散歩書籍メモ:「東京の階段」松本泰生著
散歩関連の書籍をアマゾンで検索すると、すぐに出てくる1冊。帯に「名階段126!!その先に広がる意外な都市風景!!」とあります。
著者の松本泰生氏は、早稲田大学理工学部建築学科、同大博士課程を経て、同大客員講師をなさっている建築の専門家。在学中から都内の階段に興味を持ち、フィールドワークを続けてきたとのこと。階段にかける情熱は並々ならぬものがあると思われます。
取り上げられている都内の階段のすべてに筆者自らが撮影した写真が添えられています。それらが単なる記録目的のものではないことは、ページを繰っていくとすぐにわかります。松本氏はその階段を写真に収めることによって、階段を日常的に上り下りする人の気持ちや気分、生活一般をも写し込もうとしています。それによって、非常にエモーショナルな「階段のある風景」が定着されています。そこには筆者の、単にコレクションアイテムとしての階段に投げかける目線ではなく、いわば愛ある目線が投影されているように思います。
そういう”愛”は階段へのネーミングにも表れていて、固有名や通称がない階段に筆者が便宜的に与えている名前がすごくユニーク。例えば、
「荒木町・窪地を見渡す階段」
「大塚5丁目・木の下を上る階段」
「元麻布・木戸のある階段」
「プリンツヒェン・ガルテンの洋館わきの階段」
といった風。
「一葉の路地奥の階段」は樋口一葉が一時期住んでいた場所にある風情のある階段。
本郷4丁目、菊坂の南側に一葉の路地はある。樋口一葉が一時期暮らしていた路地は、東京で最も雰囲気のある路地ではないかと思う。石畳の細い道を奥に進むと、井戸があり、植木鉢がたくさん並べられ、いかにも下町的な路地風景を見せている。
中略
一葉の路地は雑誌などで紹介されることが増え、訪れる人も増加している。 中略 やはり住人の身になって一定の節度は守りたい。従ってこの一葉の路地の階段は、上り下りはせずに、見て楽しむ階段である。
たまたま最近読んでいた関川夏央の「二葉亭四迷の明治四十一年」にこの界隈に住んでいた頃の樋口一葉、すなわち最晩年の彼女に関する記述があります(25歳で肺結核により逝去)。丁寧に資料を掘り起こしているようで、樋口一葉の人となりがいかに魅力的であったかがわかります。
脱線してしまいましたが、「東馬込1丁目・新幹線から見える階段」の採録は筆者の真骨頂だと思います。通例は歩いて確認できる階段を載せているのですが、この「東馬込1丁目…」は筆者が新幹線に乗っている最中に偶然発見した階段を上のように名づけ、そして写真に収めて掲載しています。おそらくは、新幹線に乗る度にシャッターチャンスを窺い、何度か失敗しながら得られた最良の1枚を使っているのだと思います。
巻末の「掲載階段一覧」が圧巻。名称、所在地以外に、規模(段数)、幅、高低差、長さ、蹴上、踏み面、傾斜のデータが列挙されていて、筆者がすべての階段についてそれらを実測していることがわかります。