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第38回 不老不死時代のデータ・デザイン ~メルマガ連載記事の転載(2014/02/24 配信分)

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この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」に月1回連載中の「データ・デザインの地平」からの転載です。

連載 「データ・デザインの地平」 第38回 不老不死時代のデータ・デザイン

20XX年。"存在 X"の脳内イメージは、惑星間ネットワークを介して、複数の"存在 X"の脳に届き、埋め込まれた記憶装置が起動する。複数の生体と機器の間で、つぶやきがこだまする。
―――かつて「死」という言葉があった。それは我々が体験する「一時停止」とは異なるもののようだ。我々は、生・死・言葉という音の概念、それが喚起していたらしい感情を、残存するデータの中にもとめる。決して体験しえない概念への憧憬。―――

死の概念の変化が、データ構造を変える

我々は、生死の概念が大きく変わる、スリリングでエキサイティングな時代に生きています。
なにしろ、科学技術の発展は、この地上の時間・空間・個体の制約を、取り払いつつあるのですから。

医学や生物学上の発見(※1)は、不老不死への歩を進め、死の概念を無効化します。
我々の子孫は、受容する「死」を知らず、主体的な「生」の中断(スリープ)を理解するようになります。

また、宇宙工学の実用化は、人類を地球外へと導きます(※2)。
公転周期や重力の異なる環境に適応した個体は、現在地球に生きる我々とは異なるタイムスタンプを使い、固有の時間・空間感覚を持つようになるでしょう。

さらに、脳科学とITの連携は、脳とマシン、個体と別の個体のパーツ、複数の個体同士を接続します(※3)。
記憶や思考の一部を機器に依存したり、身体のパーツ制作を電子商取引したり、他の種の持つ運動機能を獲得したり、複数の脳をダイレクトに接続して思考や感情を共有するなど、個体の境界は不透明化していきます。

これら3つの進化は、「私とは何か?」という認識を変容させ、データベースで識別子として働く「一意なもの」の定義に変化を巻き起こします。ヒト同士や、ヒトとマシンを接続する「インタフェース」が意識されなくなった暁には、「私(I)」という一人称の概念が失われる可能性すらあります(※4)。

我々は、生と死の間にあるデータで表現される最後の世代となるでしょう。
子孫たちは、境界の曖昧な集合体としての意識を持ち、「主体的な生の中断」を選択するでしょう。
彼らの社会には、「個体の一生」に限定されないデータ・デザインが必要です。

概念の変化は、ビッグデータに拍車をかける

生死の制約のない個体に付随するデータは、現在の長寿者に付随するデータとは比較にならないほど大きなものになります。

また、センサーの進化によって、現時点ではセンシング困難な情報の取得も可能になり、巨大なデータが蓄積され始めます。
たとえば、五感からの高精度な入力情報、それらを認識した結果の脳内情報、湧き上がる感情や思考の断片、創作途中の作品のイメージなどです(※5)。

これにより、恐るべき量のデータがクラウドに蓄積されるようになります。
そうでなくとも、現在すでに、世界中のデータが膨張し続けています。宇宙や地球の観測データ、SNSへの投稿データ、電子商取引のデータ、動画データなど、どれもが増える一方です。
このうえに、センサーデータが蓄積されていくとなれば、ペタ、エクサ、ゼタ......と、桁違いのビッグデータへの歩は早まるばかりです。 そして、センシング対象である個体が、自ら生の「中断」を選択しない限り、データは増え続けるのです。

さらに、自ら生の中断を決断する個体、迷う個体、(年金不正受給よりも発覚しにくい)「生の中断」の阻止を実行する個体、が増えることも考えられます。そうなると、記録済みデータの変更や追加が相次ぐようになります。

生死の概念が変化した社会に合うようにシステムが変更されると、それは生活に影響を及ぼし、生活上の変更が、ふたたびシステムの変更を促す、という悪循環が生じて、データベースには大量の無意味なデータが残る可能性すらあります。

もはや、(革新的なデータ形式、それを走査可能なパーサー、高速の実行環境、という3つがセットで開発されない限り)混沌としたデータの肥大化に歯止めをかける方法はないでしょう。

旧構造と新構造のデータ併存は長期化する

現行のデータベースは、「生死ある個体」を前提として設計されています。個体が解体・改変されたり、他の個体と接続したり、他の個体を起源とする部分を包含するような事態は想定されていません。
想定外のデータが現れた時点で、その時々の社会に合う暫定的な構造変更が「その都度」なされることになるでしょう。
たとえば、ひとつの個体と一対一対応の<生年月日>が、複数の個体で共有する<製造年月日時分秒ミリ秒>という構造に変化することをイメージしてみてください。

旧構造のデータを利用する場合は、データをサルベージして、新規構造へと変換処理を行います(これは現在一般的に行われている作業です)。
こういったデータの構造変換は、なかなか厄介なものです。

IT業界から離れた位置にある人々は、システムを一時停止し、大人数のエンジニアが徹夜で作業すれば何とかなる、高速のマシンに任せればよい、などと考えるかもしれません。しかし、それはユーザー視点の夢物語にすぎません。
宇宙、軍事、医療、交通、などの社会基盤を支えるシステムは、365日24時間稼働し続ける必要があります。メンテナンスを理由におわびの一文でサービスを停止することは、ほぼ不可能です。社会基盤をテクノロジーに依存すればするほど、永年継続稼働は必須となるのです。

変換処理を実行するあいだにも、生命の形や社会のあり方は刻々と変化し続けます。
システムを停止させず、増え続けるビッグデータの中の主要なデータを(すべては不可能です)将来にわたって利用可能な形に変換する作業には、最速の計算機を使ったとしても、とてつもない時間がかかるでしょう。

旧構造のデータと新構造のデータの併存は、長期化を避けられません。
「一意なもの」の変化の影響は、はかりしれないのです。

データ・デザインは、存在の概念設計へと向かう

こうした変化の中で、データ設計者にとって唯一できることは、未来の社会システムへの移管を頭の片隅に置いて、現在の設計業務をこなしていくことです。
これから先、データ設計者の扱うデータは、次のように、3つに分かれていきます。

(1) 生体に付随する情報

社会的に認知されているヒトに付随する情報、認知されることを前提としたヒトに付随する情報です。
前者は、住民に付随する個人情報、DNA情報、患者に付随する医療情報など、既存の生命に付随する情報です。
後者は、受精前の細胞から誕生前の胎児に付随する情報です。

(2) 生命を構成する情報

ヒトの組成や構成を規定する情報、いわゆるヒトの設計図です。
遺伝子の組み合わせ情報、身体と外部マシンの接続情報、身体への組み込み機器情報、他者の思考との接続情報、薬剤エンハンスメントの服薬情報、などです。

(3) 存在を構築する概念

生命が占有する時間・空間・拡張範囲(境界)を表現する、存在の構造の定義、概念のスキーマです。

これらは、平たく言えば、(1) どのようなデータを付加した、(2) どのようなヒトを形作り、(3) どのように存在させるか、といった情報を扱うようになるということです。

現在、データ設計者が扱っているのは、(1) のような、ヒトやモノといった「存在ありき」の情報です。しかし、生死の概念が変化するにつれ、(2) のような情報を扱う機会も、間違いなく増えていきます。
ただし、倫理面の議論と社会的合意が必要となること必至であるため、実行は慎重に検討する必要があります

(3) は、非常に抽象的な作業であり、この30年間で実務が生じることは、まず、ないといっていいでしょう。ただし、これを常に意識しておくことは非常に重要です。
なぜなら、存在(ザイン。sein"独")の概念設計こそが、データ・デザインの地平にあるもの、デザインという仕事の本質だからです(※6)。

これからのデータ設計者は、存在、時間、空間について、考え、理解を深めようとする姿勢を持たなければなりません。
自身の深くに沈潜し、最新の知見を受容し、思索し、地平を見渡せる場所へと歩を進める姿勢が、もとめられるようになるでしょう。

※1 たとえば、「体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見」 独立行政法人理化学研究所 Webサイトを参照。

※2 たとえば、火星移住計画、mars-one のWebサイトを参照。

※3 臓器を作る細胞シートや、ヒトの脳のダイレクト接続などの実験例は、ネット上に情報が多数あります。関心のある人は、bing ってください。

※4 一意なものの変化が引き起こす雑多な問題については、本連載 2011年の記事を参照。
第2回 そのデータは誰のもの?」「第3回 子ノード化する脳」「第4回 多重CRUDの脅威

※5 現在のSNSに見られるような行動記録のデータ―――何をしたか、何を話したか、どのような知識を得たか、いかなる成果を上げたか―――という事実よりも、「その体験中に、何を感じ、何を考えたか」というデータのほうが、個体をより的確に表現するでしょう。

※6 筆者の個人事業所の屋号「SeiSeinDesign」は、存在(Sein)と設計(Design)を連結したもので、「存在の概念設計」を予定して付けた名前です。ただし、高齢なので、そのような時代になったときには隠居しています。心意気だけ、かってください。

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