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第43回 次世代ジュエリーと、ITの役割 ~メルマガ連載記事の転載(2014/07/28 配信分)

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この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」に月1回連載中の「データ・デザインの地平」からの転載です。

連載 「データ・デザインの地平」 第43回 次世代ジュエリーと、ITの役割

市場を席捲するアマチュア作品と複製品

いま、モノづくりの世界は大転換期を迎えています。
3Dプリンタと開かれたマーケットプレイスは、プロとアマ、作家とユーザー、ビジネスとホビーの境界を消し去ろうとしています(※1)。 本稿では、アマチュア作家の数が多い「ジュエリー」を例にとり、モノのデザインのゆくすえについて述べてみます。

アマチュアのホビーユーザーがジュエリー制作に取り組むとしても、アイデアに思い悩むことはないでしょう。なぜなら、身のまわりのものは何でも―――コーヒーカップも、スマホも、バッグも―――作品のモチーフになるからです。発想法でよくあるように「小さく」してみるだけでジュエリーになります。また、「大きく」したり「逆に」する方法もあります。
さらに、携行性を生かした、「うつわ」となるジュエリーも考えられます(※2)。

「何を作るか」だけでなく「何で作るか」を工夫する方法もあります。
地域密着の素材を使えば、他の地域のユーザーにとっては珍しいものになります。将来的には、たとえば、みかん由来の素材、うどん由来の素材を扱えるようになるかもしれません。

3Dの出力センターが各地に開設され、アイデアを形にしやすくなると、ジュエリーには無縁だった層からも、新しい作品が生まれます。

そして、書籍や音楽同様、モノだけではなく、データが流通し始めます(※3)。

すると、これに合わせて。複製や改造版も増えていきます(※4)。
複製品の販売だけでなく、複製手順のブログへの投稿、動画サイトへの投稿、既存作品を手本とした制作講習の実施、複製作品のオークション出品、データの無断配布も懸念されます。
著作権の所在に気付かないまま、第三者が、データを共有し、拡散に手を貸してしてしまう恐れもあるでしょう。

誰でも作家になることができると、作品点数は爆発的に増えていきます。毎日、ユーザーのチェックが追い付かないほど膨大な新着情報がネットを駆け巡るようになります。
しかしながら、作品点数の増加に比例して、ユーザー数が増えたり、ひとりのユーザーの購入点数が増えるとは限りません。
モノがあふれ、製品のライフサイクルが短くなるなかで、多くの作品が注目されることなく淘汰されていきます。

おびやかされるプロ、埋もれる良質の作品

作品のクオリティと販売数は必ずしも比例するとは限りません。膨大な作品の中から頭一つ抜け出すために、作家は、次の二つの方法を試みるでしょう。

ひとつは、営業力で突き抜ける方法です。珍しい素材を安く仕入れ、安価に設定し、早く届け、万全なギフトラッピングや御礼状で、ユーザーの気持ちを掴みます。
本業でのつながりからの販売網を持ち、SNSを使いこなすアマチュア作家と、PCに疎い高齢の職人が競うこともあるでしょう。

もうひとつは、作品力で突き抜ける方法です。「かけがえのない作品」を適正な価格で提供し続けます。
ところが、この「かけがえのなさ」は、逆に、良質の作品を排除することにつながりかねません。

現在「かけがえのなさ」とは、次のように解釈されていると思われます。

(1) デザインがかけがえのないもの。オーダーメイド。
(2) 素材がかけがえのないもの。天然石やとんぼ玉のように、同じものが存在しない。
(3) 作り手がかけがえのない人物。たとえば、友人や子供の作品。
(4) 加工技術がかけがえのないもの。クラフトマンシップの光る作品。

(1)(2)(3) の条件は、プロでなくとも、アマチュア作家でも満たすことができます。プロが差別化できるとすれば、(4) しかありません。クラフトマンシップの光る作品は、静謐で気品に満ちています。ユーザーがまとった状態までを考えた作品は、運用までを考えたシステムのように完璧です。

ところが、ユーザーが必ずしも (4) を重視するとは限らないのです。
「動けばそれでよし」のプログラムのように、「もとめるモチーフの形になっていればそれでよし」のジュエリーが増え始めると、それに満足するユーザーも増えていくでしょう。

進化する制作環境はクラフトマンシップを凌駕し、プロの作家の手による丁寧な作品は、淘汰されてしまうのでしょうか?

どのような販売戦略をとるのか。営業力か、作品力か。
これは、外食産業やアパレル業界と同じ構図であり、ひとまずは、それらの業界と同じ結果に落ち着くのではないでしょうか。

ITを取り入れて差別化するジュエリー

営業力と作品力の競争の後には、協業力が重要になるでしょう。
そして、その協業先とは、IT業界です。
ユーザーを一瞬で驚かせるようなインパクトある作品を生むには、機能性の追加について考える必要があるのではないでしょうか。

身のまわりにあるものを「小さく」するにしても、ただ単にサイズを小さくするのではなく、たとえば、次のように、機能を維持あるいは付加して小型化するのです。

・全体を小さくする:ロボットを、機能を維持したままミニチュア化します。
・分解する:ミキモト真珠の「矢車」のように。パーツから成る構造にします。ただし、分解したパーツは、ジュエリーとしてだけではなく、それぞれがガジェットとしても機能します。
・折りたたむ:復元して元のサイズに戻します。たとえば、ディスプレイやキーボード、自転車の電子ロックに早変わりするキーホルダーです。
・ナノレベルにする:顕微鏡で覗いて初めて名入れが見えるといった、いわゆる「裏地に凝った」ガジェット・ジュエリーです。

実用性を持たせることも、差別化になります。
たとえば、全家電のリモコンを兼ね備えた、バッグチャームです。
また、たとえば、剥がしやすい薬シートの形をしたキーホルダーや、同時に服薬してよい薬をまとめる「カプセルinカプセル」のペンダントなどです。服薬状況を電子カルテやお薬手帳、緊急用のIDジュエリーと連動できれば、投薬管理の手間が省けます。

IDやパスワードを物理キー化した、いわば持ち歩けるセキュリティ・バングルも便利でしょう。

データべースを利用したジュエリーも考えられます。
たとえば、小説の中に描かれるジュエリーの具現化です。テキストを読み込んでクラウド上のデータに照会すると、「小説家のイメージした作品に近い」色・形状・素材・加工の候補が表示され、選択した結果通りの作品を出力できるサービスです(※5)。

ジュエリーはそれ自体がウェアラブルであることから、ウェアラブルなIT機器には親和性があります。センサーを搭載したジュエリーの可能性には大きいものがあります。
たとえば、スーパーの会員カードをバッジにして、店舗内の行動データを収集し、在庫管理やキャンペーンに生かすことができれば、顧客側にもメリットがあるでしょう。限られたエリア内の生活においては、個人情報を守るよりも、自ら提供する方が、ローリスク・ハイリターンかもしれません。

さらにウェアラブル化が進めば、身体と衣服と靴とバッグとジュエリーが一体化した「装い」も登場します。そのときには「装い」に代わる新しい言葉が必要になるでしょう。また、それとは逆に、身体に接触しないジュエリーも考えられます。

次世代ジュエリーにもとめられる、5つの要素

そして、多くの作品が淘汰された暁に残るのは、次の5つの要素のいくつかをあわせ持つジュエリーです。

(1) オートノミー:自律

ヒトの動きや風などの環境に従うのではなく、自律的にふるまうジュエリーです。たとえば、ユーザーの肩の上に乗って踊るキャラクター・ジュエリー、髪の上で舞う花飾り、ネクタイの上を駆ける「Shinkansen」タイピン、トランスフォームするバッグチャームなどです。 販売方法においても、ユーザーが作品を選ぶのではなく、作品が自身を身に付けてほしいユーザーを選ぶシステムも考えられます。

(2) フュージョン:融合

環境に合わせて擬態したり、他のモノや生命体と融合するジュエリーです。たとえば、感情によって色が変化する脳波ピアス、相手の背丈に合わせて、より美しく見えるように長さが変わる有機物チェーン、生体に馴染む素材で作られた皮膚の延長線上にあるバングルです。ユーザーの成長に合わせてサイズが変わるなど、自動的に成長する作品も考えられます。

(3) インフルエンス:作用

光や音や香りなどの情報を発して、環境に作用する「能動的な」ジュエリーです。遠隔地の兄弟ジュエリーに信号を送信して、色や形を決定するジュエリーも考えられるでしょう。身に付けることによって、触覚を変化させる作品も考えられそうです(※6

(4) コンセプト:観念

見た目だけのデザインは淘汰されていきます。デザインの基盤に哲学がもとめられます。
コンセプトが数式で表現できる作品は有望です。バックミンスター・フラーのダイマクションや、その名を由来とするフラーレンにせよ、ペンローズ・タイルにせよ、数学を礎とする形はエレガントな美を生み出すものですから。
数学者なら「既存のモノの中で美しいとされるもの」をスキャンしてデータ化し、美しさの共通項を見出すことができるでしょう。

(5) コンテクスト:文脈

ひとつの作品の背景には、いろいろなストーリーがあります。
素材はどこで産出したか、誰が作ったか、誰からもらったか、どのようなシチュエーションのときに手にしたか、どのような歴史を刻んできたか。伝統工芸品は、商品ではなく作品でもなく、歴史を販売しているのではないでしょうか。

たとえば、完全に同じラペルピンが二つあるとします。ひとつは、尊敬する上司から譲り受けた品です。皆さんなら、重要なプレゼンにのぞむとき、どちらを付けるでしょうか?モノの背景にストーリーのある方ではないでしょうか。

現在の市場は、分子構造が同じであれば同じモノという共通認識の上に成立しています。
しかしながら、購入後、最終的にユーザーの手元に残るのは、ストーリーを持つ、コンテクストで語られうる作品です。記憶を喚起する作品です(※7)。
購入目的が投資や所有欲や買い物依存でない限り、おそらくは多くのユーザーにとって。物質の組成よりも、物質に付随する「情報」のほうが重要なのです。分子構造が同じであっても、ヒトが付加するコンテクストによって、作品は一意性を帯びるようになります。
購入によってではなく、一意性の獲得においてユーザーとつながるのです。

最終的なジュエリーの役割とは、装飾ではなく、個体の一意性を担保することにあるのかもしれません。
そして、その一意性は、クラウドとメタデータなしには語りえないのです。

※1 ハンドメイド、手作り、クラフト作品を通販・販売できるマーケットプレイス Creema(http://www.creema.jp/)や、Makers Hub (https://makershub.jp/)があります。筆者はまだ利用したことがないので、あくまで参考URIとして記載しています。

※2 マヨラーは、1食分のマヨネーズが入る容器をつなげたネックレスを作るかもしれません。

※3 モノの設計データを通信回線経由で送信し、遠隔地で受信して製造する工程自体は目新しいものではありません。CADデータを工場に送り、NCデータを作成して工作機械で加工する方法は、20数年前から実用化されています。また、そのころ既に、レーザ加工機でグッズを作る、ホビー用途への取り組みも始まっていました。当時筆者は、INS回線の実証実験イベントで使う、コースターや栞をCADでデザインしました。木材の産地の山奥へとデータを送り、現地で加工する試みの一端だったと記憶しています。

※4 もし、3Dプリンタで出力したパーツを加工する必要があるとしても、先生の手の動きをデータ化し、手を添えて教えるようなロボットハンドができるでしょう。

※5 作品を販売するのではなく、作品のイメージを販売する方法では、購入点数が抑えられる可能性があり、資源の採掘による環境負荷を減らすことができるでしょう。

※6 触覚を変化させる試みも始まっています。
日経ビジネス「百聞は一触にしかず 広がる「触覚」技術の世界 ネット通販に“革命”もたらすか」

※7 記憶に残る強烈な体験をセットにした販売方法の登場が懸念されます。「喜怒哀楽」よりも「快不快」に結びついた作品が売れるようになると、高度で繊細な脳活動が衰えていくでしょう。この社会は、抒情性のない、詩のない世界になってしまいます。

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