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DRM 廃止を売り上げ増につなげられるか

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海外速報部ログで紹介されたビルゲイツのコメントを挙げるまでもなく、DRM は決してユーザーに喜んで受け入れられるものではありません。私は Steve Jobs の "Thoughts on Music" を真に受けてはいませんが(レコード業界が認めたとおり FairPlay をライセンスするのでなければ)、DRM によってプレーヤーの選択肢が限られ、ユーザーの利便性が損なわれているのは確かです。私自身、以前のエントリで DRM の廃止は二次使用や再配信に歯止めがなくなりかねないと書きましたが、廃止できることに越したことはありません。一方、EMI が検討していたという DRM 廃止が暗礁に乗り上げたという話は、DRM 廃止による売り上げ減少のリスクを誰が負うかという難しさを示していると思います。また、日本では「au着うたフル、1億曲突破」(産経新聞、出典のニュースリリース)にあるとおり、携帯専用の音楽配信サービスが急速に広まっており、メディア企業は DRM が市場拡大の障害になっているとは考えないでしょう。

このとおり、DRM 廃止の道は厳しく、「“あるべき論”ではビジネスを動かせない」に書いたとおり、ユーザーの利便性を向上させるべきだからという理由だけでは廃止できないでしょう。この変化を起こすためには、DRM の廃止によってメディア企業の売上げがあがるというシナリオを考えなければなりません。これが今回のテーマです。

ここで、(やや無理があるのを承知で)前職の Borland を事例として紹介します(分社化されて CodeGear となりますが、ここでは当時の名称のまま Borland とします)。Borland は、1983年に Turbo Pascal という開発ツールを最初の製品としてリリースしました。もともと Pascal が軽量なプログラミング言語だったということもありますが、当時の開発ツールが数百~数千ドルという値付けがされていたのに対して非常に安価であったことから個人プログラマの人気を獲得しました。

そして、このときの価格設定は興味深いものです。つまり、コピープロテクトをかけた製品を $49.95 で売り、コピープロテクトのない製品を $69.95 で販売したのです。開発ツール分野では少なかったと思いますが、当時のソフトウェアには物理的にコピーができないような仕組みを取り入れているものは多かったのです。容易に推測できるとおり、プロテクト付の製品はほとんど売れず、プロテクトなしの製品ばかりが売れました。もちろん、不正コピーもあったでしょうが、値段が安価だったことや、製品そのものがすぐれていたことから、プロモーションの成果もあり、Turbo Pascal は順調に売れました。そして、これ以降、Borland はソフトウェアにプロテクトをつけずに販売することに決めました。

海外情報部ログで紹介された EMI の DRM 廃止が暗礁に乗り上げているというで、配信サービス業者との話し合いで「値上げしないと利益を出せない金額」という点がネックになっているようですが、あえて DRM 付の据え置き価格バージョンと、DRM なしの値上げバージョンを考えてみるのは面白いと思います。利用者からすると「値上げなんて、とんでもない」と思われるかもしれませんが、今でもオンラインで販売される楽曲は CD として購入するよりも安めに設定されています。たとえば、現状の DRM付バージョンはそのままにして、CD と同額程度で DRM なしのバージョンも販売してもらうようにするのです。見返りに、なんらかのオマケを用意してもらってもよいかもしれません。そして、そのような価格設定をしたら、DRMなしのバージョンが多く売れると予想できます(DRM付を従来通りの価格で売るのは「便乗値上げ」といった批判を免れるためです)。

当たり前ですが、これはメディア企業側にとっても喜ばしいはずです。なにしろ CD よりもオンラインでの楽曲販売を優先することは、パッケージングコストをおさえられ、利益を高めやすいからです。以前取り上げたとおり、インターネットユーザーの中でファイル交換を利用している人は、大きな比率ではありません(日本レコード協会の調査によれば、全インターネットユーザー中の 3.5%)。つまり、ほとんどの利用者は、正規に楽曲を購入している人だちだと推測できますから、DRM をはずしても”それほど大きな影響はない”はずです。

また、上記 Borland の例は、ソフトウェア業界にプロテクトフリーを訴えて実現したというものではありません。つまり、すべてのレコード会社が協調して DRM を外す必要は本来ありません。しかし、どこかが率先して DRM を外すことで、他社が追従する可能性もあります。そうすると、音楽配信サービス業者の囲い込み戦略が通用しなくなり、自由な競争が生じます。それぞれのサービス業者はレコード会社に対してマージン(割合)の引き下げ、あるいは販売価格の引き下げによる売り上げ増の競争が起きるはずです。再販制度を適用させなければ、結果としてユーザーが手にする音楽の価格はそれほど上がらないか、下がる可能性も生まれてきます。そうなれば、音楽配信市場の拡大につなげられるでしょう。

もちろん、DRM なしでの音楽配信が実現することになれば、ユーザー側も、これに応えるモラルを持つべきです。そうすることで、不正ユーザー以外を除く、すべてのユーザー、権利者、メディア企業がよりよい成果を手にすることができるはずです。

※2007.3.4追記。コメントで指摘されたとおり、メジャーな楽曲での非DRM配信(割増価格)は実績があったようです。その結果が思わしくなかったのだとしたら、このエントリに書いた提案は、あまり実効がないということになりそうです。

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