株主総会、とても嬉しい日になりました。
おはようございます。
雨上がりの朝、しっとり空気の晴れ空。
===ほぼ毎朝エッセー===
昨日の株主総会では東レの藤川副社長がご参加されました。
e-Janネットワークスは東レの経営企画室の「ベンチャービジネス支援制度」という
仕組みを使って立ちあげられました。故に、東レの経営企画室が後見人です。
2000年、立ち上げ当時の経営企画室には3名の室長がいらっしゃいました。
経営企画室 総合室長が榊原さん(その後、東レの社長を経て今は会長)、
経営企画室 第一室長が冨板さん(その後、東レの副社長)、そして
経営企画室 第二室長が佐々木さん(その後、東レ経営研究所社長、今は人気作家)です。
立ち上げ当時e-Janを直接管轄してもらっていたのは、第一室の冨板室長でした。
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立ち上げた後3年間、自分たちは様々なことにチャレンジしていました。
だぼはぜ。とにかく資金のある限り、思い付きのアイディアを開発して、
具現化し続けるのです。
ところが実際にはうまく売れるところまでは行くことができず。次々に手を出す。
結局は東レに大きな借金をしてしまっていました。
2003年。苦しみながらもなんとかCACHATTOにたどり着いた頃のことです。
東レの経営企画室の室長として冨板室長の後に赴任されたのが藤川さんでした。
技術者出身の、言葉や立ち振る舞いが穏やかな人です。
「CACHATTOはとてもいい製品なのです。日銭をいただける仕組みなのです」
そう信じる自分は、新室長には熱心に製品の説明していました。
藤川さんから、穏やかな言葉でそのときいただいた指示は次のようなことでした。
「事業をCACHATTOに集約すること」これは「ごもっとも」と納得できました。
ところが次の言葉が辛かったです。
「確かにCACHATTOはとても良さそうですね。良いものだけどまだ売れていない。
だったら売れるまで、ギリギリの人数で、ギリギリの費用で切り抜けるしかない」
簡単に言えば、事業を整理してCACHATTOだけにして、維持に必要なまでリストラし、
そしてじっと耐えていきなさい、ということですね。
継続を認めていただいただけでもありがたいわけです。それくらい悪い業績でしたから。
表参道のマンションの2フロアメゾネットで占拠していた事務所を、
半蔵門の駐車場裏の狭いオフィスに引っ越しし、開発陣も大幅に整理して最低限の人数。
自分の役員報酬も手取りゼロという状態になりました。
「息をしているだけで罪を犯している気持ちになる」
家族には本当に悪いことをしたと思います。
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あれから10年。
「事務所とか現場を観ればすぐにわかりますよ。
皆さん、活き活きと働いていて、とてもいい事業になっていますね!」
昨日の株主総会の後の懇親会では、藤川副社長、とても喜んでくれていました。
そして10年前を振り返る機会もありました。
「あのとき坂本さんに出した指示は、自分の中でも一番辛らつだったかな」
考えてみて、誰だって辛い指示を出すのが楽しいわけはありません。
その後もとても気にかけてくれていたのです。
かかわった人たちの膨大な時間とエネルギーの集中、そして、お客様とのやり取りが
瞬間的に頭の中を通過しました。そして不思議な感覚に包まれました。
「これで次のステージに行っていいんだ」
自分としては、そんな気持ちがしたのです。一つの大きな負い目が終わった感覚です。
一緒にいた仲間たちも似たような感覚を持ってくれていたようです。
日報の一部を引用させてもらいます。
[Good News/Special Thanks To]
株主総会お疲れ様でした。
e-Janの厳しい時代に叱咤激励いただいた東レ藤川副社長に成長した姿をお見せ
することができ良かったです。今後の更なる発展に向け、一つの区切りになった
ように思いました。
[Good News/Special Thanks To]
今年も無事に株主総会が終わりました。無事に終われるのは当たり前の事では
なく、全員の日頃の努力の積み重ねの賜物です。改めて感謝したいと思います。
特に今回は、e-Jan存続の危機だった時代にご担当されていた藤川副社長にも
ご参加いただき、懇親会では事業の成功を祝っていただきました。
坂本さんの長年の壮絶な努力が報われた日のうちの一つとして記憶に残る日に
なりました。
自分の「今」がとても多くの人々の支え、とんでもない幸運の連続、
そういったものから成り立っていることに、心の底から感謝して嬉しくなった夜でした。
そして、美酒は翌日に持ち込まない。今日からも、しっかりやっていきますよぉ!
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※20130517 12:20 誤字など修正 「当時」→重複トル、「次」→「次々」、「間隔」→「感覚」