「売れる」演奏とは? カラヤンとリヒテル相容れない巨匠と名録音の知られざる裏側
ベートーヴェン作曲の三重協奏曲。
オーケストラをバックにピアノ、ヴァイオリン、チェロのトリオが協奏曲のソロとして演奏する曲です。
この曲、ピアノがリヒテル、ヴァイオリンがオイストラフ、チェロがロストロポーヴィチ、そしてカラヤン指揮でベルリン・フィルという、これ以上考えられない夢のような豪華な顔ぶれの録音があります。
4人が互角にぶつかりあい、火花を散らすようなすさまじい緊迫感で、楽しさのある曲にもかかわらず、そのただならぬ圧力を感じ、聴いていてじっとりと汗をかいてしまうほど。
これだけの大芸術家が4人も集まったその場は、さぞかしすごい磁場が発生していたことでしょう。
そのレコーディングについて、リヒテルがドキュメンタリーフィルム「リヒテル<謎>」の中で知られざる裏について語っています。
・・・・・(以下引用)・・・・・
三重協奏曲のレコーディングが悪夢だった。カラヤンとロストロポーヴィチ、オイストラフと私。2対2の戦争だった。カラヤンは私の不満顔に首を傾げた。私はうわべだけの演奏が嫌だった。オイストラフも失望してしょげかえっている。一方、ロストロポーヴィチはただ目立とうとする。私とオイストラフが不満だったのは第2楽章のテンポの遅さだ。だが、ロストロポーヴィチはすぐカラヤンに追随した。
カラヤンが"これでよし"と終わろうとするから、私がやり直しを頼むと"一番大事な仕事がある!"
・・・・写真撮影さ。我々はバカみたいにヘラヘラ笑ってる。おぞましい写真だ。見るに耐えない。
・・・・・(以上引用)・・・・・
それにしても、一触即発の緊張感の中でのぶつかり合いだったということが想像できます。
ロストロポーヴィチのチェロは、録音を聴く限り、気迫十分、間違いなく全盛期の演奏そのもの。実際は、ロストロポーヴィチもカラヤンと対立し、席を立って出て行ったという穏やかではない一場面もあったようです。
問題の2楽章、レガート奏法を多用し、艶やかで美しい音楽を追求するカラヤンからすると、やはりテンポは上げられなかったのかな、と思います。
カラヤンは、どうすれば「売れるか」ということをよく分かっていた人だと思います。
超有名演奏家を一同に集め、カラヤン美学で音楽を作り上げれば必ずヒットする。
そこが、生涯をただ純粋に音楽だけに捧げた孤高の芸術家リヒテルとは相容れなかったところだったのでしょう。
しかし、カラヤンのおかげで、本物のクラッシック音楽がある特定のファンのものだけではなく、一般の人々にまで受け入れられるようになったのです。そういう意味ではカラヤンの功績は大きいと思います。
裏で何があろうとも、一筋縄ではいかない巨匠たちに、ここまですごい演奏をさせたカラヤンの手腕も見事。
この名演奏から感じられる異常なまでの緊張感を生み出したのは、またしてもカラヤンの仕掛け?とふと思ってしまうのです。
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