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IT技術者教育に携わって25年が経ちました。その間、変わったことも、変わらなかったこともあります。ここでは、IT業界の現状や昔話やこれから起きそうなこと、エンジニアの仕事や生活について、なるべく「私」の視点で紹介していきます。

タブレットとPCの違いは何か

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前々回から続いて、タブレットについての話である。今回は、タブレットとPCの違いについて考える。

なお、ベースとなっているのは2013年2月に公開した記事であるが、現状にあわせて加筆・修正を行った。

 

■タブレットとは何か

タブレットの定義として正式に決められたものはないが、一般には以下の要素を満すものと考えられている。

  • 薄くて軽い
  • 専用のキーボードを持たない
  • バッテリが1日以上持つ
  • 少なくとも無線LANによる外部アクセスが可能

実際にはキーボードを備えたタブレットもあるのだが、キーボードを備えないタブレットを「ピュア(純粋な)タブレット」というくらいだから、キーボードを持たないのが本来の姿だろう。

「タブレット」という言葉が一般化したのは「Windows XP Tablet Edition」からだと思うが、当時のタブレットは最低でも重さ1.5Kg程度で、ノートPCよりも重いものだった。名称も「タブレットPC」と呼んでいた。

ほとんどのタブレットPCは、専用のスタイラスペンが必要で、タッチ操作はできなかった。特に初期のWindowsでは、マイクロソフトの指標によりスタイラスペンが必須だったと記憶している。その後、Windows Vistaからタブレット機能は全てのWindowsに搭載されたが、ビジネス的に成功したとは言いがたい。ノートPCよりも重いタブレットなど、使いたいと思うだろうか?

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▲Windows Server 2008でも、ハードウェアが対応していればペン入力やタッチ入力が使えることが分かる

状況が変わったのはアップル社のiPadが登場してからだ。iPhoneをベースにタッチ操作に特化し、小型軽量で低消費電力の製品は広く受け入れられた。iPadの登場により、従来のタブレットPCは忘れられた。

iPadとiPhoneは、良くも悪くもタブレットの流儀を決めてしまい、PCとは全く違った製品となった。

 

■PCとは何か

タブレットとPCの違いを考える前に、そもそもPCとは何かを改めて考えてみよう。

世界最初の完成品PCは、アップル社創業者の1人スティーブ・ウォズニアックが設計した「Apple II」で、1977年6月に出荷された。コモドール社のPET-2001は1977年1月に発表されているが、出荷は10月だったので、Apple IIの方が少し早い。

Apple IIの開発を巡っては、共同創業者であるスティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックが激しく対立したことが伝えられている。8本の拡張スロットを主張したウォズニアックに対し、ジョブズは拡張性など必要ないと強固に主張した。結局、ウォズの言い分が通り、Apple IIには豊富な周辺機器が登場した。回路図が公開されていたことも幸いしてApple II関連ビジネスが広がった。

Apple IIの思想を継承したのは意外なことにIBM PCである。初代IBM PCは5本の拡張スロット、後継のIBM PC XTでは8本の拡張スロットを持っており、ビデオカードも選択可能だった。回路図もBIOSのソースコードも公開され、誰でも参照することができた(あくまで参照できるだけで、実際にBIOSコードを勝手に流用することはできない)。

その後も、ジョブズは常に拡張不可能で仕様は非公開の機器を提案する。初代Macintoshは、拡張スロットはなく、筐体を開けることもできなかった(専用ツールが必要だった)。1985年にジョブズがアップルを離れてから作られたMacintosh IIは6本の拡張カードを持ったが、ジョブズ復帰後に発売されたiMacにはサードパーティが自由に使える拡張スロットはない。

ジョブズが関わった製品のすべてに拡張スロットがない、というわけではないが、拡張スロットやユーザーの自由度に対して否定的だったことは確かなようだ。

Apple IIとIBM PCが成功し、MacintoshがPCとして傍流であり続けたのは拡張性の問題であると私は信じている。

PCの本質は「なんでもできる」ことである。「何でもする」ためには拡張スロットは必須だったし、プログラムの開発環境も欲しい(そういえば最初期のMacintoshはプログラム開発にLisaが必要だった)。幸い、USB接続の機器が増えたため、現在では拡張スロットの必要性は減少しているが、自分でプログラムを作って自由に配布する環境はPCとして必須の機能である。企業システムにPCが組み込まれたのも、自社で作成した業務アプリケーションを簡単に組み込めるからだ。ハードウェアの拡張性が限定的なMacintoshでもアプリケーションの配布は自由にできる。

 

■タブレットにできないこと

改めてタブレットについて考えてみよう。冒頭では、ハードウェアの拡張性を紹介したが、USBやBluetooth機器の普及により、あまり問題ではなくなっている。iPadにはUSB端子はないが、Bluetoothを使うことでキーボードや外付けオーディオ装置などが使える(残念ながらマウスは公式には使えない*1)。CDやDVDは使えないが、WiFi接続ができるため、家庭内LANやインターネットからダウンロードすることはできる。Android系のタブレットにはUSBが使えるものも多い。拡張スロットがなくても「なんでもできる」時代になった。

しかし、アプリケーションはどうだろう。不特定多数の人に配布するには、タブレット(というかタブレットOS提供各社の審査を通る必要があるし、配布経路も限られる。社内使用であれば別の方法もあるが、多少面倒である。iPadで使われているiOS用のアプリケーションは制限が強いことで有名だし、WindowsもタブレットPCとして使うためのアプリケーション「ストアアプリ」の一般公開には審査がある。


▲借りてきたWindows 8ベースのタブレット(下)とiPad mini(上)。よく似た構造である。
Windows 8は、PCとタブレットの両方の機能を1台で提供するための意欲的なOSである。

 

一般に、自由には責任が伴う。「なんでもできる」のは「全てが自己責任」の世界なので、案外厳しいものである。タブレットでは、できることを制限する代わりに、ウイルス感染などのリスクを少し下げ、利用者の負担を少し軽くする。審査をすり抜けるプログラムもあるが、全くの無法地帯ではない。

そもそもタブレットには開発環境がなく、アプリケーションを作成するにはPCを必要とすることは「企業クライアントとしてのタブレット端末」で書いたとおりである。

タブレットとPCの最大の違いは、ハードウェアの形状や重さではなく、自由度の問題であると私は考えている。タブレットの方が、ハードウェアやソフトウェアの制限がずっと強い。

しかし、ハードウェアやソフトウェアの制限が強いということは、トラブルが少なく操作性を統一しやすいというメリットでもある。使いやすい機器にはユーザーが集まり、ユーザーが集まればビジネスも拡大する。その結果、タブレットにも多くのアプリケーションがそろってきた。そうなると、自分でプログラムを書かない限り、各種の制限はそれほど問題ではなくなる。

要するに「何でもできるが無法地帯のPC」に対して「強い制限はあるが簡単に使えるタブレット」ということだ。ほとんどの利用者は、やりたいことが決まっている。その「やりたいこと」がタブレットのアプリケーションとして存在すれば、「簡単に使える」というメリットがある。同じことをするのに無法地帯に入り込む必要はない。

もしかしたら、スティーブ・ジョブズはMacintoshで「強い制約の下で、誰もが簡単にアプリケーションを使える状況」を作りたかったのかもしれない。それはPCの発想ではないためMacintoshの市場シェアは伸びなかった。しかし、タブレットは当初から強い制約を前提としていた。タブレット用のアプリケーションがそろってきた現在、多くの人はPCを必要としない時代になった。


*1 初出時、うっかり「キーボード、マウス」と書いてしまった。iPadでマウスは使えない。ご指摘いただき、ありがとうございました。

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