通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

正しい情報を流通させる唯一の方法は、自分が一次ソースではない情報を自ら一切流さないという解決策しかない

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普段でも色んな情報が流れます。ただ、震災の発生時点から情報の中身が変わったのは誰にも判る話。これまでも歴史上同じような事態は発生していましたし、それぞれの段階でそれぞれの中で出来る限りの情報流通が行われ、救援活動が行われ、再建への道を辿って来た訳です。

今回の大震災にあたっては、そこにSNSと呼ばれる一連のシステムが介在することによって情報の量も質も変わったとは思います。色んな情報が流れる。しかも瞬時に。誰かの口づてではありえないほどの速度で。あり得ない量が。

でも、それらの正確性を誰が担保するのか?

 

正確性を担保するものも無いまま「情報」が流れてゆく状態

あらゆる情報が正しいとは思いません。何かしら流言飛語の類はでてきます。これは仕方が無い。ただ、流れる情報の中に正しいモノもある。誰かがキチンと正確性を担保できる、誰かがそれの正統性を担保できる情報としてです。

ただし、誰かが責任を持って流した情報であっても後から訂正されることや否定されるモノもあります。でもその行為自体も一定の責任において行われること。

で、それらが改変されることなく流れて行く事によって整理される物事があることが大事、あるいは物事が混乱なく進むのが大事だったりする訳です。因みにいわゆる大本営発表だけを信じろという事は言いません。ただし、一定の責任に基づいて発表される情報、流れてゆく情報というのは尊重するべきだとは思います。

それにたいして色んな人や何かしらの主体が何らかの意図を持って、あるいは不用意に何も考えずに不正確な情報を流すような状況というのは口づてだけの時代から何ら変わりません。問題はそれらが伝わる速度が早くなったであろう事と、物理的な人の声など届かない何キロも何百キロも先の人たちとその情報を共有出来ていしまうこと。

たとえば自分自身がある場所にいて、ここでどうなっているという話を流すのは問題ないと思います。たとえそれが「事実」の一部分だとしても、間違いなくそれはその主体の見ている「事実」ですから。

問題はそれらの情報の一部を切り取ったり改変したり、果ては名前だけをそのまま使って別の情報に変えてしまうような事があるわけです。これは文献における引用参照問題と全く根は同じだと思いますが、それが混乱時に見られた場合に引き起こす状況というのは、多分引用や改変をした本人が想像すら付かない状況を引き起こしかねません。

でも、誰がどの情報が正しいかを担保できるのか?

 

正確性を担保できないなら無駄に喋るな!

単純な感想なら別にどうでも良いと思います。どこで何を言っても別にかまわないとおもいます。ただ、どこで何が起きているとか、こうしてほしい人がいるとか、こうしたいんだけど誰か参加してくれないかとか、何かしら誰かに行動を起こさせてしまうようなモノについては、誰かに伝える前に一度深呼吸して考えるべきだと思います。

それはSNSだろうが、口づてだろうが同じだと思います。

もちろん悲劇的な話や苦労話っていうのは話題にしやすい。でも、それが単なる飲み屋の憂さ晴らしでの話ならともかく、それでは済まされない事っていうのが現実にあるわけです。

いったい誰がトイレットペーパーが無くなる!って言ったんだ?
いったい誰がガソリンを満タンにしろ!と言ったんだ?
いったい誰が牛乳を買わないと無くなるぞ!と言ったんだ?

誰かと対面で喋るときも、ネット上で何か発言するときも全く同じだと思います。良く判った仲間内の話であっても、それを誰かが横で聞いてしまい、それが「いや、こんな話があるみたいだよ…」となるかもしれません。

 

別に何も喋るなとか、政府なりの発表をひたすら待てなんてことは言いません。でも、正確性が命取りになるほどの状況であればこそ、正確性を担保できない事は自分から言い出すな!人に伝えるな!と思います。

軽い一言が本当に命に関わってくることもあるのだから。

 

Comment(4)

コメント

坂井恵

もちろん、スキルを持ってることが前提ですが、

正しいかもしれない情報に対して、自分が一次ソースを見つけて、
一次ソースを付加したうえで、流す方がいいのではないでしょうか?

正しくない情報についても、正しくないことを証明する一次ソースを見つけて、
一次ソースを付加したうえで、正しくないことを送りもとに連絡する方がいいのでは?

自分自身で判断するためにも、
一次ソースを探す努力はするべきかと、個人的には思います。

今回、色々なクラウドが(CDNやサーバー系のリソース)無償利用できるようになり、
それらを使って、アクセスが集中した行政機関などの
色々な一次ソースを確保するように行動した人がたくさんいます。

その人たちが、正確な一次ソースを構築したか。
を担保できるのかという問題はあると思いますが、

坂井恵さん、コメントありがとうございます。
 
でもそもそもN対Nで繋がる世界のなかで、誰がマトモに動いているのかという事を判別するという行為自体が難しく、今回のような状況でそれを判断するのは更に難しいという現実はあると思います。で、結果的に信頼のおける元々からの知人などとの間でのやり取りが何らかの情報を得る入り口となるケースも多いのではないかという気がします。少なくとも私の場合には結局そうなっています。
 
また、見つけた一次ソースの情報を加えた情報ってのは既に二次ソースであって…とか禅問答に入り込む余地もあるので、どこまで厳密に追い込むのかというのが問題なんですけどね。

坂井恵

ごめんなさい、私の書き方が悪かったです。
なお、前回のメールアドレスは、live.jp のアカウントだったかもしれません。

私や、私の周りが行ったことは、渡された情報に対して、
・信頼に足る、複数の一次ソースを見つけ、
・その一次ソースへのアクセス方法を記載し、
・情報を渡された人が、確実に一次ソースにアクセスできる。
状態で、人に情報を提示する。

ということです。
知人や、誰かが言ったことではなく、
信頼に足る一次ソースが存在し、間違いないものであることを明示する努力が必要かと。
だから、スキルが必要なのですが。

今回、西日本で節電を求めるチェーンメールが流れてきた時、
・電力会社が提示している情報
・平松大阪市長のつぶやき、もう東日本に送電をしていること、送電量は限界の100万kW
・wikipedia で、周波数変換能力が、100万kWであること
の3点を付加して、情報を送ってきた人に返しました。

流さないことではなく、信頼に足る一次ソースを見つけて、付加して
情報を確認して流すことが必要かと。

そのために、今回、各クラウドやCDNが無償提供されて、
公的機関のサイトを守ろうとしたと思っています。

坂井恵さん、コメントありがとうございます。
 
そうですね。全ての人が同じように行動してくれれば多分デマと分類される情報が流れる心配は無いのですが、現実には非常に難しいものじゃないかと思います。
 
例えば私の知人が、私が見聞きする限り明らかにそれは違うぞという情報を持って何か行動を起こそうとしているときに、それを訂正する為に情報の裏を取って教えてあげるという行動を取ることは、もちろんあります。この「裏取り」という行為がまさに情報源とそもそもの情報の確認と言うことになるわけですが、いずれにせよ自分自身についての話以外は誰かが正確性を担保する(あるいは誰も担保しない)ものであるわけで、その担保の信用力をどこまで証明できるか…
 
実はココから先が前のコメントで最後にちらっと触れた「禅問答」の部分なのですが、いずれにせよ明らかに流言飛語と思われる内容については多くの人が否定する声が見えるようになったのが一つの収穫なのかもしれないなと、最近の流れを見ていて思います。

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