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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

中国・国家電網が仕掛けるバッテリーなしの低価格EV

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中国最大手企業の1つである国家電網(State Grid)が興味深い事業の準備を始めています。9月29日付け日経で少し紹介されていましたが(中国国有送電大手 電池交換EV普及へ)、バッテリー交換式EVの標準規格を策定し、交換スタンドを全国2,900カ所に展開します。

中国の国営企業である国家電網は中国全土の送電事業の約8割を握っており、Fortuneが毎年発表している売上高ベースの世界企業ランキングでは8位につけています。資金力が非常に潤沢で、2006年〜2010年にかけて同社が送電網に投資した額は1兆2,000億元(14兆9,263億円)。2011年の設備投資は前年比約10%増の3,220億元(約4兆円)となっています。

この膨大な投資は、日本が過去に行っていた公共投資のような位置づけで、公共性のある送電網整備を政府と一体である同社が担っていると考えればわかりやすいです。従って、同社の設備投資は国家としての景気刺激策であり、戦略的な産業育成という意味も持ちます。今回のバッテリー交換式EV関連の事業にも大きな資金が振り向けられる模様です。

関連の記事をいくつか確かめてみると次のことが判明しました。

Reuters: State Grid plans buildout of EV charging facilities
State Grid website: Smart Grid World Forum 2011 Held to Seek Win-win Grid Development
Electric Vehicle Update: China charging: plug-in or battery swap?

・充電用スタンドは全国に54万カ所設置する。(これはこれで非常に数が多いです。)
・中国政府は2020年までに1,000億元(1兆2,000億円)をEV分野に投資する。
・うち500億元(6,000億円)はEVと充電インフラの研究開発に投資。
・うち200億元(2,400億円)はバッテリー関連の研究開発に投資。
・中国政府は2015年までに50万台、2020年までに500万台のEV普及を目標として設定。
・国家電網は他国で一般的なバッテリー充電式EVではなく、バッテリー交換式EVに注力。

■自動車の市場構造を変えるインパクト

国家電網が考えているEVは、現在一般的なバッテリー込みで売られているEVではなく、バッテリーなしで売られるEV、すなわち、車両価格がきわめて安いEVであることに特徴があります。関連記事から推定すると、バッテリーは国家電網が用意し、レンタルで自動車ユーザーの交換需要に応えるモデルのようです。

周知のように現在のEVではリチウムバッテリーにかかるコストが高く、車両価格をガソリン車の1.5〜2倍程度に押し上げています。バッテリーへのファイナンスが国家電網側の負担ということになると、EVの車両価格が劇的に下がりますから、「買われ方」が大きく変化する可能性があり、これは自動車市場の構造を大きく変えるインパクトを持ちます。

電力供給の視点からもこの動きは興味深いです。電力事業では、夏期の冷房需要などのピーク需要をカバーするための発電や送電網への投資が大きな割合を占めます。ピークに合わせるために設置した発電などの設備は、非ピーク時には遊んでいるわけで、これが有効活用できれば投資回収が容易になります。

本来であれば自動車ユーザーが負担してしかるべきEVのバッテリー購入費を電力事業者である国家電網が成り代わって負担してあげることで、以下が期待できます。
第一に、非ピーク時の余剰発電力をEVのバッテリー充電に振り向けることができる。
第二に、従来型EVの充電行為が押し上げる可能性のある昼間の電力需要を抑制することができ、結果的にピーク増大を想定した発電等の投資を抑制できる。
第三に、低価格EV車が全土に普及すれば、それが電力需要全体を押し上げることになり、事業収入は増える。一方でピーク需要は抑制されている。

このように電力事業者としては非常に好ましい循環がここから始まります。

エネルギーの流れを中心にした視点で見れば、彼らのやろうとしていることは、「エネルギー供給者の側から自動車の市場構造を変えること」であると言うこともできます。

日米の自動車メーカーでは充電式のEVのモデルで走り始めているわけで、国家電網の交換式モデルが他国に広がるのかどうかは予断を許しません。しかし、今や世界一の自動車市場になった中国でバッテリー交換式モデルが普及すれば、そのインパクトは決して小さいとは言えません。同社はインフラを自前で敷設できる資金力があるだけに、動向を注視しておいた方がよさそうです。

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