鳥のように高いところからの俯瞰はできませんが、ITのことをちょっと違った視線から

コグニティブ・コンピューティングが切り開く未来

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 IT業界に入った25年ほど前、流行っていたのがAI、人工知能というやつだった。

 当時はこのAIの世界に、企業や官公庁もそれなりに大きな投資をしていた。その1つの投資分野が、原子力発電所関連。何らかの事故なりが発生した際に、人が対処できないときにコンピュータというか人工知能というかで対処できないかという研究だった。福島での原発事故後の対処を見ても分かるように、投資はされたものの研究成果は芳しいものではなかったようだ。

 当時の課題としては、コンピュータが非力だったことが挙げられる。当時のAIシステムで現実的だったのがエキスパートシステムというやつ。専門家の知識を蓄積することで、専門家でなくてもその知見を活用して適切な判断や対処ができるというもの。まず、専門家の知識をデータ化するのが大変だった。専門家はデジタルでものを考えているわけではないので、それをデジタル化したデータに変換しなければならない。さらに、仮に大量の専門家知識をデータ化できても、それを処理するコンピュータの能力が足りない。

 結果的には少ない知識と単純なルールに基づいた、ルールベースのエキスパートシステムというのが実験的にできあがった程度。当時のシステム規模だと、それを構築したエンジニアならばコンピュータに頼らずとも結果が予測できるほどの知識量だった。

 時代は変わり、IBMのWatsonのようにクイズ番組で優勝するくらいのシステムができあがっている。これは、まさにクイズの専門家の知識を詰め込んだ、現代版のエキスパートシステム。単純なルールに基づいて答えを導くのではなく、文章の意味を理解しながら答えを見つける。それも莫大な量の知識に対して、瞬時に答えを導き出せる性能も今なら手に入れられる。

 このような世界は、人間の左脳が司る思考や論理の部分をコンピュータ化したもの。感性や感覚を司る右脳をコンピュータ化するのが「ニューラルコンピューティング」というやつだ。左脳のコンピュータ化は、現状のノイマン型のコンピュータでも模すことができる。しかし、この右脳の世界は難しい。まさに人間の脳の中の仕組みであるニューロンのところを、機械で再現することが必要だ。このニューラルコンピューティングも、1990年頃に流行っていた。当時ニューラルコンピューティングがあっと言う間に廃れてしまったのは、画像認識などそれで「できること」が普通のコンピュータ程度のことだったからだ。

 IBMでは、この右脳の再現にもチャレンジしている。先日、IBMの東京基礎研究所でそのデモンストレーションなども紹介してもらったが、25年前に比べると大きな進化があるようだ。とはいえ、まだまだ人間の脳には及ばないので、この右脳の部分に関しては人間を越えるにはもう少し時間がかかりそうだ。IBMがこの右脳を再現するニューラルコンピューティングに今注目している1つのポイントが、消費電力の大幅な削減に貢献できるのではということ。人間の脳は、10Hz程度で動いているそうだ。低消費電力のCPUと比べても、その差は桁違いということに。人間の脳ほど低クロックで動かずとも、それに近づくことができればかなりの低消費電力化が期待できるのだ。

 完全に右脳を再現するというよりは、右脳的なニューラルコンピュータを既存のノイマン型コンピュータのアクセラレータのように使うというのが当座の使い方となりそうだ。現状、ITが世の中の10%ほどの電力を消費しているらしい。右脳アクセラレータで、それを1%でも削減できれば、エネルギー問題にも大きな影響をもたらしそうだ。

 さて、この左脳、右脳を再現しようとするコンピューティングの世界を、IBMでは「コグニティブ・コンピューティング」と呼んでいる。コグニティブとは認知ということ。日本人にはあまり馴染みのあるカタカナ語にはなっていないかもしれない。IBMでは、これを基礎研での「将来に向けた研究」としているだけではない。社会で活用できそうな結果が得られているところについては、順次現状のITの付加価値としてビジネス化している。それがWatsonのクラウドサービス化であったり、自然言語処理の技術を活用したテキストマイニングなどであったりするわけだ。ビッグデータ活用の部分でも、やがてはこのコグニティブが活躍するようになるのだろう。

 研究というと高い目標に向かって地道に努力するイメージもある。ピュアに研究し、利益とかは考えずに進める。それは必要だろうけれど、昨今のIBMのように途中で生まれる成果もうまくビジネスに活用する。そのビジネスの成果も含め掲げた高い目標に近づいていくのは、じつは現実的な基礎研究のあり方なのかもしれないと思うところだ。

 

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