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仮説を確かめるところは「仮設工事」となってはいけない

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永井さんのこちらのエントリで仮説思考の大切さが非常にわかりやすく紹介されています。

1週間かけて調べて詳細な企画を立てる「網羅思考」よりも、間違ってもいいから30分で仮説を立てて半日で検証し改善し続ける「仮説思考」の方が、短時間でよりよい結果が得られる、という話

永井さんのエントリにこのようにあります。

英語で議論のためのたたき台を"strawman proposal"と呼ぶことがあります。「わら人形」という意味ですが、みんなで叩くために、とりあえずその議論のベースとなる「たたき台」(=仮説)を作ることが、いい企画を短時間で作るために必要なのだと思います。

ところが私の経験ではこれまでに何度か「仮説」を「仮設」してしまうような場面を見たことがあります。こういうとまるで言葉遊びのようですが、仮説でなくて「たたき台」という言葉を使うとはっきりします。仮説(たたき台となる論理や想定シナリオ)は皆であーでもないこーでもないという意見を集めるための土台として耐えうる筋が通っていなくてはなりません。叩いて簡単に壊れるようではいけないのです。「わら人形」は日本では五寸釘をグサグサと刺されても人形としての容姿を保ってくれます。あれが一瞬で崩壊したら恨みをはらす方も報われないでしょう。

現実のビジネスは大変複雑ですが、誰もが賛同しそうな「Aが成り立つならばBだ」という論理的な仮説が生まれたとします。その時点で周囲に意見を募ったならば、ある人はAを実験するための方策を考え、またある人はAという結果からB’やCでなく確かにBなのかということを考えてくれるかもしれません。

例えば「タバコを吸う人はコーヒーをよく飲む」という傾向があるそうです。実際に新幹線の車内販売が喫煙車両でのコーヒー販売を強化して売上アップにつながったそうですが、闇雲に売り込むのではなくて実験環境でいくつもの仮説を確かめて全体に展開したほうがうまくいきそうな気がします。

例えば「新幹線には遅刻しないよう早めにホームに着く人が多く、一服して待つ時間がある。だから乗って一本目は30分後あたりが多いので、そのタイミングで喫煙車両に売りに行く。」といった仮説ならば、ホームを観察して一服して乗る人が多いかどうか確かめられますし、ニコチンが切れて2本目が吸いたくなるまでにどれくらいかかるのかもすぐに調べられそうです。

こうすると科学実験のようです。例えば有名なラザフォードの実験では「アルファ線が一部のみ強く跳ね返るならば、原子核は雲状でなくて中心に小さく集まっているのでは?」ということが確かめられました。(Wikipediaの記載によればラザフォードは実験自体を行ったわけではないそうです。)この実験で確かめたいのは原子核のことであって、金箔がアルファ線を跳ね返すことを調べてその性質を活用しようというわけではなかったはずです。

しかしビジネスの現場では時に「いや、ちょうど45度に跳ね返してくれるようにするにはどうしたらいいだろう。45度に跳ね返してくれたら我社はライバルをあっと言わせることができるんだ。君、来週までに考えて。」というように、仮説の「A」のほうが変な方向に飛んでいってしまうことがあるように思います。もともとAはBであることを確かめるための前提で、Bのほうが自分自身に欲しい結論であるはずです。Aを満たせばBが手に入る、という関係だったはずなのにせっかくAを確かめるならばもっと効率よくやろうとか、ついでにこれもという「仮設工事」を始めたが故にいつしかA'という「ゴール」になってしまう。そんなこと今までに見たことがありませんか?

この原因は仮説という言葉がどうも適当でいいやという印象を与えるからではないかと思います。しかし実際には「Aが成り立つならばBだ」という仮説の立案に関係者が賛同した後は、本気でAを実現しにかからなくてはなりません。上でラザフォードの実験を例に挙げましたが、科学の歴史を一般の人に解説する本を読むと科学者がいかに仮説を検証するための苦労したかという話がたくさん出てきます。

仮説自体は間違っていてもいいかもしれません。むしろ仮説が間違っていることがはっきりと確認されれば、別の事実がわかるかもしれません。しかし「どうせ仮説だし」という免罪符で検証作業を適当に片付けたり、はたまた別に遂行されている「本命」のプロジェクトのパーツとして取り込んでしまえば、仮説が正しかったかどうかすらわからず、手元に何も残らなくなってしまいます。ましてや仮設工事で未検証の仮説を土台にしてビルを立ててしまったら、どのような恐ろしい結果になるかわかりません。

「仮」という言葉の印象に惑わされないようにしなくてはならないですね。

(なお私は物理学に詳しいわけではないのでラザフォード云々のあたりは何らかの誤りがあるかもしれませんが。そこは例え話としてご容赦いただき、コメント欄で教えていただけると助かります。)

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