ライフワークとしての音楽を考えていきます

「なぜ質問してはいけないの?」 英語は何歳から始めてもOK これからのグローバル育成にはネイティブではなくコミュニケーション能力が必要とされる

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李相日監督の映画「フラガール」の中で、フラダンス教師役の松雪泰子が、生徒に対して教える条件の一つとして「質問をしないこと」と言っていました。
 
これは、私もピアノのお稽古を始めるとき先生から同じことを言われたので、よく覚えています。
 
お稽古の場合、特に日本に顕著なのですが、徒弟制度の体質があって、師匠は絶対的存在であり、師匠の言うことはなんでも「はい、はい」とついていく。そこには、もし「カラスが白い」といわれても「なぜですか?」と聞いてはいけない、というような空気があります。
まず四の五の言わずにインプットされ、基本を身につけたあと、自分でその殻を破る作業が大変で、ここから先に行けるかどうかというところが大きな分かれ道となってきます。
「守破離」の「破」ですね。
 
「質問するな」を全て否定するわけではなく、もちろん良い面もあります。
しかし、幼いころから言われるままに純粋培養のように音楽をやってくると、自分で考える力がついてこないため、この「破」のところで、肝心なところで挫折してしまうことが多いような気がしています。
 
9月22日の朝カフェ次世代研究会 #asacafestudy でも「待って」と会話を止めることができない、ということが最後のディスカッションで話題になっていました。
 
「分からない」「どうして?」と思ったときに相手の話を止めてはいけない、というのはお稽古だけではなくて、学校教育の中でもあるようですね。
 
これからの国際社会は1500語彙でOKの「グロビッシュ」の時代。「何歳から英語を始めてもいいのですよ」と英会話学校・まなび株式会社社長の大塚さんはおっしゃいます。
英語も子供の頃からネイテイブな発音を身につけるということよりも、日本語でいいからコミュニケーションの能力をつけることをもっとしたほうがいいのではないか、という話しになりました。
音楽教育の現場でも同じような経験をしていたところでしたので共感を覚えました。
 
つまり、「Wait」と止めることが主な目的ではなく、「Wait」はコミュニケーション能力の一つなのです。
「コミュニケーション力」=「相手の気持ちを分かる力」なのだと思います。
 
「だまってなさい」から「なぜ?なぜ?」の個性を伸ばす時代。
 
あのトーマス・エジソンは、学校でことあるごとに「なぜ?」を連発する「なぜなぜ坊や」だったようです。
それを受け入れた教育者でもあるお母さんも素晴らしいですね。
 
そういうスケールの大きな子の芽をつぶさないような
社会になっていくといいなあと思います。
 
「ただ頑張れば報われるという時代ではなくなってきた。これからは個性を思い切り発揮できる時代になる。リスクをとっていかなければならないし、難しい面もあるけれど、やる気のある人には面白くなってくる。"今までとは違うルールで動く時代"になるだろう」
 
朝カフェのディスカッションでは、最後このように締めくくられました。
面白い時代になりそうな予感がしています。

Comment(2)

コメント

日本では後先考えず「何故」と聞いてしまと大火傷をしてしまいます。私は 12 歳のときに アメリカ から日本に帰ってきて、本当によくバカにされました。『こいつ、本当にモノを知らないんだよ。苫小牧という漢字読めないし、大阪がどこにあるのか分からない。本当にバカでさ。。。』な~んて今でも友人によく言われます (笑)。こうしていつの間にか聞くのが恐くなり、やめてしまいます。先生より友人の方が私の場合、遥かに影響力があったような気がします。

でも明らかに時代が変わってきています。永井さんがおっしゃるとおり今後はこういった考え方を持っていると伸びません。日本では相手を選んで聞いていますが、国外(英語)では知的好奇心全開で質問しています(笑)。

大塚雅文さま
苫小牧、私も読めませんでした・・・。他にもある漢字を堂々と間違えてずっと読んでいて、初めて身内に注意されたときは赤面ものでした。「音大生は漢字も書けないし読めないから・・・」と言われたときは情けなかったです。講義や講演などで素晴らしい質問があり「この人は質問力がある」とよく言われているのを聞くと、これまた自分の質問力のなさに怖気づいてしまいます。質問するのもはばかられますし、かといって間違いを教えてくれる人も少ない。もっとフランクに出来たらいいなあと思います。
おっしゃるとおり、まさに大火傷、と言う言葉がピッタリですが、質問して唖然とされることや怒られることがあまりに多くて、だんだんコミュニケーションが消極的になってしまって残念です。これからは自分だけでも、質問する人を歓迎していけるような指導者でありたいと思っています。

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