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スマート メータはどこまで信用できるか

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スマート グリッドについて日本でも大きく取り上げられている。スマート グリッドが完成するには20~30年かかると言われている。スマート グリッドとは大雑把に言うと、ICT(ITとコミュニケーション)を取り入れて電力網を賢くすること。このため、IT大手のCisco、IBM、Oracleなどがスマート グリッドへの参入を決めている。Ciscoなどは、スマート グリッドはその規模の大きさからインターネットを凌ぐ大きなビジネス チャンスになると見ている。

家庭の電力消費量は現在、月一度のメータ検針で測定・記録される。スマート メータはこの消費量を自動的に計測して電力会社にレポートする。消費者も自分の消費量のデータにアクセスすることができる。こう聞くと非常に望ましい技術だと思える。一般に消費者は自分の電力使用量がリアルタイムで分かれば節約する傾向があることがいくつかの実証実験で明らかされている。これは米国では「プリウス効果」と呼ばれる。ハイブリッド車のプリウスはダッシュボードに燃費が表示され、ドライバーがそれに反応してスピードを変えることに由来する。

カリフォルニアの北部と中部地域で電気とガスを供給するPG&E(Pacific Gas and Electric)社は、既にスマート メータへの交換を始めている。筆者が住む地域ではまだ実際に交換されたという情報は聞いていないが、カリフォルニア中部では既に交換を終えてスマート メータが実際に使用されている。ところが数件苦情が寄せられ、かなり大きな問題となっている。具体的には、スマート メータ設置後、以前に比べて電気代が2~3倍になったというものだ。消費者はメータの正確性を疑っている。PG&Eは、これは例年になく暑かった夏の温度と電気代の値上げが重なったためだと説明しているが、消費者側は納得しておらず、電力やガスなどの公益事業の認可や監視を行うカリフォルニア州の公益事業委員会が調査を始めている。

長年ITに関わってきた人間として、スマート グリッドが成功して欲しいと思う。しかしひとりの消費者としては、スマート メータをはじめスマート グリッドがシステムとしてどの程度信用できるのだろうかという不安を持っている。ICTで家庭がネットワークに取り込まれる前は、メータ情報の間違いはせいぜい検針をする人が読み間違えるか記録する際に間違える程度で、次の月には調整されるだろうから被害は小さい。それに、これまで使われてきたアナログのメータの正確性を疑う人は少ないだろう。今の家を購入して20年以上経つが、一度もメータの正確性を疑ったことはない。しかし一旦ネットワークで繋がれてコンピュータで処理されるようになると、問題が起これば拡大される。問題に巻き込まれる消費者の数も、その一人ひとりにとっての問題の深刻さも、以前とは比べものにならない程大きなものになる。

ここでスマート メータで収集されたデータの正確性について考えてみよう。消費者の家庭で測定されたデータはどうやって電力会社のオフィスまで届けられて処理されるのだろうか。それぞれの家庭からのデータは近くの機器に無線や有線で集められる。この機器は数件の情報を統合し、色々な方法でWANを経由して電力会社のオフィスに送る。届いたデータは電力会社のソフトウェアで処理されてデータベースに格納される。

応用分野は電力網だが、問題はICTの領域にある。まずメータの正確性そのものはどうだろうか。アナログのメータは長年使用されており、その正確性はそれなりに信用できるだろう。スマート メータはまだ使用され始めて日が浅く、実際の使用でどれくらい信用できるのだろうか。また、スマート メータと交信してそのデータを一旦格納する機器はどうだろう。交信の時に正しくデータが伝達されるのだろうか。この機器から電力会社のオフィスまでのWANによる通信で正しくデータが伝達されるのか。そのデータが正しく電力会社のソフトウェアで処理されるのだろうか。処理された後正しくデータベースに格納されるのだろうか。さらに、データベースに格納されたデータは正しく取り出されるのだろうか。少しでもソフトを書いたことのある人ならば、バグはいつでもどこにでも紛れ込む可能性があるということを知っているはずだ。

スマート グリッドは大規模なICTのシステムだ。このような大規模システムを徹底したテストなしに使用してサービスを開始したのであれば問題だ。もちろんそれぞれのコンポーネントは個別にテストしており、全体のテストをしなくても大丈夫だという議論もあるかもしれない。しかし今までの経験から言えば、全体を通してのテストなしでソフトウェアのシステムをリリースするなどということは考えられない。PG&Eはそれなりのテストをしたのであろうが、電気代が2~3倍になったら筆者だって簡単には信用する気にならないだろう。

この問題は公益事業委員会を巻き込み、消費者側は訴訟も辞さずという姿勢だ。PG&Eは米国で一番スマート メータの設置が進んでいることもあり、他州の電力会社や公益事業委員会はカリフォルニアでの動きを注意深く見守っている。今PG&Eがしなければならないのは、スマート メータの正確性やシステムが正しく動作しているかについてオープンにすることだ。

スマート メータの問題は技術的なことだけではない。一部の市民活動家は、スマート メータの設置は電力・ガス会社に一方的に有利で消費者にはメリットがないと主張している。スマート メータは1個につき設置費用も含めると約22,000円かかる。この経費は政府からの補助と電気・ガス代値上げで賄う。電気・ガス会社はほとんど経費を掛けずに検針を行う人員を削減できるわけだが、消費者はそのメリットをすぐには感じることができない。PG&Eをはじめ電力・ガス会社はスマート グリッドがもたらす恩恵をもっと消費者に伝えるべきだ。そして日本はこれを他山の石として、その展開に充分配慮すべきだろう。

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