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ビジネスモバイルITベンチャー実録【朝メール】から抜粋します

起業を目指す人への反面教師的アドバイス:36歳サラリーマンたちは当初ラーメンチェインを考えたというお話。

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今はビジネス向けモバイルアクセスのサービスをやっている弊社ですが、ちょうど11年前、起業の準備をしていた頃には様々なことを検討していました。今日は、その中でもラーメンチェーンを開発しようと話し合っていた頃の、お恥ずかしいお話を!

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■「ラーメンが好き」が共通項

1998年末、東レの東海工場から東京事務所の転勤がありました。そして、愛知県から横浜への引越しが一段落した1999年の春先のことです。

東レでの仕事は苦戦をしながらも何とか進み、自分に課していた「用途開発を通じて工場稼働率を100%にする」という宿題は達成できました。当時36歳。すでにサラリーマンをやめて起業をするには最後のチャンスと思えるような年齢になっています。

様々な声かけの中から、起業をする仲間としていいと思った36歳サラリーマン三人を組み合わせました。そして、銀座で待ち合わせをして安い魚系居酒屋に入ります。

ひょろっと背の高い、ニコニコしていて人当たりのやわらかいMBA同級生でNY勤務から帰国した銀行員の龍(りゅう)。そして、大学時代から体重が変わっていないという、バイク設計をしていた理屈派のすすむ。その二人を紹介し、早速本題に入ります。

MBAでのStarting new ventureという授業で言われていました。ベンチャービジネスを興すときの鉄則は次のようなものみたいです。

・それが寝食を忘れるほど打ち込めるものであるか?

・完全に信頼できるパートナーがいるか?

信頼できそうなパートナーたちは見つかったので、もう一つのビジネスモデルが「浸食を忘れるほど打ち込めるもの」であることを打ち合わせる必要がありました。

「起業するときには『寝食を忘れるほど好きなことを選べ』って
  いうのが鉄則みたいなんだけど、、、」

そう切り出してみました。三人のバックグラウンドや趣味、好きなこと。色々と話が出ます。そして最初にでた共通の趣味が「ラーメンが好き!」でした。これが最初の三人の共通点だったのです。すすむと龍はラーメンの好みについての話で盛り上がります。私は内心思います。

「まぁ、最初のきっかけだからね。共通点が見つかったのでよかったね。」と。

これから起業をする、そのためのビジネスモデルを創る!夢いっぱいの話は盛り上がり、次の打ち合わせは横浜のラーメン博物館ですることになりました。

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■「自分が寝食を忘れるほど好きなものとは何か?」

改めて自問自答をしてみます。そして、意外にも何もはっきりと思いつかないことに驚きました。趣味のことを思い浮かべます。音楽が好き、車が好き、動物が好き、映画が好き、スポーツが好き、、、。でも、寝食を忘れるほどかと考えてみるとそれほどではありません。

現代の多くの悩みが『自分の本当に好きなこと』を見つけられないことにあるのではないか、とも思います。様々な選択肢がある。それをどのように選んでも自由である。このようなことを子供の頃から言われて育ってきています。

制限が少ない世界。それは理想よね。でも、人って全てが自分の選択肢であるということにはかえって戸惑ってしまうのではないでしょうか。

「社会ってそういうもんなんだよ」とか
「会社のため、家族のため、身を粉にして働いているんだ」とか
「天皇陛下は絶対です。天皇陛下のために命をささげましょう」とか

極端な制限があると思うほうが楽なのかも知れません。

宗教なども同様ですね。人が自ら考え出していくところに模範解答が最初から示されていることが多いです。その代わりにいろいろとやらなければいけない制限事項が沢山ある。ある意味、その方が気持ちが楽なのかも知れません。こう考えてみると、この課題、起業の鉄則というよりは生きていく時に考えて行かなければならない鉄則という気がします。

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■ラーメンチェインのビジネスモデル

何れにせよ三人のキーワードは「ラーメン」だったのです。

「寝食を忘れるほどラーメンが好き♪」

ううむ。そもそもラーメンは食ではないか。はなはだ疑問ではありますが、取っ掛かりはラーメンでいいことにしました。

二回目の会合は、ラーメンについてのビジネスプランを話し合おうということでラーメン博物館になりました。ラーメン屋さんをはしごしながら舌鼓を打ちます。無理やりラーメンをビジネスにしようと話し合います。

「ラーメンを食べる瞬間って何が一番嬉しいのか。」

マジックモーメントについて考えます。ラーメンが「ちゃっちゃ」と湯切りされ、スープに入って、そろりと目の前に持ってこられ、最初の一口で味わうスープと麺の味、その瞬間なのではないかと盛り上がります。

様々な議論をした末に、当日出た結論としては、宅配ピザならぬ宅配ラーメンというものが出てきました。マジックモーメントを実現するのです。

日曜日の夜とかによくありますよね。

「食事作るのめんどくさい~」とか。

そのときに宅配ラーメンがあったらどうでしょうか?

「じゃぁ、ラーメン取ろうか?」

「いいねぇ!」

・宅配ラーメン業者に電話をします。
・ラーメン屋さんはバイクで自宅の玄関先まで道具を運んできます。
・出前ではいけないのです。目の前でラーメンをつくるのです。

♪ピンポ~ン♪

「ラーメン屋さんが来た!」

・マイおわんを持って玄関に行きます。
 マイおわんを用意すると100円安くなるのです。
・ラーメン屋さんは玄関先に簡易調理台を用意しています。
・おわんにスープを入れます。
・ラーメン屋さんは圧力釜で麺をゆでます。
・子供達はラーメンを作る様子を嬉しそうにみています。
・そして「ちゃっちゃ」と湯を切ってスープに麺をくぐらせます。

「はい、どうぞ!」

マジックモーメントですねぇ!これはいけそうという直感がします。

「よし!すすむは宅配ラーメン用バイクの設計してよ。」

「龍はそれをフランチャイズ化してみる。」

「僕は圧力釜で作れる麺の研究を始めるよ。」

話はとんとん拍子にまとまりました。サラリーマン三人が起業するんだと言い始める。

「俺だってなぁ、会社の世話にならなくたって
  ビジネスのひとつくらい簡単に立ち上げることができるさ。」

それも共通の趣味を延長して…。

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■ラーメンちゃっちゃの会

「まさか、起業でラーメン屋さんをやるようになるとは...。
  食品業界は厳しそうだからなぁ。」

自分は心の奥底ではどうも納得ができていませんでした。

「でも、MBAの授業でレストランを開業するケースもやったし、
  三人で共通のものを見つけたのならそれを掘り下げるしかないしなぁ。」

龍とすすむは本気なのかどうか、ラーメンでやたらと盛り上がっています。色々と回りに相談してみます。かなりあきれた顔をされます。だれも本気でラーメンで起業するなんてことは信じません。「ラーメンちゃっちゃの会」などとの揶揄もされました。

「最悪失敗したってラーメンの屋台引けばいいしさ。」

自嘲するようなことも言ってみます。

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■ラーメンの試作

ラーメン。起業をしたいという三人の中年サラリーマンが話し合う内容としては、あまりに意外だったのでしょう。でも、いいビジネスって、誰もが考えつかなかったところにあることも多いわけです。だから検討の実践あるのみです。

とりあえずは基本を勉強してみようということで、ラーメンの試作をすることになりました。そこである土曜日、龍とすすむとが家族で、うちに集まります。材料の買出しの準備をします。

「しょうゆ系がいい?  ナンプラーを隠し味にしてさぁ、
  豚の背油を仕上げにスープの上に浮かべるんだよ。
  グルタミン酸系の味だけでは足りないから、豚骨から取れる
  イノシン酸でうまみを調整することがポイントだよね。」

すすむがレシピにやたらと詳しいのです。そして、重要参考書だと言って「美味んぼ(おいしんぼ)」という漫画本をポンと出します。38巻「ラーメン戦争」。

「なんだ~、出所は美味しんぼかぁ...。」

確かに色々とうんちくが描いてあります。
イノシン酸、グルタミン酸、ナンプラー、背油、八角、、

「ふうむ。なるほどねぇ。」

読んでいると自分でもできるような気がしてきてしまうから不思議です。

すすむはそれに加え、インフォシーク※で検索してきた結果からラーメンのレシピを提案します。(※当時はGoogleが流行る前でしたからインフォシークが検索エンジンとして多用されていました:昨晩やっていた『踊る走査線The Movie』でも使われていましたね。懐かしかったです!)

「いろいろあるんだねぇ」

レシピを決めて、東戸塚のオリンピックに買い出しに行きます。割り勘で一通り材料をそろえて、台所に三人で立ちます。家でパスタをゆでるときに使う大なべにお湯を沸かします。たまねぎ、長ねぎ、にんじん、豚骨、鶏がら、、、。バンバンと材料を惜しげも無く投入します。

いい匂いがしはじめてきました。

特に八角を加えた辺りで「これぞラーメン!」という匂いになります。子供達が匂いに我慢できなくなって言ってきます。

「ラーメンまだぁ!?」

三人はニヤニヤと嬉しさを隠せないように言います。

「もうちょっと待ってねぇ。美味しいスープができるからねぇ~!」

煮汁の上澄みを味見します。どうも味が足りません。塩やしょうゆを入れます。まだ味はしません。大量にしょうゆを足します。汁はすでに真っ黒です。

「まあ、塩分控えめラーメンということで」

塩分はそれくらいにしておいて、背油を足します。いいあんばいに油が浮いています。

「よし、これでいいだろう。」

ラーメンの麺を煮ます。スープをどんぶりに用意しておいて、麺のお湯を切ります。

「ちゃっちゃ!」

ラーメンができました。

「じゃぁ食べようかぁ!」

子供達が集まります。いよいよ皆で試食です。麺を箸で持ってすすってみます。美味しんぼに書いてあるように麺はスープを絡めるように豪快にすすらなければなりません。ズズッ。

「・・・・」

言葉がでません。子供達は敏感に三々五々、自分達の遊びに戻っています。どんぶりに残ったラーメンは殆ど手付かずです。

ラーメンスープの理想: 『あっさりしているけどコクがある』。

我々のスープ: 『脂っこいけどコクがない』。そのうえ真っ黒

その後は、延々とすすむと龍の不毛な会話が続きます。まだあきらめていないようです。

「行列のできるラーメン屋さんを作ればいいんだよ」

「どうやったらできるの?」

「美味しいスープの作り方を教わればいいじゃないかなぁ?」

「どうやって教わるの?そんなの教えてくれないよ。企業秘密だから。」

「行列のできるラーメン屋さんに行ってさぁ、教えてくださいって。」

「じゃぁ、龍、教わってきなよ。」

「無理かぁ。じゃさ、プロをうちにスカウトすればいいんじゃない?」

「誰もこないよ。お金はどうするの?」

「だから、それは人気ラーメン店を作って儲ければいいのさ。」

「・・・・」

ラーメンというキーワードはこのようにして消えていきました。

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■ラーメン事業アイディアを振り返って

アイディアレベルでこのように消えていったプランは、それこそ50件ほど出てきました。ただ、このようなことでも、まじめに検討して、ある程度実践しなければ、次のいい仮説へとは進めません。

「必ずうまく行く方法で物事が進められる」と、よく勘違いしてしまうことがあります。また、ある程度物事がうまく行き始めるとトライを止めてしまうこともあります。恥はかきたくないですからね。

でも、トライして失敗すること、そしてトライをし続けることをやめるのは、次への発展を阻害してしまいます。おおらかにトライを続けることのできる文化を大切にしたいと思っています。

しかし、このアイディア、当時方波見さんがいたら話は違っていたかもなぁなどと思ったりして(笑)

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