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ビジネスモバイルITベンチャー実録【朝メール】から抜粋します

信じていいのか、信じるのか、信じ切るのか

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おはようございます。

急に雨模様の日々になりました。だいぶ涼しく。
久々にスーツの上着を着ました。そうしたらポケットの数が多い。
かえって携帯を忘れて家を出てしまいました(汗)。

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「ウソも信じ切ったら現実化する」

このようなことを書くと神がかって聞こえるでしょうね。
今朝はそういうことが狙いなのではなく、なぜ信じ切ることが大切かということを。

「自分を信じる、自分たちを信じる」

これほど言うは易くて実施が難しいものも少ないですね。
ウソをつくのが一番難しいのは自分に対してです。その気持ちはいつも揺らいでいる。
さらに、心の中が分からない別な人の本心などというものはまず分かりません。

それらをまとめて信じ切れるのか。とても難しいことです。

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例えばビジネスでも、売り上げが思ったように上がらないこともあります。
そのときに、いま皆でやっている活動を、信じていいのか、信じるのか、信じ切るのか。
いつも自問自答していますし、そこに真剣勝負が求められているようにも感じます。

あるいは、体調が悪いと休むメンバー。本当に悪いのか、自己管理ができていないのか。
あるいはサボりなのか。どうにでも捉えることができますよね。そこを、あえて、
「信じるファースト」でいきます。納得のできないドロドロが心に残ることもあります。

日中関係でもそうですね。個人レベルではお互いに信じあう合う体験をしている。
ところが国家の利害関係となると、指導者が立場でモノを言うためにお互いが傲慢になる。
そして、思慮の浅い一部の人たちは暴動という行為に出て、メディアが取り上げる。
信じる気持があっさりと欠落している。

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信じてくれている人を裏切るのは簡単です。

信じている側は裏切られてしまう。ただ、それを上回って信じ続けていれば、
どこかで応えてくれるようになります。あるいは応えられない人はいなくなります。
いや、デフォルト、お互いに裏切りあっていると思った方がいいです。

信じることが放任主義ではいけないとも思っています。

やってくれていることに注目する。疑問を投げかける。一つひとつのやりとり。
細かいことですが、それによって信じ切っていいかを判断していたりします。
信じられないとなれば、マイクロマネジメントで事細かに指示を出すことも必要です。

自分を信じる。そこに仲間がいる。仲間を自分と同じレベルにまで信じられるか。
盲信はいけません。絶えず切磋琢磨しあいながら、疑問をぶつけあいながら。
そのような真剣勝負をしていけば、必ず成果はあがるし、裏切られづらい。

基本的に信じる姿勢を変えないだけです。
信じ切る自分を信じる。それで強い組織が現実化できる。

「そんなもの、ウソだよ。幻だよ」

そう言われるかも知れませんがいいのです。

「ウソも信じ切ったら現実化する」からです。

・・・あれ、神がかった??

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