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【書評】『文明は農業で動く』:優雅なる没落

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著者: 吉田太郎
築地書館 / 単行本(ソフトカバー) / 304ページ / 2011-04-09
ISBN/EAN: 9784806714200

食の安全を巡るニュースが、巷を賑わせている。それもそのはず、いかなる文明であれ、その基礎には農業がある。生産性の高い農業なくして、大量の人口は養えないのである。ところでその農業、昨今の実態は「石油で動く工業」であるとまで言われている。化学肥料も農薬も原料は石油、収穫作業のコンバインも、収穫後の機会乾燥も石油で動く。このまま進むと2012年を境に石油生産はピークに達し、その先は近代農業を維持するだけの余地は残されていないという説もあるそうだ。

歴史的に石油遮断を経験した主な国は、三つである。ソ連の崩壊で輸入石油が途絶し、国民の餓死にまで及んだ北朝鮮。ほかならぬ太平洋戦争時の大日本帝国。そしてカリブ海に浮かぶキューバである。この中でキューバだけが、社会的連帯と伝統知識の保全により、危機を乗り切ることができた。これはピークオイル以降の世界では、開発途上国の方が有利になる可能性が高いということを意味している。そこで今、世界の目は辺境と古代の農法に注がれはじめているという。スムーズな没落へのヒントは、過去に眠っているのだ。

◆本書の目次
プロローグ 辺境農業探索へのいざない
Ⅰ バック・トゥ・ザ・フューチャー
Ⅱ 未来への遺産 - マヤ、アステカ、アマゾン、インカ
Ⅲ 曼荼羅というコスモロジー インド・スリランカ
Ⅳ 太古からのイノベーター
エピローグ 行く川の流れは絶えずして

地球最大の肺と言われるアマゾンの熱帯雨林。ここに奇跡の土と言われるテラ・プラタという土がある。先住民によって継承されてきたこの土は、驚くほど豊かで肥沃さを保ち、農業に不向きなはずの熱帯でも豊かな収穫を保証する。その鍵は、植物や有機廃物を低温で不完全燃焼させた炭や木片にある。微生物の数や種類が他の土よりはるかに多く、収量を驚くほど増やすことが出来るそうだ。

このような例は、スリランカにも見られる。スリランカのケクラマ農法と呼ばれる伝統農法は雑草を残すことがポイントである。これにより洪水のダメージに強くなるほか、多様な動物や昆虫からなる生態系のバランスも蘇らすことができるという。興味深いのは、この知識の継承を、仏教の「慈愛」と結び付けることで行ってきたということなのだ。

バリの農村におけるコミュニティ間の調整方法も面白い。バリでは水田や灌漑用水のいたるとこに「水の寺院」と呼ばれる宗教的機能が設置され、僧侶たちが話し合いながら作付時期を調整してきた。これによって水の配分を最適化し、害虫発生も抑えることができたという。これをモデル化し、プログラムでシミュレーションしたところ、自分達の隣とその隣まで関心を払うように条件設定すると、最高収量がもたらされる結果が出たそうである。まさに、アダム・スミスの「神の見えざる手」だ。しかし、この設定をグローバルな視野を持ち行動するように変更すると、カオス状態になって崩壊してしまったそうである。この結果もまた、意味深である。

著者のスタンスは、単純に過去を礼賛しているというわけではない。伝統知識もまた、インベーションや、アントレプレナ精神によって改善が積み重ねられたものである。しかし、近代農業との一番の違いは「生産性」と「安定性」を天秤にかけたときに、安定性や持続性が重視されるというところにあるのだ。

このあたり、農業だけに閉じた話とは、とても思えない。自分の身の回り一つとっても、本当にクラウド一直線で良いのだろうかなど、考えさせられる点が多い。いずれにしても、今年の夏は暑そうだ。

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