めちゃくちゃに打ち込んだプログラムが動く確率
意味を考えないでめちゃくちゃに文字を打ち込んだプログラムが動く確率はどれくらいあるのでしょうか。
ここ最近いくつか大き目のシステム障害がニュースになりました。プログラムはたった1文字でも間違っていると正常に動作しません。日本語でも「てにをは」を間違えるととんでもない内容になることがありますが、プログラムの場合は一層シビアな反応をすることが多いです。
さてここに128通りの文字を打ち込めるキーボードがあったとします。(本当は英数字+記号くらいですのでもっと少ないはずですが、計算簡略化のためにご容赦ください。)そのキーボードで1000バイトのプログラムを書くとします。(何通りもの記述が可能なはずですが、都合よく1通りのプログラムしかないと想定します。)
この条件で実行できるプログラムができあがる確率はどれくらいあるでしょうか。これは1/128の1000乗ということになります。とても単純に計算できる数ではありませんので常用対数を使いますと、10を底とした0.5の対数は-0.301であることから
(1/128) ^ 1000 = (0.5) ^ (7*1000) ≒ 10 ^ (-0.301 * 7000) = 10 ^ (-2107)
となりました。これがめちゃくちゃに文字を打ち込んだプログラムが動く確率となります。
これはどれくらい悲惨な数字なのでしょうか。無理を承知で開発作業に例えてみたいと思います。1日8時間で365日を休日無しでコーディングに費やしたとして、1秒に1文字の試行を行う方が1人で作業にあたると、その効率は
365*8*60*60 = 10512000 ≒ 10^7 (1年で打ち込むことができる文字数)
となります。すなわち動くプログラムが1年以内に完成する確率は10 ^ (-2100)となります。全然減りません。100億人が100億年かけても
{10 ^ (-2100)} * (10 ^ 10) * (10 ^ 10) = 10 ^ (-2100 + 10 + 10) = 10 ^ (-2080)
でしかありません。どこかで計算おかしくなってたらすみません。それでも等比級数的に大きくなりそうだという感覚は伝わるかと思います。また、2バイトコードを含まない限り、プログラムで使う文字の種類は128個より少なくて済みます。大文字小文字を区別しない言語ならば64bit以下になりそうです。
こんな素敵な考えは私が突然思いつくわけがありませんので元ネタがあります。サイエンスライターの鹿野司さんという方のブログです。
くねくね科学探検日記『6匹のサル』
http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2006/03/post_52.html
他にも、下のようなおもしろいエントリをいくつも書いておられます。
ニュータイプとは何者か
http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2007/12/post_112.html
象徴兵器・コロニー落とし
http://www.blwisdom.com/blog/shikano/archives/2007/12/post_115.html
このブログで私がおもしろいと思ったのは「人間とはなんて無力で、宇宙に比べてちっぽけな存在なんだ。」という方向に行かずに
まあ、ようするにランダムに文字をうつだけでは、意味があるものを作るのは不可能だってことなのだ。
それなのに、たいていの人は、非常に高い確率で、まともに読むことのできる文章を書くことができる。それは文字、文法、分脈、意味、作者の感性、その他の、低レベルから高レベルまでの様々なルールによって、確率がどんどん絞られていくからなんだろう。
一つの文章が産み出される事っていうのは、まさに奇跡といって良いんじゃないかな。
として「文章を書くって素晴らしい事だ」というように感じられるところです。
アセンブラから時代は流れ、ちょっとした処理なら数時間でもプログラムできるようになる言語はたくさんあります。数ヶ月も勉強に専念すればかなり複雑なプログラムを組む事ができるでしょう。プログラムが偶然に動く確率を考えてみると、プログラムを完成させることができるように教える力、それを学ぶ力というのはとても尊いものであるように思います。
というわけで、少しくらいバグがあっても許して下さい。
# この計算の後にこの記事を読むと感慨深いものがあります。
2000億行もの負の遺産――COBOLコードの近代化はどのように進めるべきか (1/3) - ITmedia エンタープライズ
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0801/21/news008.html