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褒める人は大局を見て詳細に褒め、貶す人は小局を見て大雑把に貶す

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1ヶ月前には30度を超える日もあったのに、と暖かかった日がうらめしい寒がりの大木です。
 
最近始まった話でもないですが、ネットの中ではやたらと批判する人でも、実際に会ってみると別人かと思うくらいおとなしいことがありますが、あれってハンドルを持つと性格が変わる、というアレでしょうか。それとも、酒を飲むと本性が出るというアレでしょうか。
 
僕はありがたいことに、会社員になりたての頃に褒めて育てていただいたので、褒めてもらう嬉しさを知っています。なので、自分も出来るだけ後輩や部下を褒めたい、と思ってきましたが、それでもチマチマしたところが気になってしまう、そんな自分の小さいところがダメだなあ、と落ち込むこともありました。
 
頻繁に人のことを褒める人と、やたらと貶す人。何が違うのかを考えているのですが、今のところの結論はタイトルどおり。
 
褒めることが出来る人は、細かいミスや不出来にとらわれず、もっと上を見ているように感じます。いわゆる「大局」ですね。大局的な視野をもって物事を捉えているので、チマチマしたことに腹を立てない。しかし、褒めることは具体的に褒めるのですね。意外と詳細な部分を見ているものです。褒められる立場からすれば、大雑把な褒め方をされても嬉しくありません。
 
「最近がんばってるねえ!」「なかなかいいねえ!」
 
何を褒めているのかわからないような褒め方は、たいして見てくれているように感じないのですね。だから、褒められてもあまり嬉しく感じない。
 
「昨日の資料、わかりやすくて良かったよ」「今朝のプレゼンは、前回に比べて格段に明るくてみんなに伝わっていたよ」
 
ああ、見てくれているなあ、という褒め方は嬉しいものです。僕もそうでした。
 
一方で、何かにつけて貶す人は、小局、そんな言葉はありませんが、大局の反対側、という意味です。そういう、チマチマしたところばかり見ている。ちょっとしたミスとか、本質とは関係ない問題を取り上げる。でも、具体的に説明するほどでもないから、結構大雑把な物言いになりがち。そういう人っていますよね。
 
叱ることは場合によって必要ですが、褒め上手になりたいと感じる今日この頃です。

Comment(2)

コメント

ardbeg32

逆に例えばお客様からの電話のメモで、5W1Hをお聞きせずに、結果お客様との約束をすっぽかすようなことに場合、失敗自体は小さなことでも笑い飛ばせないことが多いし、大雑把どころか実に詳細に指摘せざるを得ない。
てにをはがどうだとか敬語が間違ってるとか、直接的な失敗ではないこと(小局的)にいちいち目くじら立ててては叱る方も身が持ちませんが、何十回と同じポカミスを繰り返すのでは小局的に怒らざるを得ません。これが「叱る必要がある時」ならばいいのですが、客観的に見ると実にちまちまネチネチと叱ってるように見えるのが困ったものです。
褒めることに躊躇はしない方なのですが、なかなか褒めさせてくれない部下って大変・・・

>ardbeg32さん
ものすごく分かります。(苦笑)
僕は結構運命論者で、「彼(彼女)は、なぜここに来たのだろう」と考えるようにしています。来るべくして来た、おかげでこちらは不愉快になる反面、マネジメントスキルが向上する、とか。
腹も立ちますが、来た人を徹底的に指導してみて、それでダメなら排除の方向に動くようにしています。愚痴は言いたくないものですから。

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