パソコンに一週間触らなかったことで見えてきたこと
ブログ更新をご無沙汰してしまいました。
先週は会社全体で夏休みをいただきました。
おかげさまで緑の中でゆっくりすることができました。
今回トライしたのは山荘でパソコンレスで過ごすということ。四半世紀ぶり?
緊急連絡などが無いかをスマートフォンでチェックするレベルです。
facebookなどはついつい見てしまうので要注意ですが。
パソコンが無ければブログを書くということもありません。
パソコンは文章を書く以外にも、やはりネットサーフィンがしやすいです。
スマートフォンやタブレットでも同様ですが、老眼と電池の持ちが
ブレーキをかけてくれます。
それよりも、楽器の練習やら七輪でのバーベキューやら木の伐採やら会話やら。
普段もう少し時間をかけたいと思うようなことにエネルギーが費やせました。
※休み前に購入したSadowskyのベース。(ベースを新規に買ったの30年近くぶりです!)
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「時間が散り散りに奪われているのだな」
改めて思い出したのは「モモ」の時間どろぼうでした。
「時間貯蓄銀行」の灰色の葉巻男たちですね。
時間を貯蓄しようと、人々を追い立てて結果的には時間を奪っている。
インターネットもその便利さで時間をセーブ(貯蓄)しているつもりでいます。
ところが、実際には時間が細切れにされてリアルライフが食い散らかされている。
時間は時間どろぼうたちの葉巻の材料、つまり収益にされている。
「無料サービスたちは、もしかしたらこの範疇に入るのかな」
テレビ、無料ゲーム、SNS、動画サービスなどなど、様々に思い当たりますね。
ゲームのルールは時間の奪い合いです。
"There is no such thing as a free lunch." (ただ飯というものは無い)
このフレーズを思い出したのです。