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人事の新潮流 - 「多様性」が増大し続ける組織で、マネジャーはメンバーとどう向き合うべきか?

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「多様性」の増大に伴い、マネジメントのハードルも上がる

近年、現場のマネジャー(管理職)たちの悩みとして、多くの企業で「現場でのマネジメントにこれまで以上に時間を取られている」「組織に様々なタイプの人材が増え、現場のマネジメントが難しくなってきている」といった声を聞きます。

育児、介護に従事する社員に限らず、60歳以上の高年齢社員、外国人社員、がんなどの疾病・持病を抱えた社員、身体的あるいは精神的な障がいを抱えた社員など、様々なタイプの人材が組織内に増え、組織の「多様性」が近年特に増大しています。

障がい者に雇用の機会を提供することを義務付けた法定雇用率などの仕組みは従来から存在しますが、働く意欲を持った人たちがより長く働ける環境が社会や企業内で整備されつつあること、企業側もこれまでの「日本人、男性、大卒」という画一的な人材タイプに固執していては企業運営が立ち行かなくなるとの危機感から多様な人材の能力の可能性に着目し始めたことがこの背景にあると考えます。

一方で、このような変化に伴い、上記のようにマネジャーたちの「マネジメント上の悩み」も増大しています。国籍、性別、年齢といった違いだけでなく、個々のメンバーが仕事に取り組む上でどのような特徴を備えているのか?といった面に対しても、より微細な対応・配慮が求められています。

例えば、筆者が最近ある企業のマネジャーから耳にした悩み事は次のようなものです。



  • 『Aさんは、少し困ったメンバーです。忘れ物や紛失物が多く、大事な資料や請求書などもなくしてしまいます。本人は注意しているようですが、忙しくなったりタスクが多くなってくると、状況がひどくなります。また、時間管理が苦手で、作業の見積もり時間と作業時間が全く合わず締め切りギリギリになったり間に合わなかったりします。...』

  • 『Bさんは、周囲から「柔軟性がない社員だ」として遠巻きにされています。与えられた指示については指示通りこなすことができるのですが、少しでも指示内容が変わったり、周囲の状況が変化すると混乱してうまく指示を実行することができません。また、周囲とのコミュニケーションに問題を抱えています。自分の興味関心のあることは一方的にしゃべるのですが、自分が興味のない話題に関してはほとんど反応を示しません。さらに、冗談や遠回しな言い回しが伝わらないため、円滑なコミュニケーションが阻害されています。...』

このように組織の多様性が増大する中で、多様なメンバーへの対応に頭を悩ませているマネジャーは確実に増えていると考えます。今回のコラムでは、「多様性」が増大しているチームで何が起こっているのか?そのようなチームを率いるマネジャーたちは、どのように「組織の多様性の増大」に対処していけばよいのか?を考えてみます。

チームメンバーの属性の多様化

そもそも、なぜ社員の性質が多様化することで、マネジメントが難しくなるのでしょうか?
人には様々な属性が存在します。下図は、荒金(2013)1が提唱する「可変的/不変的の視点で区分した際の個人が持つ属性」の概念を整理したものです。
1荒金雅子(2013)『多様性を活かすダイバーシティ経営基礎編』 日本規格協会


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出所:中村豊(2017)『 ダイバーシティ&インクルージョンの基本概念・歴史的変遷および意義 』
高千穂大学高千穂学会

上記の通り、「多様性」を生み出す属性には様々なものがありますが、マネジャーとしては、マネジメントを通じて変更可能なものに着目することが重要です。前述のような社員たちも身体的・精神的な多様性を抱えているがゆえに、ある種の「困った状況」を招いていると言えます。しかし、身体的・精神的な多様性を変更することは容易なことではありません。一方で、このような「多様性」が生み出すコミュニケーションスタイルを受け入れ、業務につなげていくことは可能であり、「多様性」を備えている社員も問題なく勤務できる勤務形態や働き方に変更することは可能であると考えます。


今、現場で起こっていること

今、多くの企業で現場マネジャーが直面しているのは「これまでのルールでメンバーをマネジメントしようとすると、チームをうまくコントロールができない」ということです。消費財メーカーのP&G社が社員100人以上の企業で働く課長クラス以上の管理職を対象に実施した「ダイバーシティ時代の"管理職1000人の本音"調査」でも、「人材の多様化」によって発生したデメリットについて、最も多くの管理職が回答した項目は、「管理職のマネジメントが難しくなる(管理職の負担が増える)」「共通の評価制度では多様な部下1人1人への評価が難しくなる」というものでした。また、回答者のコメントとして「一律の管理が難しくなった」「同一の目線・基準での管理が難しくなってきている」「休暇が多様化しすぎている」といった声が寄せられ、画一的なルールに当てはめることが難しくなっている様子が伺えます。

では、なぜ、企業の現場ではこのような事態が発生しているのでしょうか?
これには、「①社会規範や人口動態の変化」「②チームメンバーの変化」「③サポート体制の不備」の3つの要素が関係していると考えます。

まず、「①社会規範や人口動態の変化」については、男女雇用機会均等法を受け、性を理由に待遇を変えることが禁じられるなど、身体的な属性を基に役割を区切ることが難しくなりつつあります。男女雇用機会均等法や育児・介護休業法によって「セクハラ」「マタハラ」といった高圧的なマネジメントスタイルも禁じられるようになりました。人口動態の変化という観点では、労働人口が減る中で、育児や介護に携わる社員も労働力として確保できなければ、事業運営が成り立たなくなる状況が迫っています。

その結果起こるのが、「②チームメンバーの変化」です。
これまで、多くの企業では「日本人、男性、大卒」を中心にしたチームが形成され、女性社員(特に育児や介護を担当してる社員)がサポート役としての位置づけに留まってきた背景があります。しかし、今や女性社員がメインメンバーの一員として位置づけられることは当たり前の状況となり、メインメンバーの一部が仕事と並行して育児や介護に従事することも珍しくなくなりました。上述の「社会規範の変化や労働人口の現状」などの影響もより、様々な属性のメンバーをチームとして統合し、成果を出すことが企業に求められるようになっています。

その一方で足かせとなっているのが、「③サポート体制の不備」です。
チームメンバーの多様性が急速に変化しているにもかかわらず、その環境に適したマネジメントスタイルを取るようにマネジャーを支援している企業はまだ少ないと言えます。育休取得後の時短勤務社員に対する支援制度を整備する企業は確実に増えてきつつある一方、更にもう一歩踏み込んで、がんなどの疾病を抱えた社員、身体的あるいは精神的な障がいを抱えた社員など、様々な制約を抱えた社員を支援できている企業はそれ程多くありません。在宅勤務制度を検討・導入し始めた企業は確実に増えつつありますが、メンバーの多様性に対応した環境整備に積極的に投資を行っている会社はまだまだ少数と言えるでしょう。短期的なコストの観点が重視され、組織の「多様性」のスピードに企業側のサポート体制が追いついていない状況であり、その結果、現場のマネジャーたちのマネジメント負荷が高まってしまったと言えるのではないでしょうか。


多様性を"包摂する"マネジメント

(※「包摂(ほうせつ)」とは、「ある概念が、より一般的な概念に包括される従属関係」の意味2。最近、「ダイバーシティ&インクルージョン」という表現が人事関連分野で盛んに使われるようになってきましたが、「インクルージョン」をあえて日本語で訳す際には、「多様性の包摂」という用語があてられることが多く見られます。)
2広辞苑 第5版 岩波書店

では、多様性が高まった組織を束ねながら、チームとしての成果を上げていくためには、どのようなマネジメントが必要となるのでしょうか。ここでは、組織を束ねるマネジャーの視点でいくつかの視点を提起したいと思います。


①できないことに着目せず、社員の強みを引き出す

まずは、チームメンバーをつぶさに観察し、マネジャー自身の意識の中に「〇〇ができないから、メンバーとしては不適格である、認められない」という考えになっていないかセルフチェックをしてみる必要があるでしょう。もしそうなっていたら、「この人の多様性を受け入れた上でチームの戦力として活用するためには、どのような施策が必要なのか」という観点でマネジャーとしてできることがないかどうか考えてみる必要があります。

また、社員の強みを引き出す際には、「本人が何をしたいか」というヒアリングや棚卸しよりも、「周囲に何が高く評価されたか」という点を分析してみることが重要です。

更には、これまで一般的だった「異動を行うことで能力の開花を促す」というマネジメントでは、決定的に合わない業務に配属された場合に全く能力を発揮できなかったり、最悪の場合には心を病んでしまうことも想定されます。個々人の特性を踏まえ、適した職場や仕事がある場合には、無理に異動をさせて総合的な能力の向上を狙うのではなく、専門的な能力の強化・蓄積を狙うほうが良いケースも考えられます。高い貢献を果たせば、周囲のメンバーもより受け入れやすくなります。制約を抱えた社員と周囲のメンバーの間で、いわば「持ちつ持たれつ」の環境を構築することにより、「多様性」に対してサポートを受けやすい環境を作ることも重要となります。


②「みんなできないことがある」という認識を持つ

「〇〇ができなければメンバーではない」という条件を外すことで、いままで働きにくかった社員がより働けるようになると同時に、様々な制約を抱えた社員もより働きやすい環境を作ることが可能となります。職場にいる「多様な社員」を"リトマス試験紙"と捉えることで、企業の就業環境をユニバーサルデザイン(誰もが使いやすいデザイン)に近づけられることにもつながるのではないでしょうか?
(※「ユニバーサルデザイン」とは、障害の有無、年齢、性別、人種等にかかわらず多様な人々が利用しやすいように予めプロダクトをデザインする、という考え方)

また、職場にとって常識的に行われている慣行やルールは、実は社員にとって無用な業務負荷をかけているのではないか?という視点を持つことも重要です。例えば、身体的な理由で集中力が続かない社員のために、その社員が参加する会議は30分まで、と定めたとしましょう。しかし、普通の社員であっても会議の時間が長引けば、集中力が下がり生産性が落ちるのは自明のことです。多様な社員に対するたった1つの気づきや対応を通じて、自社の会議時間や業務フローがややもすれば自社の生産性を落としていたのではないか?という問題発見につながることもあるでしょう。チームメンバーの多様性を受け入れるために、既存のルールや慣習を見直すことが、あらゆる社員への働きやすさの改善へとつながり、組織全体の生産性の向上や創発的な活動の促進につながるのではないでしょうか。


③個々のメンバーの能力の可視化

更に、上記のような視点を備えておくためにも、今後、組織を束ねるマネジャーは個々のメンバーの能力・特性をデータとして可視化し、それらの情報を日々の仕事のアサインメントやメンバーのマネジメントに活かす、といった視点が求められるでしょう。毎年実施される人事評価の結果のみならず、採用時の適性検査の結果、入社後の研修受講履歴やアセスメント結果、自己申告シート、従業員満足度調査や360度調査の結果、更には、ストレスチェックの診断結果など、メンバーの属性情報を活用しながら個別性の高いマネジメントにも対応できる体制を整えておくことが不可欠です。この点では、最近注目されつつある人事データの活用やピープルアナリティクスの知見を企業として積極的に取り入れていくことも必要となるでしょう。


まとめ

2018年現在、労働人口の減少を背景にして、外国人労働者や高齢者の活用が推進の兆しを見せています。つまり、現場マネジャーからすれば、チームメンバーの「多様性」は、これから広がりこそすれ狭まることはないはずです。マネジャー自身の意識やマネジメント力そのものを高めていくことは勿論重要ですが、多様性を包摂するようなマネジメントは、マネジャー自身だけで築き上げられるものではなく、経営サイドからのサポートやチームメンバーの協力があってはじめて実現できるものです。その意味では、企業・組織で働く一人ひとりが組織の「多様性」にどう対応していくか、という問題意識を持たなければなりません。

日本企業も、ようやく組織の「多様性」の必要性に気付き、「多様性」を引き上げるための取組みに着手し始めました。ただ、それだけでは、社会的な責任を果たすために企業側としてコストをかけて取組みを行った、ということで終わってしまいます。今後は、組織内で高まりつつある「多様性」を活かし、企業としてのイノベーションを生み出し、業績に結び付けていくことが求められるでしょう。日本企業が、「組織の多様性を高めるステージ」から、「組織の多様性を通じてこれまでにない成果を生み出す」というステージに進化していくことを期待しています。



執筆者プロフィール

クレイア・コンサルティング株式会社 https://www.creia.jp/
コンサルタント 武田 知久(たけだ ともひさ)
千葉大学 文学部 行動科学科卒業。

主に人事制度構築、コンピテンシーモデルの構築、従業員満足度調査の設計・分析等に携わる。


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