「教育」に関心のない人はほとんどいません。一方、いま「教育」において、どんなことが起きていて、どんな方向に向かっているか、メディアを通しての情報だけでは捉えることも難しいです。このブログでは、教育の今をなるべく分かりやすくお届けするとともに、一教育産業人として考えてることもお届けできれば、と思います。

当事者意識があふれた若者に、あなたは何を感じますか?

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話すのが純粋に楽しいから、そして、世代感覚の違いを自分なりにつかんでおきたいから、という理由で、ビジネスを抜きにした高校生とのお付き合いも多いです。
その関係で、Facebookで友達関係になっている高校生もそこそこいるんですが、高校生H君が、こんな投稿をしていました。

===(以下、投稿転載。本人の許可を得ています。)===
ニュースで取り上げられていた「消滅可能性都市」

2040年に20~39歳の女性の数が現在から半減し、人口が増えずに立ち行かなくなる市区町村のことである。秋田や岩手、山形、島根などでは8割が消滅する予想だ。東京都も島しょや奥多摩地域が予想されている一方、本郷があり、池袋という副都心を抱えている豊島区も予想されていた。ここからは自らの所感を述べる。

まず、なぜ豊島区が入ったのか。それは山の手地域ならではの特性があるように思う。大塚、巣鴨近辺は若者が多く住んでいる。しかし、地方から出てきた大学生が多くの割合をしめているため、その若者が卒業後も住む、という可能性が非常に低い。また、地蔵通りを見てわかるように高齢者も多い。二極化が進んでいるように感じる。これが20年後にさらに進むのは不可避になってしまう。僕が思うに、大学のために移り住んできた若者をいかにとどまらせるか、ここが重要だ。

世田谷区民からみて豊島区の改善すべきところは住宅の密集すぎ(要区画整理)と木造住宅の多さ。あとは風俗ね。ここを改善すれば多少は変わるんじゃないのかな。教育設備は充実していると思うし。

そして全国規模での対策。今回の調査結果を発表した増田元総務相は合計特殊出生率を1.8まで増加させると話していたが、国民的な目標は作るべきだと思う。あとは子育て支援の強化。以前に学校の先生も言っていたが、政治家はより票を多くもらえる世代に対する政策を強化すると話していたが、確かにそうだ。実際、今の日本は高齢者に対して優遇政策を多くとってきた。しかし、この調査結果をうけて舵を切るべきではないだろうか。税金の使い道をもっと若い世代にも充実するべきである。国としても方針を変えないと、いくら地方自治体が若者誘致の政策を行っても意味が無いと思う。

・・・と所感をつらつらと書いたが、2040年には自分は43歳。この時に何人の子供がいるか。それが日本の未来に関わってくる。日本を残したいのなら、国民一人一人が危機感を持って子孫を積極的に残していく姿勢が大事だと思う。
===(転載終)===

凄い、凄いよ、この文章、と思って、

「うん、凄く素敵な文章ですね。
若いうちから将来に、そして日本に、想いを馳せるだけでも、凄く大事なことだと思います。「社会との関わりあいの中で自分がいる」という、良質のアイデンティティーの形成につながりますし、そのことは自らの幸福感を高めてくれることにつながるんだよなーと、歳をとったいまだからこそ、ハッキリ、わかります。」

とコメントを寄せたら

「ありがとうございます。やはり将来自分にも関係してくることなのでこういうニュースにはすごく興味を持っています。自分もそうですが、子供や孫ができたときに彼らがもはや住めないと思うような国にだけはしたくないと思っているので・・・」

とのお返事が。これまたほんとに、素敵な若者だなあ、と感じる文章でした。
僕が高校時代に、こんな文章はまず書けませんでしたから。


「主体的に考え、行動し、問題を解決できる人間」の育成は、世の中的にも強い要請です。誠ブログ「大学入試、論述問題を増やすのがいいのでは?」でも取り上げましたが、高大接続特別部会、大学入試改革の議論においても何度も「主体的」という言葉は出てきますし、バブル崩壊から立ち直っていない日本社会の情勢を考えれば、(前から言われていることではあるものの)ますます強くなっているわけです。

「主体的に考え、行動し、問題を解決できる人間」になるためには

(問題意識・問題把握)→(問題の課題意識への落とし込み)→(課題化)→(課題解決行動)→(課題とできる領域を広げる・課題解決行動を継続する)

という順番が必要です。
問題意識から問題把握へ遷移するのが流れとしては自然ですが、「(いわゆる)評論家」の多い日本社会においては、「問題把握はできていても問題意識がない」という人も相当数見られるため、ここは同じステップとして...。
ほとんどの人ができていないと思えるのが、その次、「問題の課題意識への落とし込み」
このままじゃあ問題だよなあ、という漠然とした意識や、その問題の中でも大きいのはここだよなあ、という把握は、知的レベルが向上している社会においては、割と多くの人ができているのに、その問題から「さて、自分に何ができるか、何をしなければいけないのか」までコミットしない大人が、残念ながらマジョリティと感じています。


その一方で、この高校生。
豊島区について問題意識を感じ、問題把握をしようとしている。全国規模での問題把握もしようとしている。
その次に、2040年の自分の年を考え、社会のために行動しようとするまでの課題意識への落とし込みと行動に向けた準備のコメントが自然に続いている、これは当事者意識がないと、まず出てこない言葉です。

「自分もそうですが、子供や孫ができたときに彼らがもはや住めないと思うような国にだけはしたくない」

これ、発言しているの、高校生ですよ。しかもFacebookで「表現する」という行動にまで出ている...
読者のみなさん、何を感じますか?


体感的に、今の20代前半より年下の皆さんは、社会を創っていく当事者意識がとっても強いです。
恐らく、バブル絶頂が1988年ですから、バブルと言う言葉が「生まれてから周りにない」という時代に育っているため、何かに頼ろう、あるいは頼れる、という意識が、その上の世代に比べて薄いんだと思います。
だから、10代の「できる子」は、僕の10代の頃の同世代には考えられなかったくらい、抜群にできるし、主体性もあります。


彼らに、社会を創っていってほしいと願うと共に、彼らにより多くの幸せが降り注いでほしいなあ、と思います。


※本ブログはZ会ブログ「和顔愛語 先意承問」2014年5月18日の内容を一部修正し掲載しています。

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