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“あるべき論”ではビジネスを動かせない

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前回述べたとおり、こと音楽や映像に関しては、著作権の保護はメディア企業のビジネス基盤になっています。そこに「楽曲交換は自由であるべき」「動画コンテンツの自由な流通を」と“あるべき論”を持ち出しても、それだけで企業に受け入れられるはずがありません(たとえアーティスト個人が認めたとしても)。企業を相手に話をするなら、こうした活動の方が利益が上がることを示すべきです。

たとえば、google が(他の検索エンジンと同じように)中国での検閲を受け入れているのも中国での検索ビジネスを損うべきではないという判断からでしょう(←当然ですが批判ではありません、むしろ、この“現実性”が google の手ごわいところです^_^;)。また、Apple CEO の Steve Jobs が「レコード会社のため」という大義でライセンスしないという FairPlay についても、レコード会社が許諾を出している今、自社ビジネスを縮小させかねないライセンス制を導入しようとするでしょうか。まあ、発言の“正当性”を守り、会社としての信頼を維持するためにはやるかもしれませんが、可能性は低いと思います。

より具体的な例を挙げてみます。音楽配信において、こんなエントリがありました。曰く、

iPhoneが日本市場になかなか出てこないのは・・・コンテンツが出てこないから

だそうです。たしかに Steve Jobs によって躍進する Apple も、日本での業績は芳しくありません。最新の決算レポートによれば、(Retail=直販)を除く日本の売上げは世界の5%に過ぎません。日本は直販の比率が高いかもしれませんが、成長率でも唯一マイナスの国です。しかし、これをもって企業が音楽配信に対してコンテンツを出し渋っていると見るのは短絡的です。まるで XBOX360 の日米の売上げ比率を見て、日本のゲーム機市場は小さいというようなものです(←問題発言かも^_^;) 実際、日本レコード協会が出している有料音楽配信売上実績(2006年)によれば、昨年3四半期のいずれもインターネットダウンロードよりもモバイルの方が10倍くらいの市場規模を持っています。Apple の第4四半期(7月~9月)における音楽関連製品&サービスは世界全体で4.91億ドル(約590億円)ですが、同時期の日本における音楽配信市場は136億円ですから、悪くないどころか、かなり進んでいるといえます。これはもちろん、着メロ/着うた/着うたフルといった携帯音楽という日本独特の市場があるからです。iTMS は、米国では先行者利益を享受できたのに対して、すでに携帯ベースの音楽配信市場を持っていた日本ではこれを享受できていないと見るべきでしょう。

動画配信についても、YouTube での配信を考えないメディアを批判する向きもありますが、これも的外れだといえます。たしかにYouTube が“英語サイトにしては珍しく”日本から200万人ものアクセスを集めたということは事実でしょう。しかし、日本には主流になっている動画配信サービスがあります。GYAO です(さすがに MSN video とは言いません。←問題発言かも^_^;)。GYAO は、すでに1300万人もの会員を集めたそうで、単純に比較できないとしても日本のブロードバンド利用者が2000万人という状況を考えると驚異的な数字です。基本的に視聴は無料ですし、YouTube より画質もよく、コンテンツ供給側にとっても CM スキップできない仕組みや、視聴者の属性が考慮できるようになっています。日本のメディア企業は、動画配信がビジネスになるなら、マイナーで未熟な YouTube よりも GYAO を優先して考えるでしょう。※コンテンツ配信権は別として。

もうひとつ、P2P による楽曲交換を考えみます。「もはや P2P による楽曲交換は一般化しており、これを取り締まるよりも、配信を自由化して、広くライセンス料を徴収する方が理にかなっている」という意見があります。ネット上で配信を自由化することは国内だけにとどまらなくなるという大きな問題があるので、そもそも現実的ではないのですが、これは脇においておきます。実際、どの程度の人がファイル交換を使っているのでしょうか。権利者団体が「ファイル交換による甚大な被害」などと喧伝するので相当広まっている印象があるかもしれませんが、日本レコード協会の調査結果によれば、現在のファイル交換利用者はインターネットユーザーの3.5%に過ぎません。30人学級なら1人という割合です。学校で各クラスにひとりの割合で万引きする人がいるからといって、万引きを合法化しようということにはならないでしょうし、そこにビジネスチャンスを見る人もいないでしょう。しかし、無視すればモラルハザードを招きかねないので、これを取り締まろうとするのは当然のことです。

余談ですが、欧米の企業より日本の企業の方が著作権保護の意識が強い、という意見についても、私は疑っています。一般に、欧米の方が自らの権利は強く主張するという印象があります。それこそ、米国では個人・企業に関わらず、誰もが誰もを訴えると言われています。日米での民事訴訟の件数を検索してみると、人口比で1:20という数字が出てきます。ただし、欧米では「自分の権利も主張するが、相手の権利も尊重する」文化があるとは思います。すでに書いたとおり、相手の権利を踏みにじって自分の権利だけを主張するのはエゴですが、欧米では相手の権利も尊重するというわけです。その上で、ビジネスの維持・拡大を考えるので、利用者の利便性への配慮も進むわけです。これに対して、日本は“なあなあ”が好きで、たいてい穏便にすまされることが多いと思います。著作権利用の自由度が進まないことについて、企業側が矢面に立たされることが多いのですが、利用者側に相手(企業)の権利を尊重する意識が薄ければ(信頼感が高まらなければ)いつまでも進まないでしょう。もっとも、“一部の”不心得者によって“全体が”迷惑するという状況は、日米とも同じかもしれません。

いずれにせよ、一部の事象だけをとらえて全体を見ることなく「新たなビジネスモデル」を提案したところで、企業には採用されないでしょう。新たなビジネスチャンスを探しているベンチャーキャピタルも、そうした安易な提案を受け入れることはないでしょう。しかし、このような提案が(利用者にとって受けがよいという理由から)無批判で賞賛されているのを見ることがあります。これは、個別の数字は正しくても全体としてナンセンスという「あるある大事典」に似ています。何かの提案が本当に理にかなっているかを(卑屈になるのではなく)批判的に考えてみることは重要ではないでしょうか。

もちろん、このエントリについても、です。ご批判お待ちしております。

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