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鳥のように高いところからの俯瞰はできませんが、ITのことをちょっと違った視線から

定価とか納品しないシステム開発という話

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 サイボウズのkintoneの話を聞いたり、Salesforceの上で開発案件に携わったりしている中で、定価でのシステム開発であるとか納品しないシステム開発というのが、これからのSIの考え方には必要だなと思っている。

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 この話は、ブロガーの斎藤さんの著書『システムインテグレーション崩壊』にもまさに記述されている話題だ。SIのビジネスは、ずっと単価が下がり続けている。このあと景気が多少上向いても、単価がそれに合わせて上がることはほとんどないだろう。つまりは、SIのビジネスは、ビジネスモデルそのものを変えなければ先行き暗いものになってしまったのだ。

 その要因としては、3つあると斎藤さん本には書かれている。1つ目が「構造的不幸」というやつ。工数を積み上げていくことで金額が決まるので、ベンダーはなんとか積み上げようとする。とくに瑕疵担保という成果保証を求められることもありなるべくたくさん積んでおきたいという事情もある。ユーザーはもちろん工数を減らして安くあげたい。ここにすでに矛盾というか、双方で方向が逆になる状況が生まれているわけだ。

 もう1つが「開発リスクは増大しているのに、案件規模は縮小する」という問題だ。パッケージの利用などでなるべくカスタマイズしないで既存のアプリケーションを利用する考え方も定着してきたし、各種開発ツールや環境などを使って短期間で開発する手法も普及してきた。クラウドの存在もある意味短納期で案件規模の縮小を加速している。一方でセキュリティリスクなどもあり、本来はじっくりと時間をかけていいものを作りたいがそうする余裕がない。

 この案件規模の縮小という課題は、IT業界のエンジニア育成にもマイナスだったりする。短納期なので即戦力が求められ、若手エンジニアを育てるようなプロジェクトがほとんどなくなったのだ。お金をもらっている案件で人を育てるとはけしからんという話になるかもしれないが、実際にかつてはそうやって育っていったエンジニアもいるわけで、SIerにとってはその構造が崩れてしまったのも確かだ。結果的にできる人に仕事が集中し、ブラック化の要因にもなりかねない。

 3つ目の課題が「既存の収益モデルを脅かす新しい技術や市場の登場」だと斎藤さんは指摘している。まさにクラウドがその1つであり、Webベースの技術を使ったマッシュアップによる開発やOSSの台頭などもそうだ。これら新しいテクノロジーは従来のソースコードを1から書いていくような開発スキルが通用しないことも多い。ソースコードが書けなくていいという話ではないが、新しい世界をいち早くキャッチアップするのは、ウォータフォール型で与えられた仕様書に基づいたプログラムを書くという仕事しかしていなかったエンジニアにはかなり厳しいものがある。

 このあたりの話は、斎藤さんの本では導入の話題に過ぎない。こういった課題に対してどういったことを考え、どういった変化をしていけばいいのかを示唆する記述が中盤から後半にかけて多数出てくる。4章の「クラウドを活用する」、5章の「オープンソースソフトウェアを活用する」、7章の「新たな存在意義と役割へシフトする」といった辺りをじっくりと読むことをおすすめする。

 ところで、自分でもここ最近、とくにPaaS関連の取材をしていて従来型のSIは早く変化しないと立ちゆかなくなるなぁとひしひし感じている。短納期というのは、たとえ多少景気が回復して単価が上がっても、SIのビジネスをかなり難しいものにしているのだ。そして、クラウドを使うと短納期はさらに加速する。

 これをさらにややこしくするのが、クラウドになってから顧客側も自分たちの要求仕様をなかなか明確にできなくなってきているというのがある。クラウドの場合、それなりに動くものがすぐ目の前にある。それを使いながらあーでもないこーでもないと話をして、だんだんと使えるものに育てていくような開発になる。まず仕様を出して納期を決めて作りましょうというやり方には合わないのだ。

 そこで出てくるのが、テンプレートなどを使って決められた期間で定価でシステムを作ってしまうという考え方だ。ユーザー側は要求を出すというよりは、テンプレートなりを選んでその限られた範囲の中で自分たちが使えるものにカスタマイズする感じだ。で、その後は使いながら改良を続ける流れになる。つまり明確に納品しないで、月額固定金額とかで継続的に開発を続けていくのだ。

 このPaaSを使った定価で納品しない開発は、じつはユーザー側にも開発側にもリスクが少ない方法だったりする。ユーザー側としては、多額の費用と長期間を投入したが思ったものができなかったということにもならない。開発側も、それほど高い金額はとれないかもしれないが、継続的に開発が続くのでリソース確保の計画も立てやすい。そもそも、ユーザーと開発サイドが対立するのではなく、お互いに協力してより良いものに育てていきましょうという流れを作ることができるのが嬉しいところだ。

 SIerが簡単にいまのビジネスのやり方を変えることはできないかもしれない。しかし、変化するのが遅くなればなるほど、すでに起こっている新しい波に乗り遅れることになる。次は大きな波が来るかもしれない、いやこの次こそ大きな波に違いないと待ち続けるのか。いや小さな波でもうまく捉えて乗っていこうと考え方を変えるのか。SIerは、斎藤さんの本を読んで改めて考えてみることをおすすめする。

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