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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

Xcel Energyのボルダー・スマートグリッド事例から学べること(下)

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Xcel Energyがコロラド州ボルダーで行っているスマートグリッド実証実験SmartGridCityに関する資料を読んでいると、成功を重んじる社会である米国においては、いったん「失敗」という烙印が押されると容赦ないのかな…という印象を持ちます。スマートグリッド専門メディアや今年前半まではスマートグリッドで旗を振ってきた専門記者でさえ、やや苦々しいトーンで述べています。そうまで言わなくても、という感じです。

SmartGridCity Meltdown: How Bad Is It?
SmartGridCity is a Smart Grid Flop

私の場合、業界誌出身なので、特定の業界の特定企業の動きについて、一般的なジャーナリズムのような純客観的な立場から投げかける批判には、若干違和感があります。一つの私企業が行っている新しい試みに対して、それがうまく行かなかったからと言って、あたかも納税者のお金をどぶに捨てた行政府系プロジェクトに対して行う批判のようなことを言わなくてもいいのではないか…。そういう思いがあります。みなさんはどうですか?

とは言え、米国に限らず電力業は公益業種であり、地域独占や広域の営業等が認められる代わりに監督官庁等から規制を受けざるを得ない立場にあることは確かです。イノベーティブなことを実施する際には他業種よりも慎重さが求められるでしょう。

■ボルダー実証実験で採用されたブロードバンド回線

ボルダーのSmartGridCityで採用された回線については、複数の報告があります。いずれが正しいのか、あるいは、それらすべてが混在しているのか、いずれ機会があったら確かめてみたいと思います。現時点では、そういう報告があるということで併記しておきます。

なお、補足すると、この実証実験で敷設された光ファイバーによるブロードバンド回線は、家庭で利用できるブロードバンド接続のような通信系のサービスには利用されず、純粋にスマートグリッド用にのみ存在している回線です。

タイプA ラストワンマイルで電力線ブロードバンドと近距離無線を併用
IEEE関連のニュースサイトで報告されていました。電気の専門家のためのサイトなので信憑性は高いと思われます。また情報源は直近までボルダーの実証実験に関わっていた電気系のエンジニアです。

Is This the Moment for Broadband Over Power Lines? 2009年7月

これによると、以下のような構成になります。

・スマートメーター、温水器、冷暖房のサーモスタット、再生可能エネルギー発電システムから上がるデータを、電力線ブロードバンドと近距離無線との併用によって送信する。
・電力会社が敷設済みの光回線のバックボーンないし無線によるバックホール(backhaul、アクセスポイント間をつなぐ回線)と、家庭との間を、最大1km程度まで電力線ブロードバンド(BPL)がつなぐ。

記事から得られる情報はここまで。
推測すれば、温水器、冷暖房のサーモスタット、再生可能エネルギー発電システム(複数の資料からすべてが太陽光発電だと思われる)と、スマートメーターの間をZigBee等の近距離無線で接続しているものと思われます。
この記事では、電力線ブロードバンドは1kmを超えるとデータの減衰が激しいので、ラストワンマイルのみに使われていると解説しています。

なお、これによる最大速度が5Mbpsとのことです。補足すればOECDの定義では768kbps以上出ればブロードバンドということになっています。他の国では日本よりずいぶんと遅くてもブロードバンドなのです。

タイプB ラストワンマイルも家庭内も電力線ブロードバンドのみ
ボルダーで実証実験に参加している個人で、エネルギー業界の研究者であるMichael Reid氏が書いているブログの報告では、以下のような構成です。

・電力線ブロードバンドがスマートメーターだけでなく、家庭内の家電機器なども接続してデータの送受信を行う。

この投稿では、電力線ブロードバンドを使って電力会社が送ってきた電力ピーク等のシグナルに対して家電機器などが反応できる(電力消費を落とすことができる等)と書いてあります。この方の自宅では、家電製品とスマートメーターの間の接続がなく、近距離無線の存在を知らないだけかも知れません。

■懸案の光ファイバーバックボーン

タイプAにしてもタイプBにしても、ラストワンマイルは電力線ブロードバンドであり、バックボーンは光ファイバーであるという点に変わりはありません。
そのバックボーンについて専門家が詳しく報告しているページが見つかりました(SmartGridCity™ - The Telecom Angle)。

これによると相当に冗長性の高いネットワークデザインになっているようです。言い換えれば、物理的に敷設された光ファイバーの総延長がかなり長くなっているということです。推測ですが、この冗長性は、同実証実験に採用されたスマートグリッドの状況をリアルタイムでセンシングするためのCurrentGroupのセンサーの多数の設置と、そのセンサーが要求する低レイテンシが関係しているのかも知れません(リアルタイムモニタリングの精度を上げるために、ネットワークを冗長なデザインにする必要があった?)。

また、この記事では、ラストワンマイルにも光ファイバーを敷設すればネットワークデザインが複雑化しないで済んだと受け取れる記述がしてあります。ラストワンマイルに光ファイバーを使わず電力線ブロードバンドにしたのは、他資料によればネットワーク全体の高コスト化を避けるためだそうです。ということは、ラストワンマイルの高コスト化を避けるためにバックボーンの光ファイバーを冗長性あるデザインにせざるを得ず、それによって逆に光ファイバーの敷設コストの方が肥大化した…ということがあるのだとしたら、Xcel Energyにとっては災難ということになります。現実がどうかは確かめないとわかりません。

この光ファイバーの敷設が実証実験の総費用を膨らませたということについては、前回、ご報告しました(小見出し ■膨れあがった光ファイバー敷設コスト 以下)。

これらのことからわかるのは、非常に先進的なスマートグリッド(送配電網における高精度のリアルタイムモニタリング)を実現するにはブロードバンド回線が欠かせず、全体の回線デザインには通信の専門家の知見も不可欠になるということです。ブロードバンド先進国である日本ではあり得ないことが、ボルダーでは起こったとも捉えることができます。また傍からは、日本のモバイルブロードバンドの技術を持っていってボルダー市内に展開すれば相当に安く済むのではないかと思ったりもします…。

なお、関連の記事では、Xcel Energyが他の米国電力会社が一般的に採用しているSilver Spring NetworksやTrilliantの無線系のソリューション(スマートメーターから電柱上の集配信ボックスまでを無線で通信する)を採用しなかったことを、ある種の落ち度ではないかと指摘する論調も見られました。
また、Xcel Energyが電力料金値上げを申請したことについて(一度認可は下りています)、再検討をしているコロラド州公益事業委員会では、他のもっと安く済む通信技術を採用する道はなかったのかどうか、再調査をする可能性がある、と報じている記事もありました(Xcel’s SmartGridCity Can Thank Fiber For Ballooning Costs)。

■トヨタ・プリウスを採用したプラグインハイブリッド充電実験

回線に関しては相当な見込み違いがあったものの、コロラド市内のSmartGridCityは現在も順調に動いています。こちらの記事のコメント欄では使っている個人から、好意的な評価も記載されていました。
また、9月中旬からは、トヨタのプリウスをプラグインハイブリッドカーに改造した車を使う、充電の実験も始まっています(CU-NREL Energy Institute Launches Study of Plug-in Hybrid Vehicles in Boulder)。
これは実験主体がXcel Energyではなく、コロラド大学と米エネルギー省系再生可能エネルギー研究機関National Renewable Energy Laboratoryとが共同で当たっています。18台のプリウスがToyota Motor Sales社から寄贈され、100世帯あまりが実験的に使用します。110ボルトでは3時間、220ボルトでは1.5時間で充電が済み、13マイル走るそうです。13マイルを超えた分は通常のハイブリッドカーとして走行するとのこと。市内2カ所に充電ステーションが設けられています

こちらにトヨタから提供されたプラグインハイブリッドカーの詳細な情報があります。

■ダイナミックプライシング

9月下旬からは待望のダイナミックプライシングが始まりました。
少し長くなりますが、ダイナミックプライシングの背景を確認すると次のようになります。

〈ダイナミックプライシングの背景〉
・電力会社における発電は、発電コストが安く済むベース電源、コストが中ぐらいのミドル電源、発電コストが高いピーク電源の3段構えとなっている。原子力発電のように一度稼働させたら火を落とすことができにくいタイプの発電はベースとして24時間365日焚いておく。その日の電力需要、その季節の電力需要に応じて、火力等によるミドル電源を焚き、さらに、ピーク時には機敏に焚いたり消したりができる(需要の変動に機敏に追従できる)ピーク電源用の火力を焚いて全体的な電力需要を賄う。
・ピーク電源の稼働にはコストがかかるため、その稼働を減らすことができれば、原理的には、電力料金を下げることができる。つまり、ピーク時の電力使用が減れば、原理的には、電力料金を下げることができる。
・また、日本ではあまり見られないが、米国や欧州では、ピーク時の電力の不足を州外や国外の発電所から電力を買うという形で補うことがある。これもピーク時の電力料金が高くなる理由の1つ。
・一般的に、電力需要が年々増大している国や地域では、ピーク電源用の発電所を新設する必要が往々にして高まってくる。一方で、新規発電所の建設には多額の費用がかかる。
・新規発電所の建設を回避できれば、中長期的にその区域の電力料金を低く抑えることができる。
・なお、ピーク電源は一般的には化石燃料を使用する火力であるため、二酸化炭素排出が多くなるという特徴がある。ピーク電力を削減できれば低炭素化に貢献できる。スマートグリッドの文脈では、そのような意味でもピーク電力の削減が1つのテーマとなっている。

〈ダイナミックプライシングのメカニズム〉
・ピーク用の新規発電所の建設を回避したり、ピーク電源の稼働を回避するために、消費者に対して「ピーク時には電力使用を控えて下さい」というメッセージを送り、実際に、電力使用を抑制してもらうのがダイナミックプライシングの基本。
・その他、対応の家電機器にシグナルを送って、自動的に動作を抑制したり、冷暖房機器の温度設定を自動的に調節するタイプもある。

〈Xcel Energyが実施したダイナミックプライシング〉
Xcel Energyのダイナミックプライシングでは、以下の3通りの料金プログラムが設定されています。非常に興味深い内容です。こちらに詳細な情報があります。

- Shift and Saveプログラム:
 夜8時以降から翌日の午後2時までがオフピーク料金としてkWh当たり8.7セントを適用。
 午後2時から夜8時までが、夏期のピーク料金ではkWh当たり22.1セント、冬期のピーク料金では10.8セントを適用。

- Peak Plus Planプログラム:
 Shift and Saveプログラムと同様に、夜8時以降から翌日の午後2時までがオフピーク料金としてkWh当たり8.7セントを適用。
 ピーク料金は、ピーク特異日と非特異日とで異なる2段階設定。
 年間15日あるピーク特異日では、午後2時から夜8時までが、夏期のピーク料金ではkWh当たり56.8セント、冬期のピーク料金では38.6セントを適用。
 非ピーク特異日では、午後2時から夜8時までが、夏期のピーク料金ではkWh当たり16.5セント、冬期のピーク料金では9.8セントを適用。

- Reduce Your Rate Rebateプログラム:
 プログラム参加者には月間の電力使用量が500kWhまでであればkWh当たり9.4セント、それを超えた場合にはkWh当たり13.9セントの料金を適用。
 スマートメーターにより過去のウィークデー10日分についてデータをチェックして、5回のピーク電力使用時の平均を割り出し、その平均から電力使用を抑制した分についてリベート(割戻金)を支払う。
 具体的には、夏期ピーク特異イベント時においては、kWh当たりの電力使用抑制に対して47セントを支払う。
 冬期ピーク特異イベント時においては、kWh当たりの電力使用抑制に対して29セントを支払う。
 ピーク特異イベントの発生に先だって、メール等の通知を行う。

一見複雑ですが、Shift and SaveとPeak Plus Planを比較すると、後者では、年間15日のピーク特異日のピーク時間帯に冷暖房等を抑制すれば、年間を通じたピーク時間帯の料金が前者よりも安くなります。また、年間を通じて、午後から夜間にかけての電力使用を抑制できる家庭なら、Shift and SaveでもPeak Plus Planでも、電気料金が安くなります。Reduce Your Rate Rebateは、ベースの料金が高いですが、特異イベント時に電力使用を抑制できるのであれば、リベートがもらえるというプログラムです。

一般的に米国では電気を湯水のように使うそうですから、そういう消費者に対して「このように使えば安くなるよ」という啓発に役立つということもあるでしょう。結果がどのように出るのか期待できます。

■まとめ

全体として見ると、非常に意欲的な内容であり、実質的に世界で初めてのスマートグリッド実験としては、お手本がないなかで、よく健闘しているのではないでしょうか。特に、設計が難しい消費者領域のスマートグリッドアプリケーションを組み入れて、ダイナミックプライシングなどに生かしているのは、なかなかのものだと思います。ある報告では、太陽光発電を行っている世帯で、発電が行われるとスマートメーターの電力消費の数字が「戻る」と記していました。つまり、再生可能エネルギー発電との連動なども実現しているわけです。プラグインハイブリッドに充電している電池からの売電については、報告がありませんでした。

ただ、スマートグリッドを推進すると必ずと言っていいほど立ち現れる消費者のクレームに関しては、もう少し事前の啓蒙等がなされていいのではないかと思います。現在、スマートメーターが非設置の世帯が多数残っていますが、なぜ、非設置なのかの説明がないままに放置されているようで、クレームが発生しています。

光ファイバーの敷設に関して、建設コストが肥大化してしまった点については、寄り合い所帯のコンソーシアムであり、ベストでコストエフェクティブなネットワークデザインに頭が回らなかったということなのでしょう。前例のない実験を新たに集まった異業種のメンバーで進めているわけですから、死角は出てきます。むしろ、彼らがこのような経験をしたことによって、続く事例において、同種の失敗を回避できるわけですから、全体としてはスマートグリッド関連の社会コストの低減に役立っていると言うこともできます。

スマートグリッドのテストベッドとして見ると、すでにスマートメーターが設置され、回線環境も整備されたということで、家電メーカーが新規に実証実験メンバーに加わり、ピークシフト対応家電製品を新たに投入して、反応を見る、などということもできる状況になったと思います。

一方で、スマートグリッドの消費者向けアプリケーションは、コストに見合うのかという根本的な疑問も湧いてくることは確かです。送配電網のスマート化に役立つバックボーンは別として、ラストワンマイルを新たに整備し、スマートメーターを設置して、実際に実施できるアプリケーションがダイナミックプライシング程度では、コストの回収は覚束ないでしょう。
前回の投稿で触れたAccentureのレポートでも、送配電網のスマート化と、消費者領域のスマート化を完全に分けて論じています。前者は、日本のようにスマートグリッド化がすでに終了している国は別として、欧米およびその他の先進国では投資効果が見込めるようです。それに対して後者は、未だに、投資効果が明確なアプリケーションが存在しないという状況があるように思えます。今後も色々と確かめていかなければなりませんが、現時点では、決定的なものが存在しません。何かブレークスルーがあればいいのですが。

[関連投稿]
米国のスマートメーター超過料金問題のてんまつ(上)
米国のスマートメーター超過料金問題のてんまつ(下)

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