はなから株式公開を目指すとよい理由(1)
これから起業をする人、法人を設立する人、あるいはそれに近い状況にある人を想定して書きます。
なお、私は2000年に株式公開を経験した企業などを取材して「IPOという選択」(翔泳社)を書いていますが、当時からすると会計と財務の知識はかなり深まっております(^^;。
まず、世間が株式公開をどう考えているかということを、ばっさり切り捨てて、自分たちと、ステークホルダーと、将来における顧客に対して、”この株式公開”がどういう意味を持つかという視点を明確にした方がよいです。世間の見方を斟酌すると、考えがブレます。
それから株式公開は社業の目標にはなり得ません。株式公開を目標に開業するなんざ、本末転倒です。そういう会社はたぶんどこかでうまく行かなくなります。社会を動かしている”大きな経済”からすると、価値観がずれているからです。
株式公開は、企業が末永く繁栄していく途上で、適正な規模を得るための1ステップとして行うべきであって、あくまでも通過点です。そこを越えてより一層成長していくのだという強い決意がなければ、やめた方が無難です。
とは言っても、社歴の浅い小さな企業にとって、株式公開は依然として大きなチャレンジですから、相応の覚悟をもって臨まなければなりません。それでは以下ごく簡単に、それを目指すとよい理由を。
1. 経営チームの会計の理解が深まり、法人設立当初から適正な会計の枠組みづくりが促される
会計は会社の骨組みです。会計がわからずに会社を経営することは、ハンドル操作がまったくわからずに自動車を運転するようなものです。自分の経験では、上掲書にも書いていますが、起業に2回失敗しています。現在では、これが会計の知識のなさからくる失敗であったことがよく理解できています。
会計をよくわからずに経営するとどういう風になるかは「会社にお金が残らない本当の理由」(岡本吏郎、フォレスト出版)に書いてあります。今からでも遅くないのでお読み下さい。
株式公開とは、それまで縁もゆかりもなかった方々から資金を募ることなわけですが、その前提として、会社の経営状況を正しくディスクローズする必要があります。ディスクローズの1から10まで、会計が関わります。
会計がわからなければ、適正なディスクローズはできず、経営チームにディスクローズのノウハウがないとすれば、その経営チームは株式公開を乗り切れません。
法人設立当初から株式公開を目指すと、すぐにこのことが切実に理解できますから(無論いろんな書物を読んだり色んな方々から助言を受けるなかで、そういう理解ができていくのです)、会社の枠組みづくりの根幹において、「では会計をどうしようか?」という話ができます。
会計の枠組みづくりが、開業する事業内容の組み立てと同等の優先順位を持つか、それ以上の優先順位を持って、経営チームの取り組み対象となります。
事業を始めて1年~3年ぐらい経ってから、株式公開を目指すと、まず十中八九は会計がめちゃくちゃになっていますから、そこから体制を作るとなるとすごく大変です。会社そのものを、会計という視点で、一度作り直すぐらいの大事業が必要になります。
できれば法人設立時点から、あるいは、設立後間もない時点から、株式公開を意識して、適正な会計の枠組みを作っておくのが得策です。
2. 節税する会社ではなく、利益を出す会社としての骨格ができる
一般的に株式非公開の企業は、小規模なものから大規模なものに至るまで、法人として納めるべき税をどうやって節減するかということに知恵を絞ります。そして、会計上は利益が出にくい方向へと会社の動きを持って行きます。社員の働き方や設備投資の仕方や事業の発展のシナリオなど、企業活動のすべてを、なるべく利益が出ないように、出ないようにと持っていくのです。
経営者の考え方次第で、これはこれでありだと思うのですが、よくも悪くも私企業のあり方です。
会社とは、人を雇って、儲けて、税金を払うのが目的である、という趣旨のことを松下幸之助氏がおっしゃっていますが、儲けて(なるべく利益を出して)税を払うというのは、会社を公器として捉えるなら、非常に重要なことです。
従って、節税目的で利益を出さない体質にするのではなく、はなから「利益がなるべく出る会社」として設計する必要があります。
法人設立当初から、どの会社でも税理士さんのお世話になると思います。一般的に、中小法人を顧客としている税理士さんの多くは、「経営および会計の根幹はいかに節税するか≒利益を出さないかだ」という姿勢を持っているように見受けます。経営チームが、そうした税理士さんのアドバイスに従って、なるべく利益が出ないように会計や事業運営を組んでしまうと、あとで株式公開を目指すことにした場合に、大きな方向転換が必要になります。会社にとっては、天と地をさかさまにするような方向転換です(従って、多分はうまく行きません。うまく行くにしても、相当時間がかかります)。
はなから株式公開を目指して法人を設立すると、最初からお願いする税理士さんについても、株式公開を意識した透明性の高い会計の仕組み、なるべく利益を出す体質に持っていく方法などをアドバイスできる方、というのが選定条件になってきます。探していくと、そういう方に巡り会えます。
株式公開の際の公募増資では、言うまでもなく、会社が利益の出る体質を持っているか、将来的な成長性はどうかを問われるわけですが、そこで問われる法人としてのあるべき姿勢を会社設立当初から持っていれば、後で方向転換をする必要もなくラクです。
3. 経営チームがコーポレートファイナンスについて勉強するようになる
経営チームが勉強すべき点は色々あって、ビジネススクールに通うと一通り教わるのでよいのですが、仮に通っていないとしても現在では参考書籍がたくさん出ているので勉強は可能です。会計と並行して財務…というより、法人にとっての資金調達およびステークホルダーへの利益還元などを含むコーポレートファイナンスもまた、必須勉強分野の1つです。資本政策もここに含まれます。
コーポレートファイナンスなんぞやをここで論じることはできないので、ぜひ、基本中の基本「コーポレートファイナンス」(上)(リチャード・ブリーリー、日経BP)をお買い求めの上、じっくりとお読みください。こういうのは基本文献をじっくりじっくり読み込むのがよいと思います。
企業価値とはそういうことだったのか!という理解が、ある日、閃光のようにひらめきます(←大げさ)。
いずれにしても、経営チームがコーポレートファイナンスをよく勉強していないと、段階的な資金調達の局面局面において、出資をお願いする人たちに対し、「自社の成長とは何か?」「自社が持ちうる企業価値とはどの程度のものか?」「出資によって、出資者はどのようなリターンを得られるのか?」をうまく説明できません。
端的に言えば、フリーキャッシュフローの継続的な増大が企業価値の根幹なわけですが、これを事業運営の細部を結びつけて説明することができず、結果的に、「自社の将来」が非常にリアリティのないまま語られるということになりがちです。
ブリーリーの「コーポレートファイナンス」(上)は、そのへんについて、ハラから納得させてくれます。他にも良書はあると思うのですが寡聞にして知りません。
少し長くなっているので、以下は後日。
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4. 事業発展に貢献した人に対して、好ましいインセンティブが与えられる
5. 経営チームが会社や事業の適正な規模について考えるようになり、その規模を実現するにはどうすればいいかという思考が促される
6. 収支シミュレーションのモデルの精度が高まる
7. 内輪の出資者に対しても、オフィシャルな事業内容の説明ができるようになる
8. 会社を”公開すること”の予行演習が設立当初からできる
9. 会社が公器だという認識が持てる。公益を意識せざるを得なくなる
10. 会社を”開く”姿勢が身に付くと、外部の協力者を募る際の説明が楽になり、外部の方にとっても意思決定がすばやくできるようになる
11. 会社という組織の成長において、Web2.0的なマスコラボレーションのメカニズムが働くことが期待できる