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「最近の音楽がつまらない」のはなぜか

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以前、栗原さんのエントリのコメントで「昔に比べて欲しいと思える音楽がほとんどない」という話が出ました。実際、こういう話が出てくるのは珍しくないように感じます。私自身、新しい曲を聴くことはあまりなく、たいていは“若い時”にのめり込んでいた80年代の洋楽ばかりを聴いています。また、日本レコード協会の「オーディオレコード総生産金額」(過去10年間)を見ると、世間の景気は上向いているというのに、この9年間は明らかに減少傾向をたどっています。もう音楽に未来はないのでしょうか。

いつものことですが^_^;、そうではない(推測)というのが今回のエントリの趣旨です。まず、上記の表には(レコードの生産ではないので)音楽配信の金額が含まれていません。音楽配信市場は、2005年は約343億円2006年は約535億円の実績があります。これをレコード生産額に加算すれば、だいたい4000億円で推移していることになります。もうひとつ興味深い指標が新譜の数です。過去の推移をみるとバブル時代には追い付かないものの、2006年は最近8年で最も多くの新譜が出ています。これを見る限り、景気の上向きとともに音楽市場への投資意欲は増えているようで、少なくとも音楽産業が衰退しているわけではないようです。

私の以前のエントリへのトラックバックで「産業としての音楽」に対して否定的な見解を見かけました。実際、売れ筋の曲は、番組の主題歌だったり、コンビニで流れていたりして、繰り返し聴く(あるいは聴かされる)ものがほとんどです。そして、このような繰り返しは産業音楽の基本でもあります。私は、最近はテレビも見ませんし、まったくとは言いませんが新たな曲への情熱はあまりなく、ごく個人的に「昔の曲はよかった」という気持ちはあります。

しかし、振り返ってみると、自分の親がテレビで好んで見ていた(聴いていた)曲は、演歌のような「当時の懐メロ」でした。親の世代はカタチは違うかもしれませんが、やはり若い頃に多く聴いていたものを好んでいるだけのような気がします。少なくとも、私の親が、私の好む音楽を気に入るとは想像できません。もちろん、どんな音楽に触れあうかは人それぞれで、親の影響でクラシックばかり聴いていたとか、友達の影響でジャズにのめり込んだといったことはあるでしょう。そうすると、今、流行っている音楽(あるいはジャンルの違う音楽)に馴染めないのは、親が私の好む音楽に馴染めないのと何も違いはないという気がします。そう思うと、永井さんのエントリではないですが「最近の若いもん」が聴く音楽を、私(たち)が理解できなくても、何の不思議もありません。

ある種の音楽を繰り返し聴かせ、大衆の嗜好を向けることでビジネスを成り立たせるのが産業音楽であるなら、これは音楽という「文化」に対する冒とくであるという見方はあるかもしれません。しかし、露出が高いものが何もかも受け入れられていたわけではありません。多くの人に親しまれる曲というのは、そうした力を持っているものだと思うからです。逆に、自分が気に入らない(馴染めない)からといって、楽曲の質を否定してしまうことは、自分の好みを親の世代が受け入れないのと同じようにナンセンスなことではないでしょうか。「最近の音楽がつまらない」という個人の感想は、万人が持つ感想ではないということを心にとめておくとよいでしょう。

最近では、M2とかF2(いわゆるミドルエイジ)といった購買層向けの宣伝材料に昔のヒット曲を使うケースが増えているそうで、うっかり「やっぱり昔の曲には名曲が多い」と感慨にふけったりします。しかし、あと10年、20年もすれば、成長した今の若者に向けて、今のヒット曲が「昔の名曲」として使われていくような気がします。

Comment(2)

コメント

毒吐者

1つの推論としては、1曲または1枚の「商品サイクル」が短いということがあると思います。演歌は比較的息が長いセールス(ネットマーケティング的にはロングテール)のままですが、若年層向けのポップスは特に短くなっており、数ヶ月単位で陳腐化しているのではないでしょうか。

作品の質については個人的な価値観ではありますが、質の低下によって矢継ぎ早に新曲を投入しないと利益を確保できない、矢継ぎ早に新曲を投入するために質が低下するという負のスパイラルの一面はあるように思います。しかも、曲だけでなくアーティストについても、「旬のうち」に大量露出・大規模投資をすることでその寿命を縮めているのではないでしょうか。
若年層以外では音楽情報に時間を取れないので知らないままに見逃す曲も多いでしょうし、ある曲に興味を持つころには人気は下り坂、これでは世代間で共有できる名曲が生まれるのは困難です。

矢継ぎ早に送り出される多くの曲の中で、生き残れずに埋もれてしまった名曲も少なくありません。大いに評価されるべき実力を持ちながら消えたアーティストもいます。もっともこれは今も昔も変わらない部分ではありますが、それが短縮された陳腐化サイクルゆえの消失ではあまりにももったいないことです。

音楽を愛する者として、短期的な消費物とすることは非常に寂しいものですね。

ただ、ここ最近のMP3オーディオ等の人気により、レコード会社の勝手な都合で廃盤となってしまった曲が、(ときには非合法ながらも)データファイルで聴けるようになってきました。レコード会社は、もう己の短期的な利益だけに拘泥するのではなく、音楽文化全体の隆盛によってアーティスト・リスナーと手を取り、win-winの関係から利益を最大化することを考えるべきでしょう。

mohno

毒吐者さん、コメントありがとうございます。
「商品サイクル」が短くなっているということは確かにあるでしょうね。しかし、インターネットで即座に情報が伝搬する昨今ですから、是非はともかくとして音楽に限った話ではないと思います。「旬」という表現が正しいとすれば、アーティストの“アイドル化”が起きているのかもしれません。とはいえ、音楽配信のダウンロード記録を樹立した宇多田ヒカルさんのように、長く活躍されそうな方もいらっしゃいます。
また、ご指摘の通り現在のレコード会社が短期的な利益だけを考えてアーティストを使い捨てているのであれば、長期的な成功に賭けてくれる新たなレコード会社が登場して、良質のアーティストが集まることにも期待したいところです。

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