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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

情報を得るのが目的なら、もういい加減に「日本のメディアは駄目だという話」を止めるべきだと思う

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ごく個人的な考え方ではありますが、世の中にはそれぞれ主義主張を持った(ことになっている)報道機関が色んな形で存在し、たとえ同じ事象であってもそれぞれの立場と見方見え方から報道するのが筋だと思っています。簡単に言うと、ある事象に対して肯定的な報道もあれば否定的な報道もあって良いと思っています。大事なのはそれを受け取る側の姿勢の問題で、報道される内容を単に自分の主義主張との差分を計るためのモノだと思っているとすると「偏向報道である」とか「何故この話を報道しないのだ」とかいう話になると思うのですが、そもそも報道する側に意図があるわけで、それが醸成する「世の中の意見」的な何かのところまで考えてみれば、別にどこがナニをどういう風に報道していても腹が立つ事も無いよね、というのが私の個人的な考え方です。

この話、ずっと前から何度もエントリーに書いていて、自分の中では全くブレが無いのですが、あくまでも私個人の考え方。そして、それが「世間一般」な何かと微妙に違うのも理解しています。いや、むしろその差分を愉しんでいるのかもしれませんが。

 

「何故大マスコミはこれを伝えないのか」という意見に私が感じる矛盾

その軸には自分の知るところや知った事に対する取り扱いの是非を論じるという姿勢があるんじゃないかと思います。こんな大事な事を私は知ってるのだけれど、それを何故もっとマスコミはキチンと報道しないのかという主張ですね。中にはそれを色んな形でそれぞれの報道機関に伝え、それらの話を取り上げてもらうように頑張る人もいたりするのですが、一方では「大マスコミは駄目だ」と繰り返して言ってたりする。そもそも駄目だからあなたが何かを別の方法で伝えようとしているんでしょ?それと同じコトを否定している対象がやることを求めてどうするの?とか思ったりする事が実は結構あります。

ちょっと俺様スタンダード的な香りを感じます。

いや、もちろんそういう行動が知られていない(隠蔽されているとは言いません)何かを広く知らしめる切っ掛けになるのかもしれません。でも、ちょっと違うよなと思う事がまったくないか、完全に同調できるかと言うと、私自身はそうは思わない事があります。正直、あります。いや、個別のどの事象なのかとかは言いませんが。

 

「何故日本のメディアはそれを伝えないのか」という意見に私が感じる矛盾

何かの事象に対して日本のメディアはキチンと伝えていないのが問題であるという主旨の意見をたまに目にします。曰く、海外のメディアはこんなに伝えてるのに、何故なんだと。いや、この部分までは理解できます。気持ちは判ります。

でもそれが「メディアがキチンと伝えないから判らないんだよ」と言う風に話が摩り替わる事があります。もちろんそれが海外事情に関することであれば当然でしょうが、日本における何か、あるいは日本自体に対する意見的なものまで含めると、ちょっと違った側面を持つようになります。たとえば元々日本語を使う誰かが日本向けに書いたものであれば当然その言語の中での話になるわけですが、元々日本語を解さない人が書いた、あるいは日本の事をそもそも良く理解していない人向けに書かれたようなものだって当然多く流通しているわけで、それらが元になって例えば日本に対する意見と言うものが構成されて行くことは普通にあるわけです。でも、それがどうなの?ってのいうのをキチンと伝えてくれないから判らないんだよっていう意見が出始めるアタリから段々おかしくなってくる気がします。

だったらソースに自分であたれよ、という至極基本的な話に到達します。

どんな記事であれ、ソースが海外であれば必ず翻訳という作業が入ります。翻訳者の力量に追うところも多いですが、ソースの内容が書かれた背景や書いた人の立場立ち位置によっても当然色が付きます。偏向と言えるものがあるかもしれません。事実誤認と言えるものもあるかもしれません。あるいは非常に良く知った上での確信犯的なモノがあるかもしれません。

そんなの簡単にわからないよって?

だから普段からソースにあたるという行動が必要なんですよ。事前知識も無く、流れも理解しないままTwitterのTLやFacebookで流れてきた何かにいきなり飛びつくのはなんだかなぁという話。

 

多様性と均一性を同時に求める矛盾

誰がどういう主旨と意図を持って何を伝えるのかという話は、いわばメディアの存在の根幹です。いわゆる既存のメディア批判の中には「知るべき話を伝えないメディアが悪い」という話が多く見られる気がするのですが、多様な情報を求める気持ちのどこかで同質な情報がメディア各社から流れてくるのを求めてるように見える事が時々(いや頻繁に?)あるような気がしています。

もちろん、私がそう思うのはあくまで私の観測範囲から私が得る情報に対する感想ですが、正直な話、自分が求める情報は自分でたどり着くもので、それを自分の目の前のメディアが報道しないのを批判するのはちょっと違うんじゃないかと思うんですね。

だって、そもそもインターネットがこれだけ普及し、どんな情報にもたどり着けるぜと盛り上がっていながら、結局自分の目の前に世界の全てが用意されないのは何故なんだよと言ってるようにしか見えないんです。

情報が欲しい?裏が取りたい?ならば自分でキチンと動こうよ。

もちろん玉石混交です。言語が何であれ、それは変わらない。別に日本語だけの世界と何ら変わらない、思想や文化の背景が違う分、もっと激しいかもしれない。でもその違いの存在と、違いの度合いを理解することが最終的に物事を理解する助けにもなるわけですから、そこは避けて通るべきではないと思うんです。そこを避けて文句を言い続けるのって、何だかなぁという思いを禁じえません。

あくまで個人的な感想ですが。

 

 

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