オルタナティブ・ブログ > 「走れ!プロジェクトマネージャー!」 >

スマートデバイス導入プロ集団のイシン社長です。仕事に関係ない話題も多いです。

一(いち)サラリーマンでいるより、名指しでけなされる人間になる

»

「集団責任」という言葉があります。日本的には、個人が目立つことを嫌い、組織的に行動することを求められることが多いようです。「隣組」という言葉もありますよね。

1940年(昭和15年)に内務省が布告した「部落會町内會等調整整備要綱」(隣組強化法)によって制度化される。5軒から10軒の世帯を一組とし、団結や地方自治の進行を促し、戦争での住民の動員や物資の供出、統制物の配給、空襲での防空活動などを行った。また、思想統制や住民同士の双方監視の役目も担っていた。

 お互いを助け合う機能がある一方で、監視する機能も持っているようです。現代的に言えば、セキュリティとも言える一方で、一人抜きんでている人間を嫌う傾向があるようです。前職では、できの悪い人間が集団であちこちに悪口を言って回るような人たちが一部にいましたが、まあそういう連中は今でもそんな程度。

 今朝の日経新聞のスポーツ欄に、カズ(三浦知良サッカー選手)がコラムを書いています。アウェーで野次られたことに腹を立てる選手に対して書いたもので、

ブラジルで最初は「ジャポネーゼ」とバカにされた僕が、やがて「カズ、バカ野郎」とやじられたときは感慨深かった。日本人というくくりを超え、個人として認められたんだなあと。

 カズは若い頃、日本ではサッカーがメジャーではなかったこともあり、単身ブラジルに渡ります。当時は、日本ではJリーグもなく、ブラジルでは盛んだったからなんでしょうね。そのカズも、最初は子供扱い。なんだか日本とかいうところから来たらしいぞ、くらいにしか思われていなかったカズが、だんだんと目立ってきます。結果を出すのだから、敵チームのサポーターとしては面白くない。名指しで野次るわけです。

 一(いち)サラリーマンでいることを批判するつもりもありませんし、団体で結果を出すことは素晴らしいと思っています。しかし、それは決して優秀な個人の足を引っ張ることではないんですよね。優秀な個人が集団になってこそ、本当に強い組織になるのだと思います。新・ぶら下がり社員なんて言葉があるようですが、自らそういう人間になる必要はないですよね。同じ批判されるのなら、抜きん出て批判されたいものです。

Comment(0)