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トヨタ新社長のインタビューで触れられていたビークルOSの機能

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4月23日の週に複数のメディアからトヨタの新社長のインタビュー記事や映像が公開されました。多くの記事、映像はバッテリーEV(ハイブリッド電動車ではなくバッテリーのみで動作する電気自動車)で遅れをとっているのではないかという点に言及していました。

そうした中でインプレスCar watchの記事は、ソフトウェアに関して言及していました。具体的にはビークルOS(Vehicle OS: 自動車用OS)であるAreneに関する質問と回答です。記事はこちら。他の映像や記事と同時期のインタビューかどうかは明記されていませんでしたが、おそらく同時期にインタビューしたのではないかと思います。

インタビュー記事なので会話が掲載されていたので、本ブログエントリでは少しこれの順序を変えて読み解きます。インタビュー記事では触れられていませんが、まず一般的なOSの役目を整理した上で、インタビュー記事の内容をもとにAreneの機能を挙げます。

一般的なOSの役目の一つはアプリケーションソフトウェアが必要なリソースを抽象化したり詳細を隠蔽したりすることで、アプリケーションソフトウェアがリソースを扱いやすくすることです。抽象化や隠蔽によりアプリケーションソフトウェアを開発する開発者は詳細を理解しなくてもリソースを使えるようになります。結果として、OSを使えばリソースを提供する様々なハードウェアに個別対応するよりも考慮すべきことが減り、品質や開発効率向上につながります。また、詳細を理解していない開発者であっても開発をはじめられるようになり、開発のハードルが下がります。

PC用のOSを例に挙げると、外部記憶装置としてリソースを抽象化し、SSD, HDD, USBメモリ、SDカード等をストレージやファイルとして扱えるようにしています。これらのハードウェアの詳細を知らなくてもファイルの読み書きができるようになると開発効率や品質が高まることがわかると思います。SSDやHDD用のコードや注意点、USBメモリ用のコードや注意点といった具合に個別に考慮した設計としたりプログラムを書いたりしなくて済むからです。

この前提でインタビュー記事にあるAreneの機能を挙げています。インタビュー記事ではビークルOSの機能の1点目として、アプリケーションを実行するプロセスの独立をゾーンコントロールという仕組みで実現しようとしていることがわかります。パワートレイン制御やADAS(Advanced Driver-Assistance Systems: 高度運転支援)といった車載アプリケーションソフトウェアの中でも特にクリティカルなアプリケーションソフトウェアが他のアプリケーションソフトウェアが意図しない動作をしたとしても影響を受けないようにする仕組みが必要と書かれています。

2点目はリアルタイム性を考慮した計算(CPU)リソース割り当てです。リアルタイム要求が厳しいアプリケーションソフトウェアとそれほどリアルタイム要求が厳しくないアプリケーションを共存させ、それぞれに適した計算リソースを割り当てることで、リソースの効率化を実現しつつ個々のリアルタイム要求を満たすための仕組みです。記事では、リアルタイム要求が厳しいアプリケーションソフトウェアの例としてパワートレイン制御やADASが、厳しくないアプリケーションソフトウェアの例としてパワーウィンドウの制御が挙げられています。

3点目はネットワークを通じたソフトウェアの更新(OTA)です。この記事ではソフトウェアごとに独立した更新ができる機能を指し、あるソフトウェアを更新しても他のソフトウェアに影響(副作用)を与えずに更新できるようにすることを指しています。

これらの機能を提供することで、OSが扱う他のプロセス、OSが提供するリソース、OTAに対して詳細な知識がない開発者であっても(もちろん詳細な知識がある開発でも)アプリケーションソフトウェアを開発しやすくなります。

ここまでがインタビュー記事から整理したAreneの機能(の一部)とまとめです。上述の3点は車載ソフトウェアを開発する上で、いずれも重要な機能です。インタビュー記事にはありませんが、この他にもビークルOSが抽象化、隠蔽するとメリットが大きいリソースはあります。たとえばデバイス(センサー、アクチュエータ、ユーザインタフェース)の故障を検出する自己診断や正常に動作しているかを監視する機能です。

ビークルOSの開発が活発になって、自動車用のOSが何をすべきでアプリケーションソフトウェアは何をすべきか本質的な検討ができていっているのではないかと感じます。また、これまで車載ソフトウェアの開発に携わっていなかった開発者への間口が広げます。

紹介したインタビュー記事でもっとも印象深かったのは、IT企業の経営者ではない大手企業の経営者がITに関して説明しているという点です。IT業界にとってうれしいことだと感じます。自動車会社の社長へのインタビューの機会があれば、マスメディアや自動車領域の専門メディアは自動車産業で話題に挙がっているトピック(今回の場合バッテリーEV)を聞くと思います。

しかし、紹介した記事はインプレスのCar watchという自動車領域の専門メディアでありながら、ソフトウェアに関する内容を含んでいました。こうした専門メディアやマスメディアが増えることは、ITリテラシーが高まっていくことにつながります。今後、もっと多くのインタビュー記事や映像にソフトウェアに関する質問があれば、取材を受ける側もそれの準備をすることでITリテラシーが高まると思います。

プログラミングの教育をはじめ、専門知識を持った人材を増やすというのも有力なITリテラシー向上につながりますが、こうした記事が増えることもITリテラシ向上につながるのでCar watchのインタビュー記事が与えたインパクトの大きさをうれしいことであると感謝しつつ、さらにこうした記事や映像が増えていってほしいなと思います。また、本ブログエントリのように一般的なIT(OS)の話と突き合せて考えられるような記事や映像が増えることでもITリテラシ-を高めることができるはずです。

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