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サーフィンは人生をワクワクさせる!!(第1回目?)

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 今回は私が5年前に始めたサーフィンの話をします。サーフィンと聞いて一昔前であれば軽い、ちゃらい、遊んでいる、というようなネガティブな言葉が出てくるのではないかと思います。また海沿いに住んでいない多くの人にとってはトライする機会もない縁遠いスポーツではないかと思います。

 私がサーフィンに憧れていたのも20代の頃で丁度車を購入して海に出かけて行ってたまに湘南海岸で海に入っているサーファー達をみてうらやましいと思っていました。

 そんな私が5年前に40代後半からサーフィンを初めて人生が一変しました。サーフィンはスポーツの一つまたは趣味の一つというよりも「生きる目的」になってしまったのです。

 

 少し大げさかもしれませんが、今でも週末が近づくとソワソワしてくるし、逆にサーフィンができない週末があると非常に後悔します。自分は週末に海に入るために平日の仕事をしているのではないかと錯覚するくらいの感覚になります。「生きる目的」というと聞こえはいいですが、ある意味サーフィンは「麻薬」のようなものです。海にいかないと精神的にも、肉体的にも禁断症状となるようなスポーツなのです。

 それでは何故、そのようなサーフィン中毒が起きるのでしょうか。あまり論理的な説明は難しいのですが、それは2つの理由があると思います。

 

1.スポーツとしての肉体的な中毒症状

 まず、これはマラソンやジョギングなどどんなスポーツでも同じと思いますが、一度体を定期的に動かすようにすると、そのサイクルを止める事が精神的にも肉体的にも難しい、とうことです。ボクシングをやっている友人がいますが、彼も毎週練習しないと気持ち悪いと言っていました。

 

2.自然と相対することによる非日常感中毒

 サーフィンの場合は、前述のスポーツ中毒に加えて、日常的な場では味わえない自然と相対する非日常性があり、一度それを経験してしまうとその感覚が心や体から抜けずに、またそれを追い求めるということかと思います。これに近いものとしては、登山家が何故山に登るのか、というと、そこに山があるから、と答えるのと似ていると思います。サーファーに何故、海にいくのかと聞かれるとそこに波があるから、と答えるのではと思います。サーフィンをやったことの無い人は想像できないかと思いますが、例えば波待ちの時に海にずっと浮かんでいる感覚、乗れる波がこないか水平線を何時間も見ている感覚、時々、魚や海鳥がすぐ近くに来る事もあります。また波にあわせてパドリングして、波に追いつく感覚、そして最も素晴らしいのがテイクオフして波間を疾走する感覚、こうした一つ一つの感覚が自分の細胞一つ一つにしみ込んで、海から出たときの満足感につながる、そんな気持ちです。

 

 また海という環境が人間の精神や肉体を癒してくれるのかもしれません。こうしたスポーツに巡り会えたことを本当に感謝したいと思います。

 みなさんももしご興味あればトライしてみてください。我々のような世代?でも虜になる最高にワクワクするスポーツです。人生が一変しますよ!

 また今後、私のブログでも仕事のワクワクだけでなく人生のワクワクとして、こうした波乗りネタもたまに投稿してみたいと思います笑

 

Comment(3)

コメント

城太郎

初めまして。 
サーフィンに興味を持ち、それが十代、二十代と消えず、もうすぐ四十代になろうとしている今の自分の中で相変わらず消えることがなく、今やらなきゃ死ぬまでやらないのかなと思い様々な方のコメントを拝見している中でたどり着きました。 
前述の通り経験のない私ですが、共感の出来そうな手触りを感じられました。
特に、週末を待ち遠しく思われるという部分が誰にとっても当たり前のことなのに、今の自分にとってはただ休めることへの欲求からであるのに対し、サーフィンに対するワクワクから得られているというのがとても羨ましく、自分の中でざわつきがありました。
来月、思い切って近くのサーフィンのクラブの初心者コースでデビューしてみる予定です。
きっかけを与えていただけたこと、感謝いたします。

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