ヤフオクオーディオ取引顛末記-その4
かなり間が空いてしまいましたが、まだ書いていなかったことが何点かあるので、ゆるゆる続けたいと思います。
先頃、家人のお許しが出たので、良心的と思われる出品者が出していたExclusiveのパワーアンプM4を落札しました。競争相手が最後まで出現せず、格安で落札できました。ありがたい限り。Exclusive C3aと組み合わせると、ものすごくまともな音がします。何も足さず、何も引かない、ソースの音がそのまま出てくるという感じです。それでいてテクスチャは滑らかで絹のようです。よい買い物をしました。
300Bを片chに2本使ったモノラルアンプ2台を手放して以来、”音と対峙して聴く”ということをやめてしまいましたが、これからそれに近いことができそうです。でも音像のリアルさは真空管のモノラルアンプ2台にかないませんね。
【知見4】高額商品のオークションでは、互いに競り合う入札者を3名獲得できれば、値がつりあがる。
ヤフーオークションに関する出品者、落札者、双方のノウハウは時を経るに従って高度になっていくので、現在これが当てはまるかどうかはわかりません。私の場合、2004年前後にヤフオクをがんがんやった経験を元に書いています。
そのごく私的な経験をもとに、市場メカニズムのリアリティを理解してやろうというのがこのシリーズの狙いです。
オンラインオークションで品物につく”値”は、非常に高い位置から俯瞰してみるなら、おおむね妥当な水準で決まります。ものすごく高く売れたり、ものすごく安く落札されたりということは、まずないと思ってよいです。
これは、たくさんの人たちがオークションの成り行きをそれとなく見守っていて、安すぎるようなら最後の局面で値を入れるし、高すぎる水準になると誰も値を入れなくなるからです。
オークションの成り行きを見守る人々を以下では「注視者」と呼ぶことにします。
注視者全体にはそれとなく相場観があり、その相場観をはずれた取引は起こりません。
例えば、上記のExclusive M4というパワーアンプ。1980年頃の発売。発売時定価35万円。後継機のM4aは名機との評判が定まっているものの、M4についてはあまり好意的なレビューがインターネット上では得られない。けれどもM4aの前身であるのでそれなりの質の高さは期待できる。そんな位置づけのアンプです。
このアンプを出品者が12万円のスタート価格で出品したら、まず誰も入札しません。M4aならば、まれに「この際、この程度の価格でもいいから入手しておこう」と値を入れないとも限りませんが、M4ではありえない価格です。
ヤフオクのオーディオセクションの場合、リピート注視者がそれなりのボリュームで存在し(おそらく3000名程度)、過去の取引でどの程度の水準で落札されたかがおおよそ頭に入っています。そこからできる相場観では、M4の12万円スタートとはありえない話です。
本当に12万円でスタートした出品者がいたとしたら、リピート注視者たちは「まったくモノを知らない出品者だ」と冷淡にスルーしたことでしょう。
M4の場合、7万円を中心として上下に2万円ぐらい幅があるというのが、おおよその適正な価格です。9万円で取引が発生するのは、よほどの美品である場合。5万円で取引されるケースは、個体がかなりよれていて、音以外には難がある場合でしょう。
このへんの相場観を無視して、10万円以上でスタート価格を設定する出品者は、「複数の入札者が任意で値を入れていく自由度」をはなから拒絶している残念な人だと言うことができます。残念だと言うのは、注視者のオークション参加を拒んでいるだけでなく、取引そのものが成立しないであろうという二重の意味においてです。
こうしたことがわかっている出品者は、複数の入札者が気楽に入札できるかなり安めの価格帯でスタート価格を設定します。M4の場合であれば、例えば4万円という水準でスタート価格を設定すると、ほぼ確実に、1人の入札者が現れ、最低ラインの値が付きます。
その後、「M4が4万円か。んー、安すぎる。オレも入れておこう」という人が出現して、1,000円単位で値がつりあがっていきます。
オークション7日間の初期、4万円台で価格が推移するようなら、後半に入ってもう1人が参加し始め、4万円台から5万円台へと推移します。
こういう具合に3人程度が値をつりあげる状況が生まれると、このオークション案件に活気が出てきます。
出品慣れしている人なら誰でも理解していることですが、入札者が延々と現れない出品案件は、ダメな案件です。商品に問題があるか、情報内容に不備があるか、出品者がよほど信用ないか、というオンラインオークションの3大欠陥を免れて、なお入札者が出現しない案件は、スタート価格が上ぶれし過ぎていると思って間違いないでしょう。
オークション7日間のうち、6日目になっても入札者が出現しない案件は、ほとんどの場合、最後の最後まで入札者が現れず、オークションが流れてしまいます。高すぎるスタート価格をつけると、そういうことになります。
ここで出品者の気持ちになってみると…。非常に大切にExclusive M4を使ってきた人が、泣く泣く手放す場面を想定してみます。
彼には、高すぎるスタート価格では最終的に取引が成立しないだろうという知識があります。
そこで、スタート価格を2万円にするか、3万円にするか、はたまた4万円にするか、大いに悩みます。2~4万円でスタートすることなど、実はしのびないのです。「このアンプはもっと価値がある」と思っています。
けれども、ここで彼は、「自由な価格形成の積極的な意義」を腹の底から信じなければなりません。
値を決めるのは自分ではない。不特定多数の注視者がオークションに参加してくれることで、自然と値は決まっていくものなのだ。それが合理的な価格というものだ。それが仮に5万円なら、それはそれでよしとしよう。7万円で売れたらラッキーだったと受け止めよう。そんな風に考えないといけません。
従って、腹をくくって、3万円、高くても4万円でスタート価格を設定します。
これによって、複数の入札者が出現してきて、あとは彼らが競り合うままにしておくと、価格が形成されていくのです。
複数の入札者が出現して、例えば、一番多い時で7-8名の入札者が参加しており、オークション終了の間際、最後の1時間に3人が残って競り合うような場面が訪れたとします。3人はなかなか譲りません。この価格帯の商品なら1,000円単位で値がつりあがり、最後の15分間にデットヒートが始まります。そして終わり5分で1人が脱落し、2人で競り合って、例えば7万5,000円、7万8,000円といった具合に値がつりあがっていくような状況になるとします。
こうした状況は出品者にとっては、ありがたい限りです。
この状況はどのようにすれば出来させることができるのか?経験から言うと、モノの質がある程度よいことは大前提として、第一には、出品者の評価のポイントがかなりあり、かつ、落札者のコメントの大多数が好意的である、ということがあります。これは当たり前と言えば当たり前で、誰もが知っていることです。
注視したいポイントは次です。すなわち、「そのアンプの特徴を知悉しており、愛好者の視点で、適正なレビューを書いている」ということが重要になります。
中古オーディオのような比較的高額な商品では、買う方も真剣であり、売る側に「自分と同等かそれ以上の見識があること」を求めます。仮に商品の説明に、自分と似たような価値観が書き記されており、そのアンプに関して、実際に聴き込んだ者でなければ書けないような、微に入り細にわたったレビューが書かれてあれば、入札する側はうれしくなってしまって、「こいつのアンプなら多少高くても買ってやろう」という気になります。
何台かアンプを売り買いしているうちに、自分はこのことを把握しました。そしてそれ以降、なるべく詳しい音のレビューを書くように心がけました。するとやはり、狙い通りに複数の入札者が出現し、最終局面で3人程度が値をつりあげ合って、想定した水準かそれよりも上の水準で落札されるということが多々ありました。
ヤフオクには、最後の5分以内に誰かが入札した場合、オークションの時間が自動延長されて最後のデッドヒートを延々引き伸ばすということが可能になっています。これは出品者が選ぶオプション機能であり、自動延長しないようにすることもできます。
私は当初、最後の自動延長時間のデッドヒートでおもしろいように値が上がるので、うーむと思いながらその恩恵を蒙っていましたが、だんだんと後ろめたさの方が勝るようになり、ある時期から自動延長させずに、そこそこの価格帯でオークションが終わるように仕向けました。
長々と書いてきましたが、結論を言えば、インターネットにおいて、ロングテール的な分野における商品取引では、個人的な価値観に基づくできるだけ詳細な商品情報を掲出することが大切であろうということです。
これは、拡大解釈するなら、その商品に関する集合知の状況に積極的に貢献するということであり(今まで書かれなかったユニークなレビューが彼/彼女によって書かれる)、それによって、集合知の一種としてもたらされる価格形成が誘発されるということになるでしょう。
オンラインオークションにおける価格形成は集合知のひとつの表れと見てよく、その延長で、そうした価格形成を他のジャンルの商品やサービスにも適用することができるように思います。集合知を富に変換するメカニズムは、まだそのほんの端緒が見えただけに過ぎません。