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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

何がFlatなのか?(ベキ法則下の企業活動-その6)

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先週はたくさんの方からレスポンスをいただき、まことにありがたく思っております。おおよそどんな方々がお読みいただているか把握できましたので、これからは迷わずスウィートスポットに攻め込んでいくことができます(^^;。今後ともよろしくお願い申し上げます。

「The World Is Flat」の話者として登場してくるトマス・フリードマンは、事実に接し、まず素直に驚いてから、社会的なインパクトや歴史的な意味を考える、ということを繰り返しています。非常にジャーナリスト的な思考の深め方です。
例えば、私を含めて日本にいる多くの人がすでにアウトソーシングの何たるかを理解し、オフショアリングの動向を把握しています。けれども彼はそういう予備知識で実体を見積もってかかるということはせずに、その動向が先鋭的に表れているバンガロールにまず行って、自分の目で見て、人から話を聞いて、それから初めてインパクトを考えるということをしています。

同書によると、現在、インド全体で25万人弱のコールセンター要員がおり、米国、カナダ、イギリスなどの企業からオペレーター業務を受託しています。熟練したスタッフの手取りは月600~700ドル。成績に応じて同等のボーナス。食事、通勤費、保険などの福利厚生付き。多くの場合、仕事は夜間になるので、昼間は学校に通うことができ、MBA取得を目指している若者も少なくありません。インドで得られる他の職種に比べれば非常に高待遇なので、各地から膨大な応募者が殺到し、あるアウトソーシング受託会社では採用に至るのはわずか6%に過ぎないそうです。非常に優秀な若者が選抜されて、米国企業などのコールセンター業務に就いていることになります。

アウトソーシング受託最大手のInfosysの社内では、米国中部のアクセントを真似るためのトレーニングが行われているそうです。彼らは皆、米国人が覚えやすい担当者名を持ち、DellとかMicrosoftとかの旗が掲げられたブースで、顧客から確認を求められない限りは米国で受け答えをしているものとして対応しています。こうした事実の一つひとつにトマス・フリードマンは素朴に驚いてみせます。

米国英語を話す米国人として、同じ英語圏とはいえ固有のアクセントを持つインドの若者たちが米国中部のアクセントのトレーニングをしている場に接すると、たぶん妙な思いがすると思います。バンガロールにありながら、米国の一般の人がクレームを言ってくる電話にインドの若者が米国勤務のスタッフとして対応しているところを見ると、それなりの違和感はあると思います。
そうした妙な思いや違和感を脇に追いやらずに、素朴な考えを押し進めて、「インドに仕事が流れている以上、米国では仕事が失われているはずだ」 → 「米国で影響を受けるのはどのような人たちか?」 → 「それはいいことなのか?」 → 「社会や政治に影響を与えるということはないのか?」 → 「自分の子どもの未来はどんな風になるのか?」という具合に、国の未来まで考えようとしているのが「The World Is Flat」という本です。

彼の言う「Flat」にはいくつかの意味が複合しています。
①一部の業務はインターネットの高速回線がある限り世界中のどこでも処理できるようになりつつあり、最適地を検討する際に距離の懸隔を実質的に無視できるようになった。地球が小さくなっているという意味での「Flat」。
②企業組織がこれまで意思決定などの基盤としてきた階層構造が、インターネット上で生起しつつあるオープンソースなどの新しい価値創造形態によってある程度無効化されつつあるという意味での「Flat」。
③例えば、米国でコールセンターのオペレーター業務に携わってきた人が、ある時から地球の裏側のインドの優秀な若者と競争せざるを得ない局面に置かれるといった、職務獲得の個人対個人の競争が国を超えてイコールフッティングになりつつあるという意味での「Flat」。
④その延長で企業同士の競争も国を超えてイコールフッティングになりつつあり、非常に卓越した小さな企業や非常に特異な職能を持った個人が、既存の大企業と競争できる状況も生まれつつあるという意味での「Flat」。
⑤そして、過去数百年にわたって世界史を主導してきた欧米の覇権がいま初めて非欧米圏の国によって揺さぶられているという意味での「Flat」。

-Quote-
"Outsourcing is just one dimension of a much more fundamental thing happening today in the world," Nilekani explained. "What happened over the last [few] years is that there was a massive investment in technology, especially in the bubble era, when hundreds of millions of dollars were invested in putting broadband connectivity around the world, undersea cables all those things." At the same time, he added, computers became cheaper and dispersed all over the world,  中略 and proprietary software that can chop up any piece of work and send one part to Boston, one part to Bangalore and one part to Beijing, making it easy for anyone to do remote development. When all of these things suddenly came together around 2000, added Nilekani, they "created a platform where intellectual work, intellectual capital, could be delivered from anywhere. It could be disaggregated, delivered, distributed, produced, and put back together again - and this gave a whole new degree of freedom to the way we do work, especially work of an intellectual nature... And what you are seeing Bangalore today is really the culmination of all these things coming together."

"The World Is Flat", One - While I Was Sleeping" (p6-7)
-Unquote-

-今泉お手軽訳-
ニレカニは言う。「アウトソーシングというのは、現在、この世界で起きている非常に根本的な変化の一面に過ぎません。過去数年の間、特にバブル期には技術に対して巨額の投資が行われました。当時、数億ドルものお金が世界を結ぶブロードバンド回線や海底ケーブルなどに投じられ…」。それと並行してコンピュータが安価になり、世界の隅々に行き渡った。 中略 専用のソフトウェアがあれば種々の仕事を細かく切り分けることができ、ある部分をボストンへ、ある部分をバンガロールへ、ある部分を北京へと送ることができる。今や遠隔開発は誰にでもできる。こうした変化はすべて2000年を境に起こった。「それによって知的作業、知的資本を世界中のどこにでも転送できるインフラができたと考えています。仕事は細分化され、転送され、分配され、処理され、そして最終的に一つにまとめられます。こうしたことがわれわれ(インドの人間)に仕事の仕方において過去にない自由を与えています。あなたがバンガロールで見聞したことは、このように同時並行的に起こっていることのほんのさわりに過ぎません」
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日本語にしてみるとあましインパクトのない一節ですね(^^;。まぁそれはよいとして、IT業界の末端にいる人間として注意したいのは、彼が記述しているすべての変化がただ一つのこと、すなわち、インターネットを介して仕事の伝送が可能になったということから来ているということです。
仕事は食うことの根幹であり、産業の最重要構成要素です。国民生活の基盤であり、納税の源泉です。有権者の現在と未来を左右するという意味で、政治家が中核テーマに据えるべきものです。そうした仕事がインターネットを介して行き来するものになっている。このシュールさは頭ではわかっているつもりでも、本書で具体的に示されてみると、かなりな迫力があります。

仕事はネットワークを介して行き来するものになっている。上の「仕事は細分化され、転送され、分配され、処理され、そして最終的に一つにまとめられます」という記述は、他ならぬTCP/IPの原理であり、この現象が現在あるインターネットという物理的なネットワークが持つ構造の影響を受けているらしいということを窺わせます。

こうした仕事が行き来するネットワークを仮に「仕事ネットワーク」という呼称で呼ぶとすれば、ある時には企業が、ある時には個人がノードとしての役割を果す仕事ネットワークは、ベキ法則が働くスケールフリーネットワークであるのか?
スケールフリーネットワークが成長と優先的選択を特徴とする、つまり、常にノードが増し加わり、ノード同士の連結が何らかの利を基にした選択が行われるようなものとして想定されている以上、仕事ネットワークもそうである可能性が非常に高い。
それが厳密にそうであるという論証は当然ながら私ごときの手に余る話であり、そこには立ち入りません。

自分として興味があるのは、個人や企業が接続している仕事ネットワークがスケールフリーネットワークだと仮定すると、個人として、あるいは企業として、どのように有意な戦略が立てられるか?ということです。
スケールフリーネットワーク性を所与とした生き方とでも申しましょうか。

(気長に続く)

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