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キャッシュレス社会と金融包摂(financial inclusion)

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電子マネーやクレジットカードによって現金を持ち歩かずに生活していけそうだぞという手応えが強くなっているように思います。別に5年前でもそのような感覚が大きく違ったということはないと思いますが、コンビニで電子マネー払いをお願いしたときの店員さんの「えっと」というワンクッションがなくなった感覚、タクシーでのクレジットカード払いをお願いしたときの「えーっ」という雰囲気の悪さのようなものは随分と目立たなく感じます。

国際的な企業であるAppleがiPhone7でsuicaに対応したことにより、ガラパゴスな規格を掴んで捨てられるという可能性が薄れたこともあるかもしれません。また、LINE Payを筆頭として支払い系のアプリが増えてきたこともあるでしょうし、メルカリを始めとしてバーチャルな金銭のやり取りに慣れた人が増えてきたこともあるかもしれません。根底には店員さんの人手不足と人件費高騰という労働力問題もあると言えそうです。

私もキャッシュレス化していくことには反対ではないのですが、一方で支払い周りがデジタル化されるということはログがはっきりと積み重なるということにもつながるという点で懸念も感じているところです。もっとも、監視社会化することへの不安ということではなく、金融サービスに優遇されない立場の人たちが金融的に強い立場にいる人達を中心にキャッシュレス社会が発展していく中で割を食わないかという点が気になっています。

すでに中国ではアリペイを軸とした信用スコアがものを言う世界となっています。アメリカでもクレジットヒストリーを育てるために積極的にログを紐付けることで住宅ローンなどで優遇を受けられるというような話を聞きます。日本では収入のなさを原因としてクレジットカードに入れないということはありますが、金融機関に口座を持てないということはなく、基本的には誰もが口座を開くことができます。海外では安定した収入がある人でないとそう簡単に銀行口座を開けず、アンバンクト(unbanked)と言われるような人々がいます。給与の振込が受けられないなど、貧困が連鎖してしまうような不便な生活を強いられると聞きます。それを思えば日本は海外よりは金融サービスが開かれた状態であると言えるかと思います。

そういった人々に向けてITが貢献している事例といえば、例えばアフリカで言うところのM-PESAのような新しい金融サービスがあります。しかし日本やその他の国においてはFintechと言われるような新しい、デジタルな金融サービスが金融的に弱い立場の人たちを救おうとしている、すなわち金融包摂を進める事例は多いとはいえないように感じます。(マイクロファイナンスや、スマホによる安価な郷里送金などですかね。)

日本では、といえば銀行のDebitカードサービスを使えばクレジットカードの審査が通らない人でも多くの店舗で支払いができますし、電子マネーも前払いですので審査など不要で持つことができます。こういったサービスを使うためにプールしておく現金が苦しいということであればそれは金融包摂というよりは社会福祉の課題であるかと思いますので、なんとか普及を進めることはできるかもしれません。一方で、収入や支出のスコア化が進むことで富裕層ばかりが優遇され、そうでない人が苦しい思いをすることが起きるかもしれません。ただそれは資本主義的な社会構造を採用する以上は仕方のないことであり、それを進めるとしたら家電量販店などでたくさん買うとポイントが増えるというのも少額の買い物しかしない顧客を差別しているといえばそうなってしまいます。ただ、殆どの人は普通の扱いで、一部のお得意様が得をするサービスであれば不公平感も少ないでしょうが、リスクの高い人にその負担を積み増し、大半の人は普通というようになるとやはり貧困から抜け出すことに重石をつけてしまうことにならないか心配です。

金融がデジタル化してキャッシュレスが進んでも弱い立場の人が損をせず、むしろこれまでの現金社会では解決できていなかった問題を解決できるようになればと思います。

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