟していることがセールスパーソンの採用条件になるというようなことがよくある。単なる事務ツールだからこんなことが可能なのだ。

これが「営業支援ツール」なのだとすると、営業力の源泉は会社によって違うはずなので、会社毎にカスタマイズしないと使い物にならない。なので、このような採用条件はあり得ない。

日本では、「営業支援ツール」としてSFAツールを導入し、かえって営業マンの仕事が増えたなどという、欧米人から(いやたぶんアジア人からも)見たら笑い話にしかならないことがよく起こるが、本質を外した「誤訳」のせいもあると僕は思う。

なお、日本の(特にBtoBの)営業スタイルを考えると、SFAツールよりはCRMツールのほうが「営業支援ツール」としてふさわしいように思う。

●まずはオリジナルを尊重し、その後アレンジを

本稿では、マーケティングやセールスに関わる用語の「誤訳」についてお話した。

もちろん、他の分野でもこのような話はたくさんある。

なんとなく分かったようなつもりになっている3文字・4文字略語は特に危険だ。一度よく元の意味を調べてみることをおすすめしたい。

もちろん海外から来たものを日本流にアレンジするのは結構なことだ。

だが、アレンジする前には元の意味をよく知った上で、まずはその長所を知ることが必要だと思う。そうでなければ、海外から来たものを導入する意味がない。

まずは愚直にやってみる。その上で、ローカライズすべきところはローカライズする。さらに、ローカライズした暁には、ふさわしい言葉に置き換えるということも、きっと大切だと思う。

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