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異臭にとりつかれたあの夏の思い出

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「犬万」というものをご存知の方は白戸三平か高田裕三のファンではないかと思います。私は中学の頃にサザンアイズ、ブルーシードを読んで高田裕三が好きでした。後日サザンアイズが打ち切り気味に終わったことを残念に思ったものです。

さてその高田裕三の作品「毎日が日曜日」に犬万というものが登場します。犬万の詳しい製法は気持ち悪いので興味を持った人のみ各自検索していただけばよろしいかと思います。ここでは犬の気を引く液体としておきます。猫にマタタビと同じものの犬バージョンとされています。

なおこのエントリは全体的に気持ち悪いので読み進める場合はご留意ください。

第一部

犬万を使うと犬を手なづけることができる。漫画で紹介されたことをそのまま鵜呑みにしたわけではありませんが、やってみたらどうなるんだろうという好奇心を抑えることができなかった14歳の春。そうです。春です。作るのに時間がかかるのです。友人と一緒に何匹ものミミズをゲットして作りました。もちろん完全密閉です。瓶の蓋はろうそくの蝋でコーティングしました。においが漏れた場合のことを考えて自宅で仕込むことはしませんでした。近所の公園にある高さ3メートルほどの石垣によじ登り、地面から2メートルほどの高さに設けられたパイプ穴に瓶を置きました。

そして季節は夏となり、友人と2人で回収に行きました。小豆色の液体である犬万を確認し、まずは第一段階をクリアした喜びをかみしめます。量はおよそ50ccです。そして友人の愛犬を公園に連れ出しました。まずは瓶の状態で匂いを嗅がせます。反応はありません。自分たちも匂いを嗅いでみます。無臭です。瓶+蝋の密閉のためか、それとも実験が失敗したのか。

蝋を砕き、蓋をゆっくりと回転させます。半分ほど緩めて犬に匂いを嗅がせるとくんくんしています。2人で「おお」と身を乗り出します。しかし犬(ラッキー)は特に喜ぶ気配も嫌がる気配もありません。普通にくんくんするだけです。犬は15秒ほどそうした後、ふいっと鼻をそらしてしまいました。

思い切って蓋をすべて開け、友人と2人で匂いを嗅いでみました。それまでの人生で嗅いだことのない、非常に強い匂いがしました。しかし人体に危険のないタイプの匂いだったのか、刺激性はなく、気分が悪くなることもなく、なぜか2人で爆笑して転げまわりました。匂いの方向性としては淀みまくったドブ、田んぼで時折見かけるような干渉縞が現れたドロの部分の匂い、を1000倍くらい濃縮した感じでしょうか。

なぜこんなに笑いが止まらないのか。むしろ人間に効くんじゃないか?という疑問が生まれます。笑いで持てなくなったため地面に置いてあった瓶に、蓋をしようと近づきます。しかし近づくと匂いのためヒザが崩れて近づけません。そこは完全にオープンエアで特殊な環境ではないのです。まるで匂いに指向性があるかのようで、半径70センチくらいまで近寄らないと匂いません。しかし近寄ると強烈に匂います。不思議です。とりあえず近づいて笑うことを10分くらい繰り返し、なんとか平静を保って蓋を閉めました。そっと近づいて手をいっぱいに伸ばせば匂いの圏外から瓶を操作できるようです。

「強力すぎるから薄めよう」

そのまま公園にある水道に向かい、水道で薄めることにしました。するとなぜか匂いの制空権が120センチくらいに広がってしまいました。とりあえずまた一通り笑い転げた後、当初は水を入れたことで空気が押し出されたことによる一時的な拡散だろうと分析したのですが、それ以後制空権が狭まることはありませんでした。水で薄めたことによりなぜか拡散力がアップしてしまったようです。

死にそうになりながら瓶に蓋をし、愛犬を友人宅に返し、自転車に乗って近所の図書館に向かいました。炎天下で笑い転げて汗だくだったので涼みたかったのです。その図書館には三方と天井を完全に囲われた蒸し風呂のような自転車置き場があります。その5メートル四方の空間は朝からの日差しですっかりサウナ状態になっていました。その自転車置き場に自転車を止めると、その狭い空間はすっかり犬万の匂いに満たされました。かごの中に入れていた瓶の蓋が緩んでいます。急いで自転車のかごから瓶をつかんだところ、指先に濡れた感触がありました。

「指についた」

落とすと瓶が割れてしまうので、地面ギリギリまで迅速に移動させて手を離しました。瓶が転がり中身が漏れ出ます。それよりも自分の指が気になりましたので、図書館のトイレで石鹸を使って洗いました。そしてクーラーの効いた自習室に移動して勉強席に座ると、そこから自転車置き場の中の様子を伺うことができました。

3分ほどして自転車に乗った40歳ほどのおじさんが視界に入ってきました。あたかも地球の重力に捕らわれた彗星のように、弧を描きながら自転車置き場に吸い込まれていきます。友人と顔を見合わせます。2人とも真剣な表情で見守っていました。そして約15秒後。おじさんは半笑いで出てきました。

「やはり笑うのか」

我々の観測席は図書館であるため声を出してはいけません。笑ってはいけないシチュエーション、そして犬万で半笑いになったおじさん、その2つが組み合わさってムードは盛り上がります。

何度もの笑いのピークを抑え込み、声が出そうになるのを押し殺して平静を保ちます。クーラーの効いた図書室にいるのに額に汗が浮かんできます。集中して腹筋に力を込めていないと今にも笑ってしまいそうです。しかし我々は自分の腹に集中するあまり、さきほどまで観測席のすぐ近くに座っていた20歳手前くらい、おそらく受験生か浪人生ではないかと思われるお兄さんが勉強を終え、自転車置き場に向かって歩き始めたことに気付いていませんでした。

おじさんの半笑いにやられて観測席につっぷしていた我々2人でしたがなんとか笑いの波を押さえ込み、タイミングを図ったように同時に顔を上げました。するとちょうどお兄さんが自転車置き場に入るところでした。お兄さんは2秒で出てきました。半笑いでした。

友人のこめかみに青い血管が浮いています。自分も奥歯をぎりぎりと噛み締めて笑いを殺します。おかしいはずなのに、なんでこんなに苦しいのか。そのお兄さんは再度自転車置き場に入ると自転車に乗って出ていきました。お兄さんは嗅覚に異常を感じて一旦退いたのではないかと思います。我々はとうとう我慢できなくなったので図書館から脱出しました。

その後ビニール袋に瓶を回収し、残りの犬万をどうするかという話し合いをしました。友人が万引きを疑われて身体検査まで受け、完全に無実であることがわかったのにも関わらず謝罪の一言も無かったおもちゃ屋さんに報復と称して撒きにいくか、という案が出たのですが、これまでの実験であまりに強力すぎることから大騒ぎになるのではないか、という話になり未遂に終わりました。実行していなくて本当に良かったと思います。しかし不思議なことにこの図書館のエピソードははっきりと覚えているのですが、残りをどう処理したか覚えていません。ひょっとすると今もなおどこかで熟成されているやもしれません。

ご迷惑をおかけしたおじさん、お兄さん、すみませんでした。

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第二部

「犬万」の件を夏休み明けに学校で何人かの別の友人に話したところ、やってみたいという声があがりました。私と友人は、ミミズの処理が気持ち悪いので勘弁してくれと断ります。その数日後、昼食の時間にゆで卵が床に落ちてしまうというできごとが起こります。私はペットボトルの中身を飲み干し、おもむろにゆで卵を拾うとこう言いました。

「腐卵臭っていうけど、本当に硫黄の匂いになるのだろうか。」

その一言でペットボトルによるゆで卵の熟成が始まりました。蓋を閉めた上からビニールテープでぐるぐる巻きにし、男3人で掃除道具入れを持ち上げてその下に隠します。

体育祭まで放置したのでおよそ1ヶ月ほど熟成をしたことになります。体育祭の後片付けが終わり、人もまばらな中学校。再び持ち上げられる掃除道具入れ。現れるペットボトル。その中には、ピータンのようになるかと思いきや不思議なほど原型をとどめている4分の1カットのゆで卵。振るとカラカラと乾いた音が鳴り、ざわめく男子5名。

「乾燥しているみたいだ。失敗じゃないだろうか。」

トイレに持ち込みテープを外し、フタを開けます。匂いがしません。ペットボトルを握る手に力を入れます。ぱふ。理科の時間に嗅いだのとまったく同じ腐卵臭。咳き込むメンバー。

「これは騒動になる。」

顔を見合わせる一同。そして一人がペットボトルを持ち水道の蛇口をひねりました。私と友人の脳裏に夏休みの記憶が映し出されます。脳が匂いの第二波をキャッチする1秒前。

「水を、入れては、いけない。」

ペットボトルから押し出された腐乱臭は一気に範囲を広げました。しかしまったく薄まる気配はなく、男子トイレが飲み込まれます。これは犬万と違い、ひしひしと身の危険を感じます。箱根の大涌谷から観光地の浮かれた感じを取り去ったような匂いです。(常識的な量ならたぶん無害です)

「先生が来たら異臭騒ぎになる。このまま逃げるしかない。」

一同が総崩れになりかけたその時、メンバーの一人から起死回生のアイデアが提出されました。

「床に卵が落ちていれば、先生が来ても『ああ、腐った卵か。』と思うんじゃないか。」

なんという逆転の発想でしょうか。口で息をしながら、ペットボトルの水をできるだけ捨てます。そして残ったゆで卵をトイレの入り口付近の見えやすいところに落としました。なぜ男子トイレにゆで卵が?という些細な不自然さは問題ではありません。ペットボトルをゴミ箱に投げ込み、証拠になりそうなビニールテープだけを丸めてポケットに放り込むと全員で自然を装いつつ学校から撤退しました。この作戦はペットボトルに水を入れた時点でゆで卵がバラバラになってしまったら成立しませんでしたが、水分が蒸発して固くなったゆで卵はその雄姿を崩しませんでした。

翌日の男子トイレにゆで卵の姿はありませんでした。もちろん匂いも。そしてこの件は騒動になることもなく闇に葬られました。

ゆで卵を捨ててくれた方(たぶん先生)、すみませんでした。

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今になってもなぜ犬万が笑いを誘ったのかはわかりません。しかしその後、同じものを作ろうという思いがまったくわかなかったことから身体、精神への依存性はないように思います。反対に、それほど毒性が強いとは思えない腐った卵がなぜあんなに身の危険を感じさせるのかも不思議に思います。背筋が冷たくなるとはああいうことを言うんだと思います。他人に迷惑をかけない限りはマネをしても問題ないと思いますが、なにぶんそのへんでごうごうと焚き火をしてもさほど気兼ねがいらなかった15年前と今とでは社会通念も何かも変わってきていますので、十分な注意が必要かと思います。

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