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【最終回】「目覚め」―物語:インストール

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■最終回 目覚め

休職から3か月が過ぎた。

 1か月前と比べると、タツヤの体調はだいぶよくなっていた。今週の金曜日、人事との面談がある。医者はそろそろ大丈夫だと言っていたが、タツヤは職場復帰できるか迷っていた。

 仕事の話は家庭に持ち込まない……それが、今までのタツヤの流儀。

 以前だったら、サトコに相談することもなかった。だが、”何が家族に仕事の話をさせないのか?”を考えると、大した答えが見つからないことが分かったタツヤは、意味のないこだわりを捨てて、サトコに相談することにした。

 夕方、サトコをあの、思い出のレストランに食事に誘った。

「タッちゃん、このお店、久しぶりだね。そう言えば、結婚してから来てないんじゃない?」

「そりゃそうさ、こんな高い店、そうそう来れるわけないだろ?」

「そうよね。結婚する前はお互い働いていたからいいけど、今はタッちゃんにおんぶにだっこだもんね。あれ?ひょっとしたら、プロポーズ以来?」

 タツヤが選んだ店は、2人にとって特別の店だった。

 たわいのない会話をしながら食事を楽しんだ後、タツヤから切り出した。

「この3か月間、いろんなことを考えたよ。
 医者からうつと聞かされたときは本当にショックだった。
 それから薬を飲み続けて1か月。何の変化もない時は本当に苦しかった。
 サトコもきっとその間、いろいろ不安だったと思う。
 それでも、オレのことを見守っていてくれて、本当にありがとう。

 サトコが機会を作ってくれた、矢島さんとの出会いは
 オレの転機になった。
 あの時、人に相談すること、頼ることの大切さを知ったんだ。
 
 矢島さんのアドバイスは本当にありがたかった。
 ”何が、オレにそう思わせるのか”……
 いままで、そんな視点で考えたことがなかったから
 矢島さんにあってから1か月は、自分自身と向き合う時間だったと思う。
 
 いろいろと考えて、自分の考えの中に
 単なる思い込みやこだわりがあったということに、たくさん気づくことができた。
 その思い込みは、本当に必要なのか
 このこだわりは、何の役に立つのか
 そう考えたら、要らないものを一つひとつ手放すことができたような気がする。
 
 正直言えば、まだ気持ちを整理できないことはたくさんある。
 何もしていないと不安で、つい、がんばろうとしてしまうこともある。
 本当は、薬もやめたいとも思うけど、急にやめるのは不安がある。
 
 だけど、それさえも
 
 ”何が、オレを不安にさせるのか”を考えることで
 少しずつ少しずつ、整理出来つつあるんだ。
 
 今までは、部下が、指示した仕事しかしなくて自分から動いてくれないと
 ”なんで、こいつらは自分から動かないんだろう?”って考えることが多かった。
 今までは、上司が、仕事を丸投げすると
 ”なんで無責任なんだろう”って考えることが多かった。
 そして、全部一人で抱えて、結局自分が苦しんでいたんだ。
 
 あと、今まで
 ”一人でやるべきだ”って思っていたから
 なかなか部下には仕事を任せられなかった。
 部下は協力してくれないんじゃない。
 オレが、勝手に自分ですべてを一人で抱え込んでいたなってことに気づいたんだ。
 
 でも今は、”○○すべきだ”とか”部下が、上司が”とか
 誰かを責めたり、人のせいにしたりするんじゃなくて
 ”どうすれば、この問題をよりよくできるか”
 ”みんなで解決できるか”を考えた方が生産的なんじゃないかなって、
 思うようになってきたんだ。
 
 みんなでいい案出し合って、みんなでやればいいんだよな。
 上司を巻き込むことは難しいかもしれないけど、
 オレの周りから、少しずつ変えて行きたいと思う。
 
 なんて……病んでるヤツが偉そうに言うことじゃないけどね

 ひょっとしたら、これから先も
 一人で頑張りすぎることもあるかもしれない。
 無責任さを周りのせいにすることもあるかもしれない。
 
 でも・・・オレ、仕事に復帰しようと思うんだけど、どうかなぁ?」

 思いのたけを話すと、サトコは、やさしく微笑んだ。
 今日、初めて、“うつになって、よかった”と思えた。

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