エンタープライズコラボレーションの今と今後を鋭く分析

最強のコミュニケーションは“内輪ウケ”かもね

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 最近、インターネットのいろんな場でコミュニケーションをしていて、ふと、コミュニケーション(会話)で最も面白く楽しいのは“内輪ウケ”なのではないかといまさらながら思い始めた。
 同じ価値観や共通の前提知識を持った上で語り合うと、1を聞いて10を知ると言う状況がおこりやすいので余計なノイズを排除して効率的なコミュニケーションが取れる。そこでは共通の強いベクトルに沿ってぐーんと先まで考えたり、意識やものを発展させる事が出来たりする。そしてなにより濃縮されたコミュニケーションを続けているなかで、突然何かをひらめくことは少なくない。
 そうでなくても風刺やパロディなんかは元ネタを知っていないと面白くもない反面、皆が知っているものの風刺やパロディは既にやり尽くされていてつまらない。だからこそ狭いカテゴリ内での風刺やパロディは光るのだが、その場合それを判ってくれる人も少なくなってしまう。

 ただこれも良く聞く話であるが、内輪ウケほど他人(というかその前提知識が無い人)にとってつまらない話はない。だからネットでは、そうした内輪ウケ中心コミュニケーションへの批判もしばしば見受けられる。

 コミュニケーションの経験が増えてくるとこういう事をなんとなく無意識のうちにわかってきて、そして人は自然と自分にとって良き居所になる“内輪ウケができるコミュニティ”を探し始めるように思う。
 そしてこういう内輪というネットワークを構築するのに、今のニコニコ動画やTwitterはとても優れているのだろう。ニコニコ動画には、凄くニッチなカテゴリーでも作品が掲載されるし、そしてその作品にいきさえすればそこには同じ価値観を持った仲間がいる。Twitterで何か適当な内輪ネタをつぶやけば、沢山の知り合いのうちそれを理解できる人が即座にそれに反応してくれる。

 “内輪ウケ”という言葉は通常あまり良くない意味で使われるが、楽しくないコミュニケーションが続くわけはないし、濃密な会話を経ないと生まれないアイデアもあるのではないか。

 翻って組織の中のコミュニケーションではどうだろうか。ここ最近、これまで多くの日本の会社にあったそこだけで通じる用語や話法はローカルルールとか業界慣習といわれ、どちらかというと叩かれる傾向にあったし、私もそう捉えていた。しかしこうした社内用語やローカルルールは、内輪同士の濃密なコミュニケーションを支える一要素であることは間違いはない。
 一度再考してみたい。

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