谷誠之の 「カラスは白いかもしれない」
人を動かすものは何でしょうか?様々な「座右の銘」から、それを探っていきたいと思っています
今週は、DiSC なるものを勉強しています。
DiSCの詳細はこちらをご覧いただくとして、今回は、そのセミナーを受講していてとっても勉強になったことをひとつ。それは、DiSC のコンセプトともいうべき、この言葉です。(注:私が勉強した内容そのままではなく、少しだけアレンジしてあります)
自分にとって「あたりまえ」のことを、「とんでもない」と感じる人がいる。
自分とその人との差を、"違い" という。
しかし多くの人は、自分の「あたりまえ」が通用しない人に出くわすと、戸惑い、葛藤する。
そして自分を守るため、あるいは自分を正当化するために、自分と相手との "違い" を相手の欠点だと定義してしまい、「あいつは "間違って" いる。私は正しい。」と考えようとする。"違い" は、決して "間違い" ではない。"違い" は "違い" でしかないのだ。
自分を正しく知り、他人を正しく知れば、自分と他人との "違い" に気づき、その "違い" を受け入れることができる。そうすれば、その人との最も適切な付き合い方がわかる。
"違い" は "間違い" ではない。正直、耳の痛い言葉でした。私は現代の変化のスピードに即座に対応するため、「70%のデキでいいから、とにかくすぐに決断して、すぐに行動に移す。間違っていると分かれば、走りながら修正する。完成したときに及第点であればそれでいい」ということをモットーにしています。すると、完璧を求め、十分に準備し、データや根拠を完全に用意してから行動に移す人のことをどうしても「決断が遅い。もっと早く決断し、早く動くほうが、時代に合っている」と判断してしまう傾向にあるのです。これって、上記のような人を暗に "間違っている" と判断してしまっているのですね。
実際には、それは "違い" でしかないのです。求めるものが違う、価値観が違う、自分にとって何が嬉しいかということが違う、自分にとって何が脅威かということが違う、などなど。まずは、その "違い" を認め、いったん受け入れる。その上で、その人の価値観や嬉しいと感じることに合わせたフィードバックを行う(迎合しろ、ということではありません。苦言を呈する必要がある場合もあるし、その人の暴走を止める必要がある場合もあります)。そうしたら、コミュニケーションはもっと円滑にできるはずです。
ああ、今まで私は、このことを知らなかったがためにいくつも損をしてきたような気がします。あ、これを「損」だって感じることも、私の価値観を強烈に表しているのです。
クラウドブームだからってわけではありませんが・・・
私は昨年の中旬から、自分で「おうちクラウド」と呼んでいる環境を社外から使っています(注:現在、弊社・阪神支社は、自宅の一室を改造してオフィスにしているのです)。「おうちクラウド」とは、オフィスに置いてあるメインマシンを社外からもインターネット経由でリモートアクセスして使うことで、
- オフィスにいても外出していても常に同じPC環境を利用する
- さまざまなデータやファイルを一か所に集めておき、一元管理する
- さまざまなデータやファイルをノートPCに入れて持ち歩かないことでセキュリティを強化する
という利点を得ようとしていました。いえ、得ていました。
今までは、TeamViewer というツールを用いていました。このツールは個人的にはかなり気に入っています。具体的には、
- メインツールの「TeamViewer」は、サーバ(コントロールされる側)にもクライアント(コントロールする側)にもなれる。また、サーバのみのツール、クライアントのみのツールもある。インストールしないで使えるエディションもある
- インターネット経由で、リモートコントロールする側もされる側もNATの内側(プライベートアドレスを持っている状態)にいた状態で通信ができる。ルータに穴を開ける必要がない(これが大きい)
- サーバとクライアントとの間で、ファイル転送が容易にできる
- サーバとクライアントの立場をワンクリックで逆転させられる。リモートサポートしている時なんか、「ちょっと私の画面を見て」なんてことができる
- クライアント側は、iPhone、iPad、Android 端末版が用意されている。iPad から PC に接続すると、あまり違和感のない操作が可能
そのほかさまざまな機能があって、本当に便利に使っています。が、この手のアプリの宿命なのかもしれませんが、
- そこそこのネットワーク帯域がないと、とっても遅い
というデメリットがあります。これは、vnc なんかもそうなんですけど、コントロールされる側のローカルコンソール画面をそのまま転送しているため、どうしてもそこそこの帯域が必要なんですよね。いちおう壁紙を消したり、Aero を無効にしたり、色数を減らしたり、といった工夫が自動的になされるようにはなっているんですけど。
そこで、ネットワーク帯域が確保できないときのために、RDP(リモートデスクトッププロトコル)を用いたリモートデスクトップ接続も実現しよう、と画策しました。RDP は画面描画命令をクライアント側に送るため、TeamViewer よりもデータ量が少なくなるんじゃないか、と考えているわけです(実際はどうかわかりませんけど)。
ただ、RDP はそのままではルータを超えられません。インターネット経由で RDP 接続しようと思えば、次の3つのいずれかの方法が必要になります。
- 自宅(オフィス)側のルータのポート 3389 を開ける(かなり危険)
- 自宅(オフィス)側のルータのポートフォワーディング機能を用いる
- リモートデスクトップゲートウェイサーバを立てる
- VPN を構築する
もしかしたら、そのほかの方法もあるかもしれません。今回私は、2.の方法を用いました。それが一番コストパフォーマンスが高いと思ったからです。
まずはルータに設定されているグローバルアドレスは固定のものではないので、外部からこのルータに確実に接続しようと思えば、ダイナミック DNS の機能が必要です。今回は、ルータがバッファロー製だったので、バッファローのダイナミックDNSの機能を用いました。月額315円です。世の中には無料の ダイナミックDNS サービスもありますが、今回は「設定が簡単」というだけの理由でこれを選びました。仮に、"tani.ddns.jp" というアドレスを取得した、としましょう(実際のアドレスは、tani.ddns.jp ではありません ^^;)
次にルータにポートフォワーディングの設定をします。RDP は TCP 3389 番ポートを使いますが、それをそのまま使うのは怖いので、別のポート番号を割り当てます。仮に 10000番としましょうか(実際に使用したポートは 10000 ではありません。念のため ^^;)。そして
- インターネットからやってきたTCP 10000 ポートの通信を、
リモートデスクトップ接続したいマシンの TCP 3389 ポートに転送
という設定を行います。「リモートデスクトップ接続したいマシン」は、IPアドレスで指定します(リモートデスクトップ接続したいマシンには、固定のプライベートIPアドレスが設定されています)。
これで、インターネットに接続されているPC上でリモートデスクトップ接続を起動し、
- tani.ddns.jp:10000
宛に通信を開始するわけです。
実際に使ってみたところ、TeamViewer よりちょっとだけ速いかな?という感じです。あと、TeamViewer では音声出力をリモート側に出すことができないんですが、RDP だとできるんです。これは少しいいですね。あと、TeamViewer は「半角/全角」キーをサーバ側に送ることができないんですが、RDP だったら OK です。
しばらくは、TeamViewer と RDP とを併用してみます。もしかしたら、RDP 一本になるかもしれませんけどね。
・・・久しぶりに、ITっぽいことを書きました。
レーシック手術を受けて、もうすぐ1か月たちます。
だいぶ、視力も安定してきました。1か月検診の時にあらためて視力を測りますが、現在の視力は両眼ともだいたい 1.2 ぐらいだと推測します。手術直前に 右 0.09、左 0.04 だったことを思えばすごいことです。
あくまでも私の経験(EPI-LASIKを受けた後の症状)ですが、どなたかの参考になればと思い、書いておきますね。
- 手術中は、まったく痛むことはありませんでした。器具を目に押し付ける圧迫感があるぐらいです。ほんの10秒ほど、「目を開けているのに何も見えない」状態があります。人によってはその瞬間を不安に感じるかもしれませんが、それもすぐに戻ります。
- 術後、麻酔が切れてから、玉ねぎがしみるような痛みが半日ほどありました。しかしそれも手術を受けた日の夜には感じなくなりました。
- EPI-LASIK は視力回復までに時間がかかります。術後数日は、0.3 ほどの視力しか出ませんでした。また、ものの判別はできるし、遠くの字も読めるのですが、輪郭がシャープではなく、ソフトフォーカスといいますか、薄いくもりガラスごしに見ているといいますか、大丈夫かいな?と不安になりました。
- 手術から1週間ほどたった時点で視力が安定し始めました。2週間たった頃にはかなり安定し、まるでメガネをかけているかのような錯覚に陥るようになりました。今でもつい寝る前にメガネをはずすしぐさをしてみたり、ずれているメガネを上にあげるしぐさをしてみたりしてしまいます。
- 手術日から、毎日ずっと目薬をさしています。これは主に感染症予防、炎症予防を目的としたものです。手術後1か月ぐらいまではさし続けるほうがいいでしょう。
- 手術を受けたことで「気づいてしまった」老眼は、視力の回復と共にあまり気にならなくなりました。とはいえ、左目よりも右目のほうが老眼が進んでおり、焦点が合う距離が右目と左目で違う、というのがちょっとやっかいです。
それから、なぜか不思議なことをひとつ。手術した後に、友達や仕事仲間、仕事上のお客様など20名以上の人に会いましたが、「あれ、メガネどうしたんですか?」と指摘してくれたのは1人しかいませんでした。33年間もメガネ生活をしていて、メガネを取った顔なんてほとんどの人は知らないはずなのに、です(ああ、このブログの顔写真は、メガネ無し、ですね・・・)。母親も指摘してくれないのでこちらから言ったら、「あれ?あんた、メガネしてたっけ?」などと言われる始末です。友人の1人は「自動的にメガネが頭の中で補正されているから、確かに言われないと気づかない」ですって。
さて、今年の夏に楽しみなことがひとつあります。それは「サングラスのおしゃれをする」ことです。今まで度付きのサングラスしかかけられなかった(=おしゃれなサングラスの選択範囲が狭かった)から、これはとっても楽しみなんです。もっとも、仕事の時はサングラスがかけられないですけどね。
先日、某所で「ファシリテーション技術 基礎」コースを実施してまいりました。
講座の演習の中で、受講者のおひとりがとてもすばらしい単語を創造してくださり、さらに演習チームがその単語にすばらしい定義してくださいましたので、ぜひご紹介いたします。(演習の内容はちょっとはしょります。ごめんなさい)
その言葉は、タイトルにある「時限会議」。もともとは、「今回の研修でファシリテーションにまつわるスキルをたくさん学んだけれど、その中でも明日からでも実行できて、なおかつすぐに効果が期待できそうなものは何か?」ということを受講者のみなさんに考えていただき、実際に明日から実行していただこう、という演習でした。受講者は5人程度のチームに分かれてこの演習にチャレンジしていただいたのですが、その演習中に生み出された言葉です。
私の解釈では、時限会議には次の4つの意味があります。
- 会議の開始時刻と終了時刻が明確に決まっていること。
ただし、「1時間程度で終わるかもしれないけど、念のために2時間確保しておこう」なんてことはせず、ぎりぎりの時間を設定しておくこと。 - 会議終了時に達成しなければならない成果が明確に決まっており、それを必ず達成すること。「時間がきたので、今日はこれまで」ということをせず、参加者全員で達成にこぎつけること。
- 限られた時間の中で何を話し合うべきかということ(会議の目次)が明確に決まっていること。
- 会議時間の時間割が明確に決まっていること。例えば1時間の会議なら、最初の15分で問題点の洗い出し、次の15分でブレーンストーミングなどの手法で解決策の案を出せるだけ出して。次の20分で出された案を検討・吟味し、最後の10分でどの解決策を選択するかを(いくつかの次善の策も含めて)抽出・決定する、など。
もうひとつ重要なのは、参加者全員がこの4つの項目をちゃんと意識して、達成しよう、と努力することです。
これが達成できれば、ダラダラした、意味のない会議をなくすことができ、時間の効率化、参加者のモチベーションの向上、成果の品質の向上などが臨めます。
上記の4つの項目は、ファシリテーションの研修の中で重要であると紹介している内容です。それに「時限会議」という簡潔でピッタリな名前を付けてくださった受講者の方に感謝です。名前を創造してくださったTムラさん、このブログをご覧になりましたら、ぜひコメントを残してください。教室で「いい言葉だから、ブログに載せていい?」って伺いましたが、明確な許諾を頂戴しないままに研修が終わってしまいました。あらためて、(事後報告になっちゃいますが)許諾していただければ、と考えております。
この不景気な世の中でもちゃんと成果を上げている企業の多くは、これらの項目を満たした会議をちゃんと実行していますし、私の経験からいってもこれらの項目を順守した会議を実現することは決して難しいことではありません。ファシリテータの力量も大事ですが、それ以上に参加者全員が「やるぞ!」と思うことが重要です。
会議は(普段の仕事もそうですが)ダラダラ時間をかけてより完成度の高い成果を上げようと努力するよりも、8割の品質でいいからとにかく限られた時間の中で全員が合意した結論を出す、ということのほうが結果的に仕事が効率的に回ります。残りの2割は、実際にその合意した結論を実行に移したときに徐々に補正すればよいのです。会議を開催した1週間後には、また事情が変わっているなんてこともあるのですから。
みなさん、少し遅くなりましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
最近書き込みが少ないのが申し訳ないのですが、このお正月に限ってはそれなりの理由がありました。
私、レーシック手術を受けたんです。
このブログの趣旨とは全然関係ないんですけど、人生に一度あるかないかのおおごとなので、喋らせてくださいな。
実はずーっと昔から、視力回復手術に興味がありました。まだ「RK」という、角膜に放射状の切込みを入れ、眼圧を利用して目を膨らませて屈折率を変えるという手術しかなかった頃から、いつかは視力回復手術を受けたいと思っていたんです。でも度胸がないのと料金が高いのとで、ずーっと「興味があるだけ」の状態だったんですね。
しかし、ここにきてどうも肩こりがますますひどくなってきたこともあり、(もちろんそれだけが原因ではないけれど)メガネやコンタクトレンズに頼らない世界に行けば、もしかしたら肩こりが少しでも楽になるのではないか?と思い立って、いろいろ調べてみることにしたんです。調べれば調べるほど、人間は自分がやろうと思っていることを正当化する傾向に働きます。そういう心理も知っているクセに、いつの間にか「視力回復手術を受けたい!」と強く思うようになってしまいました。
現在主流の視力回復手術は2種類あります。いや、本当はもっとたくさんの種類があるんですけど、一般的にはこの2種類が多数派であるといえるでしょう。
詳細は上記リンクを参照していただくとして、早い話が角膜上皮を削ってフラップと呼ばれるフタのようなものを作り、そのあと角膜中枢部分にレーザーを当てて屈折を変え、フラップを元に戻す術式です。手術を受けた翌日からかなりの視力回復が期待できます。しかしフラップを作成するためにそれなりの厚みが必要で、角膜が薄い人は受けられません。また、目に強い衝撃があればフラップがずれる可能性があるので、激しいスポーツをする人には向きません。
こちらは角膜上皮をいわば完全に取り去って、角膜中枢部分にレーザーを当てて屈折を変えるという術式です。取り去った角膜上皮は1週間ぐらいで再生しますが、完全に元に戻るのには1か月~3か月ほどかかるんだそうです。そのため視力回復はゆるやかで、手術した翌日からスカッと見えるようにはなりません。ただ、レーシックに比べて薄く削ればよいので、角膜が薄い人でもこちらであれば手術を受けられる可能性があります。また、フラップがずれる心配がないので、激しいスポーツをする人であればこちらがおすすめです。
さて私はというと、検査の結果角膜の形がちょっと変でして(^^;、よりリスクの少ないエピレーシックを受けることになりました。ちなみに手術を受けたクリニックはこちらです。
手術当日は、ちょっと緊張しましたけど、別段怖いということはありませんでしたね。あらかじめ十分説明を受けていたからだと思います。やっぱり、事前にちゃんと説明を受けるってのはどんなことでも重要ですね。手術中は点眼麻酔をしていたので特に痛くありませんでした。角膜上皮を削ったとき、ほんの10秒ほど「目を開けているにもかかわらず何も見えない」という瞬間があり、さすがにその時は不安でした。手術は10分ほどで終わり、そのあと15分ほど休んで、検査を受けて帰りました。
手術前に裸眼で 右:0.09、左:0.04 だった視力は、翌日に 右:0.9、左:0.6 までいったん回復しました。しかし、角膜上皮が再生する過程では、角膜がなめらかではないため、視力は極端に不安定になります。手術2日目は両眼とも 0.3、3日目は 右:0.5、左:0.4 でした。実はこれを書いている今でも、PCの画面に焦点が合わず、ぼんやりしています。1月いっぱいはちょっと我慢かな・・・
しかし、手術を受けてよかったと思っています。何でもチャレンジすることは辞めたくないですね。というわけで、今年の私のモットーは「チャレンジ」です。いろいろなことにチャレンジしていきたいと考えています。致命的な失敗でない限り、失敗もまぁOKかな、と考えています。
あらためて、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
前回ブログを書いてから、2か月近くたってます。遅筆ですみません。
さて、前回「相手からの信頼を得るためには、『信用』と『態度』だ」という話をしました。これはこれでとっても大切なんですけど、ビジネスの世界ではどうしても「早急に信頼関係を構築する」必要に迫られます。特に、初対面の相手から信頼を得るのはとっても難しいものです。初対面ということは相手に対して実績がないわけであり、まだ相手に「信用」されていないわけですから。
もちろん過去の実績を相手に見せて、かりそめの信用を得ることは重要です。しかし、それは相手に直接何かの成果物を出して本当に「信用」してもらうことに比べると、重要度はそんなに高くありません。多くの人は、自分が感じたものをいちばん信じる傾向にあるのですから。
ならば、もうひとつの「態度」に頼るしかありません。多少わざとらしくなっても、一生懸命相手に信頼されるような態度をとり続けることが大事です。ビジネス書を見るといろいろ書いてありますが、私はおおきくふたつのことを推奨します。
ひとつは「熱意」です。ただし、自分本位の熱意は相手に引かれてしまいます。賛否両論あると思いますが、主語を自分にしないほうがいいような気がします。例えば、自社の製品を相手に語る際は、「自分がどれだけこの商品のことが好きか」とか「自分がどれだけこの商品を相手に買ってほしいか」という気持ちを伝えるのではなく、「この商品がどれだけ相手に幸せを提供するか」とか「この商品がどのように相手の抱えている問題を解決するか」ということを、熱意をもって語るわけです。もちろんそのためには、相手のことをよく研究しなければなりません。相手にとっての幸せとは何か、相手が抱えている問題は何か、ということが理解できて、初めて相手を主語にした「熱意」を語ることができるわけです。それができれば、相手はきっとあなたのことを信頼してくれるでしょう。
もうひとつは、ちょっとテクニックぽくなっちゃうんですけど、「ペーシング」です。これも奥が深いテクニックなんですけど、簡単に言ってしまうと「相手のペースに合わせる」ということですね。説明になってない。具体的には、
相手が立っていたらこちらも立ち、座っていたらこちらも座る(あるいは同じ目の高さになるようにする)
相手が早口ならこちらも早口ぎみに話し、相手がゆっくり話すのならこちらもゆっくり話す
相手がこちらの肩や腕などに触ってくるようだったら、こちらも相手を触るようにする
(ただし、セクハラにならないようにね)
などなど。他には「相手がこちらの目を見て話すのなら、こちらもちゃんと相手の目を見て話す」とか、「相手がこちらと距離をとって話すようなら、その距離を保つ」とかね。ようは、相手に視覚的、聴覚的、感覚的なイメージをできるだけ合わせるようにしましょうってことです。極端な例では、相手が怒鳴ってクレームを言うのなら、あえて冷静に対応せず、こちらもある程度大きな声で、焦ったような態度をとるほうが効果的なのです。
これは実はもっと奥が深くて、突き詰めれば心理学の世界にまで足を踏み入れいることになります。今回はそこまで説明しませんが、興味があればカウンセリングとか NLP とか、調べてみてくださいね。
前回は、「信用」と「信頼」の違いについて触れました。
何らかの実績や成果物に対して「信用」する、その実績や成果物を根拠にその人の未来を「信頼」する、というような違いがある、とまとめました。
では、そもそも「信頼」されるためにはどうすればいいでしょうか。仕事においてもプライベートにおいても、人は相手から「信頼」されないと友好的な人間関係を構築できません。「信頼」されなければ、大きな仕事を任せてもらえないでしょうし、人生相談もしてくれないでしょうし、友達にも恋人にもなってくれないでしょう。
「信頼」を得るためには、大きくふたつの要素が必要不可欠だと思っています。
それは、「信用」と「態度」です。
まずは「信用」。前にもふれたとおり、「信用」は実績や成果物に対してつくものです。人は、実績やデキのいい成果物をコンスタントに提供し続ける人を、「次回も同じような成果を上げてくれるだろう」と「信頼」して仕事を任せます。あるいは、前回も約束を守ってくれたので、今回も約束を守ってくれるだろう、と「信頼」するわけです。「信頼」は、いわば「信用」の積み重ねの上に成り立つものです。
しかし、いくら品質のいい成果物を提供し続けていても、身なりがふさわしくなかったり、言葉遣いが適当でなかったりした場合は、「信頼」の度合いがどうしても低くなってしまいます。悲しいことに、人は第一印象にとっても左右されやすい生き物なのです。そこで重要なのが、「信頼してもらいやすい態度をとる」ということです。「仕事ぶりさえよければ、無口でも、無愛想でも、清潔感がなくても構わない」というわけにいかないのが世の中です。
「信頼されやすい態度」を列挙すると山のようにありますが、今回は大きく2つのキーポイントを挙げておきましょう。
ひとつは「背筋を伸ばし、堂々とする」ということです。背筋を伸ばす、ということがポイントです。猫背になっていたり、身体がフラフラしたりしてはいけません。ただ、堂々としすぎるとエラソウに見えてしまうので、バランスが大切です。
もうひとつは、話の中で適度に「相手の名前を呼ぶ」ということです。人は、自分の名前を呼ばれることで、唯一無二の存在であることを認めてもらえたような気になります。新密度が増し、心の距離がぐっと縮まります。連呼しすぎるのも考え物ですけどね。
社会で生きていくためには、「信頼関係」は欠かせません。実績さえ上げれば自然と信頼される、というわけにもいかない複雑な世の中です。ぜひ、信頼されやすくなるような態度をとることを心がけましょう。
かなり前に、「『怒る』と『叱る』の違いをご存知ですか?」などという記事を書かせていただきましたが、今日は3年半ぶりに似たような言葉あそびをひとつ。
さて、「信用」と「信頼」、意味の違いをご存知でしょうか。
広辞苑には、以下のように書いてあります。
- 信用:信じて任用すること。
- 信頼:信じて頼ること。
おい(^^;)。広辞苑は、どうもこういう「熟語をただ分解しただけ」の説明が目立ちます。
よくよく考えると、「信用取引」という言葉はあるけど、「信頼取引」という言葉はない。また、「信頼関係」という言葉はあるけど、「信用関係」という言葉はありませんね。
私は、このふたつの言葉には、大きく2つの違いがあると思っています。
1.過去を「信用」する、未来を「信頼」する
信用とは、何らかの実績や成果物を作成して、その出来栄えに対しての評価のことをいいます。そのため「信用」するためには、実績や成果物が必要不可欠なわけです。この実績や成果物といった、過去の業績に対して「信用」するのです。
一方「信頼」は、そうした過去の実績や業績、あるいはその人の立居振舞を見たうえで、「この人ならこの仕事を任せてもちゃんとしてくれるだろう」とか「この人なら私の秘密を打ち明けても大丈夫だろう」などと、その人の未来の行動を期待する行為や感情のことを指します。もちろん「信頼」するためには何らかの根拠が必要ですが、その根拠を見たうえで、未来を「信頼」するというわけです。
そう考えると、「信頼」してもらうためにはまず「信用」が必要です。「信用」なしには「信頼」を勝ち取るのは難しいでしょう。
2.物理的に「信用」する、精神的に「信頼」する
前述のとおり、「信用」は何らかの実績や成果物を必要とします。その人の過去の行為(事実)や作り上げてきた作品といった物理的なモノに対して「これは大丈夫だ」と信用するわけですね。ですから「信用」は、モノを評価する人から、そのモノを作った人に対する片方向になるのです。
一方「信頼」は、その人の実績や過去の振る舞いを見たうえで、その人の人間性や習慣、クセ、感覚といった目に見えないものに対して期待し、その期待に応えてくれるだろうという気持ちの表れです。気持ちに気持ちで応えるのが「信頼」です。「信頼」は気持ちと気持ちのつながりですから、双方向です。
さて、仕事にしてもプライベートにしても、気持ちよく活動をするためには双方向の信頼関係を構築することが欠かせません。次回は、「相手に信頼してもらうためには?」というテーマで書いてみることにします。
私の住んでいるマンションは、現在 築10年 の大規模修繕工事の真っ最中です。
で、その修繕工事をどの施工業者にお願いするかって話になった時のことなんですけどね・・・
管理会社推薦の元、結局4社の施工業者が最終選定に残ったんです。
で、この4社を順番に読んで、最終プレゼンテーションをしていただいたんですね。
正直なところ、「我々はこれこれこういう技術を持っています」とか「こういった実績があります」とか「お客様のためにこんな努力をしています」とかってのは、どの業者さんも似たり寄ったり。私やほかの住民の方にもっともっと建築の知識があったら、見方も違っていたかもしれませんが。
結局、「この業者さんにしよう!」と決めたのは、価格・・・ではなく、工事責任者になる予定の方の「ひとがら」でした。申し訳ないのだけれど、この工事責任者の方のプレゼンテーションは、はっきりってヘタクソでした。隣におられた営業担当者の方もヒヤヒヤしておられたのではないかと。でも、「技術者として、職人として、一生懸命やります!」という気持ちが、4社の中で一番伝わってきたのは、まぎれもなくこの方のプレゼンテーションだったのです。
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話は変わりますが、ジャ〇ネットた〇た の 高田社長のプレゼンテーションが心ひかれるのは、甲高い声のせいでも、独特のイントネーションのせいでもありません。「この商品を買ってくれる人に幸せを提供したい」という熱い思いがあるからです。その熱意を一生懸命伝えるから、みんなが共感してジャ〇ネットた〇たさんから買うのだと思います。それと同じぐらいの熱意を、この施工業者の責任者の人から感じたわけです。
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私はよく、プレゼンテーションの講習会を担当します。その時にいつも申し上げているのは、次の3点です。
- プレゼンテーションは、聴き手の行動に影響を与えて初めて意味がある
- プレゼンテーションは、「聴き手にどうなってほしいか」という目的がはっきりしないと成功しない
- プレゼンテーションに必要なのは、熱意と堂々とした態度である
今回の施工業者さんのプレゼンテーションは、まさにそれを実感するものでした。
みなさんももしプレゼンテーションをする機会があれば、上記の3つを心に留めてやってみてくださいね。熱意だけでも、空回りするかもしれないけれど・・・
すでにみなさんもよくご存じかとは思いますが、UNIX と C言語の生みの親、デニス・リッチー氏が亡くなりました。
彼(とケン・トンプソン氏)がいなければ UNIX は発明されなかっただろうし、彼(とブライアン・カーニハン氏)がいなければC言語はあれだけ洗練された言語にはならなかったでしょう。また、もし UNIX が存在しなければ私は今の仕事をしていなかったかもしれません。Linux も発明されていなかったでしょうし、MacOS X も Android OS も存在しなかった(か、または全く別の形になっていた)でしょう。
最近思うんですが、世の中はひとりの天才によってグググッと進化していくような気がします。
昔なら、蒸気機関を実用化させたジェームズ・ワット氏、発明家トーマス・エジソン氏、最近ならあのスティーブ・ジョブズ氏、リーナス・トーバルズ氏、などなど枚挙にいとまがありません。もちろん彼らの周りにいる協力者も忘れてはいけませんが、中心的な立役者としてのこれらの人たちがもし生まれていなかったら、世の中はもっと変わっていたでしょう。
日本にもいっぱいいますね、そういう人。別の意味では、ひろゆき氏や秋元康氏なども、「時代を作っている」という意味で忘れてはいけません。
なんとなく、そんな「時代を作る」人になってみたいというあこがれもあったりします。

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