【書評】『天才たちの科学史』:偉人の憂鬱
人は誰しも、噂話が好きなものである。その実像と虚像にギャップがあるほど、噂話にはさまざまな尾ひれがつき、伝達も加速する。本書はそんなゴシップ好きにはたまらない噂話も盛りだくさん。しかも対象は、科学界に燦然とそびえ立つ偉人たち。恩知らずなガリレオ、あまりにも余生の長いニュートン、凡庸なダーウィン・・・現代科学の根底をなす発見をなしとげた巨人たちの赤裸々な人間像が、その功績とともに描かれている。
◆本書の目次
第一章:天体運行の謎を解いたケプラーの生涯
第二章:物体運動の秘密を明らかにしたガリレオの素顔
第三章:万有引力の発見者、ニュートンの虚像と実像
第四章:断頭台に消えた、近代科学の創始者ラボアジエ
第五章:巨人ラマルクと凡庸なダーウィン
第六章:遺伝の法則の発見者、メンデルの孤高の生涯
第七章:ナポレオン三世をめぐる科学者たち
天才は天才を知ると言われるが、それゆえに天才同士の接点にはさまざまな感情がうごめく。例えば、ニュートンとフックの光学論争。光は粒子か波かという論争をめぐり、ニュートンはフックから計算ミスを指摘され、実験物理学者としての凡庸さを露呈してしまう。やがて王立協会の会長になったニュートンは、腹いせにフックの痕跡をことごとく消し去ってしまったという。ニュートンは晩年にもライプニッツと微分積分法の先取権争いをめぐって、残忍な行為を行っている。
そして、本書の白眉は第五章の進化論をめぐる偉人同士の交錯にある。多くの科学文献で偉業とされるダーウィンの進化論であるが、彼もまたラマルクという巨人の肩の上に乗って先を見通すことができたに過ぎないという。高校の教科者などではダーウィンの前座扱いに過ぎないラマルクの『動物哲学』という書籍で、進化論の原型はほぼ発表されている。なかでもダーウィンの進化論より優れていると思われるのは、「生体が環境を感覚神経によって感知し、その結果生体の構造がより環境に適したものに変化する」という<生体内の力>に着目したポイントである。ダーウィンの自然淘汰より、ロマンあふれる考え方と言えるだろう。ラマルクの悲劇は、世渡りが下手であったということである。その一方でダーウィンの進化論は、その不完全さゆえに論争のタネとなり、世間一般に知られ渡ることとなった。運命とは皮肉なものである。
一番最初になされた発見や、一番優れた発見が必ずしも歴史に名を残すとは限らない。現在のベンチャー企業のスタートアップにも見られるような光景は、実に五百年以上も前から連なっていることなのである。偉人たちの業績を理解するとともに、人間味あふれる一面を垣間見ることのできる一冊。
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