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ネット時代の作品公開タイミング~メルマガ連載記事の転載 (2013/04/22 配信分)

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この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」に月1回連載中の「データ・デザインの地平」からの転載です。

連載 「データ・デザインの地平」第29回 ネット時代の作品公開タイミング

作品が増えれば、類似の主題も増える

この数年、ソフトウェアやプラットフォームの充実、3Dプリンタなどの出力機器の価格低下、公開先の充実により、動画や音楽やイラスト、手工芸品の作家(クリエーターやメイカー)が増え、作品も爆発的に増えています。

作家にとって、作品の主題とは見知らぬ場所に咲く花のようなものです。その花を見つけ、いかに適切な表現で視聴者に届けるかが腕の見せどころです。
花にたどり着く方法は、ひとつではありません。次のように、いろいろあります。

(1) 論理による発見

先人の習得した技法を学び、これに基づき論理的に花のある場所へのルートをたどります。

(2) 試行錯誤による発見

多くの作品を鑑賞し、素材を探し、組み合わせかたを模索します。ありとあらゆるルートを行きつ戻りつ試行錯誤して、花のある場所に近づいていきます。

(3) 直感による発見

花を気にかけつつ日常生活を送りながら、頭の中に花のある場所のイメージが浮かぶのを待ちます(筆者はこのタイプ)。
作家でなくても、着想が必須の職業に就いている人は、花を目に留める体験を少なからず持っているので、作品の素になる花を見つけることがあるでしょう。

花を見つける機会は、万人に与えられています、複数の人が、異なるルートを通って同じ花を見つける可能性はゼロではありません(※1)。作品の増加に比例して、類似の主題を持つ作品も増えると考えられます。

もっとも、同じ花を見つけたとしても、表現方法は異なりますから、同じ作品に仕上がることはありません。同じ桜の写真を撮っても、完全に同じ写真になることはないように。

作家に必要な、フットワークの軽さ

複数の作家が同じ花を見つけ、それぞれに表現した作品を創って公開すると、そこにはタイムスタンプの問題が生じます。

主題を作品という形にするには、時間がかかります。毎日作業に取り組める人と、週末のわずかな時間しか作業できない人では、完成時期は大いに異なるでしょう。同じ時期に花を見つけたとしても、後者は後発の作品になってしまいかねません。そうすると、後発作品は、先に発表された作品の影響を受けているように誤解されることがあるかもしれません。

ならば、作家は、花を見つけたならその事実をいちはやく公開したほうがよいのではないでしょうか。
先に公開済みの「花」を示すだけで誤解を解くことができるという安心感があれば、創作に専念しやすいのではないでしょうか。

筆者も、これまでひとつだけ同じ花を見つけていた経験があります。
筆者が1984年に作った小さな歌は、2000年以降に発表された商用楽曲と、主題の部分が似ています。もっとも解釈と表現は真逆であり、全く別の作品です。その商用楽曲が優美且つ繊細で立体的な構成で感動を与えるのに対し、筆者の曲は悲嘆と諦観一辺倒で平坦で暗いだけです。
身を削るようにして書いた歌です。すばらしいプロの作家が目をとめるような可憐で小さな花に、自分も目をとめていたことを筆者は誇らしく思いました(※2)。

ネット時代の作家には、花を見つけたら「見つけたよ!」と叫ぶ、フットワークの軽さが必要です。
たいせつに温めながら修正を繰り返し、満を持して公開するのではなく、花を見つけたら即座に公開するほうがよいのではないでしょうか。
考古学好きの小学生が、自分の遊び場で土器を見つけたなら、それをその場に残したまま黙って調べ続けるのではなく、すぐに見つけたことを発表したほうがいいように。尊敬する偉大な学者がいつか見つけてくれるであろう日を待つ必要はないでしょう。

作家名、屋号、レーベル名、ドメインも、先願が重要

このような「同じ花の発見」問題は、作品の主題に限られるものではありません。
作家の名前も同様です。
下の名前が同じであれば、それから発想したハンドルネームが同じになっても不思議ではありません。本名でさえ同姓同名の可能性はあるのですから。

また、作家の事務所の屋号やレーベル名、サイトのドメインについても同様です。

もし、屋号やレーベル名で商標を申請したいなら、商標取得の可能性を調査したうえで、ドメインを取得するほうがよいでしょう。
以前筆者は、個人事業所とコラボレーションユニットの活動を同じ「PROJECT KySS」名義で行っており、両者の混同を避けるために、別屋号での商標申請を考えました。「seindesign.net」というドメインに合わせて「ザインデザイン」で申請しようと調査したところ、既に「ザイン」という称呼が出願されていたため、やむなく別名で申請しました。

我々は法治国家の住人であり、法に守られています。しかし、ドメインは取得できても商標は取得できなかったり、国境をまたぐと先願問題があるなど、インターネットで全世界がつながり始めた社会では、法と現実に適合しない部分が出始めています。

ロゴの申請などで商標問題に触れる機会のあるデザイナーなどと異なり、別の本業を持ち、趣味で創作活動をしている作家の場合、商標問題について考える機会はないかもしれません。
しかし、音の響きの好みだけで作家名やレーベル名を決めれば、その時期がいつでもよいというものでもありません。これと思う名前があるなら、早く決めて使い始めることが重要です。
イラストやデザイン、アプリケーション、ビジネスのアイデアであっても同様です。

創作活動を支える、主題登録用アイデアバンクを

では、作家が、見つけた花を早く公開するには、どのような方法が考えられるでしょうか。

(1) 公募

公募情報を探して主題だけを先に応募しておく方法です。すくなくともメールに添付、あるいはアップロードした事実は残ります。生煮えの作品を応募すると評価される可能性は低いため、タイムスタンプ目的であると割り切る必要があります。

(2) 別媒体への収録

複数のメディアを持っている作家が、異なるメディアで先に公開しておく方法です。
たとえば、筆者のアルバムの主題の部分は、書籍や記事のサンプルプログラムの音楽素材として使用しています。

(3) 友人への公開

作品をメールに添付して友人に送り、管理してもらう方法です。ただし、友人がバックアップをとっていない状況でPCが壊れたら、データ修復が不可能になるリスクがあります。

(4) Webサイトやブログでの公開

Webサイトやブログで公開する方法です。検索エンジンに回収されるとタイムスタンプの証明にはなるでしょう。その反面、一度回収されてしまうと削除が容易ではないため、生煮え作品がネット上に出回り、クオリティについて批評されるリスクがあります。

(5) 投稿サイトへの投稿

ボカロ音楽でいえば、ピアプロのようなしくみを利用する方法です。
ただし、ピアプロでは、主題の公開にとどまらず、コラボレーションを目的とする必要があります。
動画をすばやく作れるなら、動画サイトへの投稿も考えられます。

(6) ソーシャルメディアの利用

Facebookなどに投稿しておく方法です。手軽である反面、閲覧の制限設定が難しく、また、リンクとなればリンク先のタイムスタンプ問題を解決する必要があります。

(7) クラウドの利用

SkyDriveなどに保存する方法です。信頼できる人に共有してもらえばよいので、合理的な方法かもしれません。

(8) タイムスタンプ保証ツールの利用

ここ数年タイムスタンプ保証ツールが普及し始めています。(筆者はまだ試していませんので、詳細は分かりませんが)ツール導入後の作品について保証するものであり、過去の作品のタイムスタンプを保証するものではないようです。

このように、いろいろな方法は考えられますが、簡単で安価で確実で、且つ多数のネット住民に支持されている「唯一の」方法は、まだ見受けられないようです。
また、タイムスタンプを証明できることと、視聴者が事実を知って納得することは別の問題です。twitterで誤解が流れたなら、情報を回収することは困難ですから、作品公開の際には、作品履歴もあわせて公開するほうがよいと思われます。

商標やドメインについては困難でも、すくなくとも個人レベルの作品については、デフォルトでは「非公開」で、オプションで公開範囲を設定でき、投稿内容の削除機能はあっても編集機能はなく、外部からの改ざんが困難なセキュリティを持ち、タイムスタンプが保証され、着想段階で気軽に登録できる、アイデアバンクシステムの登場が待たれます。

そういったシステムがあれば、作家はタイムスタンプ問題に悩むことなく創作に専念できることでしょう。
豊かなコンテンツ文化の構築と海外への発信のためには、多数の作家が利用し、視聴者に周知される「ここにネタを上げておけばとりあえず安心」なシステムが必要ではないでしょうか。

※1 第7回「脳活動センシングの進化が作曲を変える」参照

※2 この筆者の楽曲については、1980年代半ばの手書きの詩とそのコピー、手書きの楽譜、1996年にYAMAHA XG仕様で作成した Cubase ltのallファイル、midiファイル、1999年に、midiファイルをレンタルサーバにアップロードし、コンテンツ用のフリー素材としてメーリングリストに投稿した時のメールが残っています。

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