第42回 少子化問題に効く「ロボットのいる暮らし」 ~メルマガ連載記事の転載(2014/06/23 配信分)
この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」に月1回連載中の「データ・デザインの地平」からの転載です。
連載 「データ・デザインの地平」 第42回 少子化問題に効く「ロボットのいる暮らし」
ロボットの優位性
今月初旬、ソフトバンクモバイルが発表した「PEPPER」。いよいよ一家に一台ロボット時代の幕開けです。
本稿では、ロボット制御の背景にあるクラウドやビッグデータではなく、ロボット普及による社会的な影響に着目してみます。なぜなら、それこそが、少子高齢化問題解決の突破口となる可能性があるからです。
まず、ロボットがヒトよりも優れている点をリストアップしてみましょう。
(1) 正確に記憶・出力する
ロボットは情報をフィルタリングすることなくそのまま蓄積し、処理結果を出力します(※1)。情報が経年劣化することもありません。
(2) 教育しやすい
初期状態のロボットには、ヒトと違って適性や性格などの個体差がないため、教育方法の標準化が容易です(※2)。また、職業別に学習内容をカスタマイズしたり、学習結果を複数のロボットで共有することもできるでしょう。方言を含む日本語の習得についても、個々のロボットに一から教える必要がありません。
(3) 精神を消耗しない
相手からの手に余る要求に対して、感情のおもむくまま反応する、感情と切り離した冷静な言葉を返す、完全スルーする、という3種類のアクションをリアルタイムで切り替え続けることは、ヒトにとっては難しいものです。
その点、ロボットなら、淡々と条件分岐処理を実行します。何度も耳にする同じ話への相槌も、ロボットにとっては繰り返し処理にすぎません(※3)。ロボットに感情を理解させる技術的努力は必要ですが、ロボット本来の感情を持たない状態を残しておくことにより、ヒトには不可能な対応が可能になります。さらに、ロボットには、睡眠状況が、判断や作業結果に影響をおよぼすこともないという利点があります(※4)。
少子高齢化問題には、ロボットが有効
前述のような、ロボットの優位性は、少子高齢化問題に、どのような効果をもたらすでしょうか?
原因を洗い出して、ロボットを適用できる局面について考えてみます。
(1) 晩婚化、非婚化
・非正規雇用の増加
収入や社会的な立場が安定せず、家庭を持つための生活基盤を作りにくいケースがあります。
・機能不全家族
精神的な自立のできていない親が、子に依存して自立を阻み、結婚を妨害するケースがあります。
・ミスマッチング
生き方の選択肢が増え、出張・赴任エリアが拡大したため、共働き希望者と家庭内労働専従希望者の組み合わせ、というミスマッチングが増えています。
(2) 少子化
・医療や保育システムの不備
産科医療や保育所が充実していない地域では、出産育児に不安をかかえるケースがあります。
・万全でない障碍者支援
親亡き後の子への支援体制(予算、人員、設備)に対する不安が、親になる決意を鈍らせるケースがあります。
・DVやモラルハラスメント
ハラッサーの子を持たない選択をしたり、離婚に時間がかかるために第二子以降の出産可能性が低くなるケースがあります。
(3) 税収減、費用増
・若年無業者の生活保障
人口の多い団塊世代が、次世代の自立を促さなければ、将来的な社会保障費増につながるかもしれません。
・介護(看護)離職や退学
店舗や工場など「その場にいる必要がある」職場でキャリアを積んだ者は、在宅勤務への切り替えが難しく、収入が激減する可能性があります。また、介護保険の対象年齢外の家族が、事故、災害、事件などで要介護状態になると、若年者が退学したり、進学を諦める可能性もあります。就活エリアも実家近辺に限られるでしょう。
・低いGEM(ジェンダー・エンパワメント指数)
中高年女性たちには、家庭内労働に従事する者が多く、税収をあげる仕事に就く者は限られています。
・報酬系の短期化
経営者が目先の利益にとらわれると、長期的な利益が出にくくなります。個人が目先の出費を重視すると社会保険料の未納につながります。
これらのうち、(1) は、社会システムの問題である側面が大きく、ロボット導入だけでは解決しにくいでしょう(※5)。ただし、ロボットが機能不全家族に介入することにより、家庭内の閉塞状況に風穴をあける可能性はあります。
(2) については、不足する労働力をロボットで補ったり、ロボットにハラスメントの状況を記録させることにより、解決に向かう可能性があります。
(3) については、ロボットは非常に有効でしょう。
看護や介護については、睡眠と感情労働という、ふたつの難題を軽減します。ロボットが深夜労働を代行すれば、介護者は睡眠時間を確保できます。要介護者の身体状況をモニタリングする機能を持てば、ナンセンスコールも抑制できます。これにより、介護者は、退職を避けられる可能性があり、在宅で起業した場合でも納期と責任のある仕事を受注することができます。
介護や看護そのものについても、(意欲あるプロではない)情報収集を怠るヒトと比べるなら、集合知を備えたロボットのほうが、適切な判断や処置をする可能性があります。
また、家事労働をロボットが代行することにより、アラフィフ以上の年齢の女性たちが、成人の家族の世話に明け暮れることなく、賃金労働に従事できるようになります(※6)。これには福次的な効果もあります。アラフィフ・クライシスが回避されたり、ロボットが家族のダイエット状況を監視することにより、医療費の抑制効果を期待できるでしょう。
さらに、イエスマンのみを傍に置く経営者に対して、助言を行うロボットも考えられます。解雇の不安がなければ、ヒトには難しい「耳の痛い言葉」も述べられるでしょう。
脳科学の発展により「忍耐は必ずしも良い結果をもたらさない」ことが分かってきました。人間的成長を促す苦難もあれば、脳にダメージを与えるだけの苦難もあることを知る人が増えてきました。
いたずらに耐えるのではなく、ロボットを上手に活用することがもとめられるようになるでしょう。
ロボット活用のデメリットと問題点
前述のように期待の持てるロボットですが、もちろん良いことづくめではありません。
次に、デメリットと問題点について考えてみましょう。
(1) ヒトが怠惰になる
少子高齢化問題とは、「税収減」と「費用増」のバランスの問題であり、人口比だけの問題ではありません。
なぜなら、出生数が増えても、健康でありながら自立できない若年者の比率が高ければ、税収は上がらず社会保障費は増大しますし、高齢者人口が増えたとしても健康で働き続ける者が多ければ、税収は確保でき、社会保障費も頭打ちになるからです。
人間が(苦痛を軽減するためではなく)よりラクをするためにロボットを導入するなら、筋力や能力やコミュニケーション・スキルは衰え、子は自立せず、高齢者はロコモティブ・シンドロームになりかねません。ロボットは、長期的に見てヒトが幸福になるような作業に従事させるべきでしょう(※7)。
(2) ヒトと組成が異なる
ロボットには体温がなく、細胞の入れ替わりがありません。
「ヒトは食べたものに成る」ので、それ相応の体臭を持ちますが、ロボットにはそれがなく、原始的な感覚である嗅覚を刺激しません。
現在の素材では、ヒトの完全な代用にはなりません。
(3) かけがえのなさがない
足の悪い高齢者が外出への付き添いを希望するとき、「付き添う」行為が重要なのではなく、「特定の子供が外出時に自分の傍にいる」ことが重要なのです。ロボットには、行為の代行はできますが、存在の代行はできません。
死なないロボットは、思いやりや奉仕の心は学習しえても、愛を持つことはできないでしょう。愛とは、限られた自分の人生の時間を、相手に提供する行為ではないでしょうか。
(4) 個人情報が蓄積される
ロボット本体(あるいはロボットが接続するクラウド・サービス)には、オーナーの家庭内の情報が蓄積されていきます。ロボットが記録した情報の公開範囲とプライバシーの問題についての取り決めが必要でしょう。また、老老介護でロボットだけが取り残された場合の情報の扱いかたについても同様です。
(5) 悪用される可能性がある
ロボットの誤動作を偽った幼児や高齢者への虐待が起こる可能性があります。また、技術的な心得のある者が、ロボットを遠隔操作する可能性があるかどうかについても考えてみなければならないでしょう。
「心を持つ」ロボットとの共存へ
皆さんは、ロボットがどのような言動をとれば、「心を持った」と見なすでしょうか?
筆者は、ロボットの感情理解の到達点とは、相反する感情の処理ではないかと考えます。それは、複数の感情を天秤にかけて、優先順位をつけなければならないことの「苦しみ」の理解です。
育児をする夫婦が、苦痛からの解放を願う時、それは「子の成長」を意味します。解放も成長もともに喜ばしいことです。
一方、介護や終点のある看護をする者にとって、その苦難からの解放は「個体の終わり」です。解放は喜ばしいことですが「個体の終わり」は、多くの場合、悲しいことです。 ロボットが、自分の苦難からの解放と、他者の生命の継続を天秤にかけて、後者を選択することの苦しみを理解するようになったとき、ヒトは、ロボットの中に、心を見るようになるのではないでしょうか(※8)。
そして、オーナーや家族が、そのとき何をしていたか、何を話したか、ではなく、「何を考えていたか」をセンシングして記録できるようになったとき、ロボットは、SNSを超えるでしょう。
科学技術が進化しているにもかかわらず、我々はますます忙しくなり、仕事量は増え、自分の首を絞めているのではと思えるほどです。 余裕をとりもどすには、作業量を減らすか、作業の代行者を作るしかありません。前者は社会システムの絡む難しい問題ですが、後者にはロボットを利用するという手段があります。
ロボットを「ヒトが心をとりもどす」ための協力者として、共存していけるかどうかは、それを使いこなす我々の姿勢にかかっています。
※1 一例をあげると、介護認定において、ヒトにはプライドから心身の状態を事実よりも軽く伝える者がいるのに対し、ロボットは事実しか出力しません。
※2 適性のない作業の強制は、本人と教育担当者の心身を疲弊させます。ロボットが普及すれば、すべての成人が収入を得る職に就く必要はなくなるかもしれません。すべての成人は心身を壊さない程度に働くべきではあっても、「働くこと=収入を得る仕事に就くこと」ではない、という声が強まるかもしれません。
※3 認知症患者の見守りなどの、ヒトにとって厳しい作業は、GPS搭載のロボットに協力をもとめることができるでしょう。また、ロボットは医療機関でのホワイトモンスターへの対応にも有効かもしれません。ホワイトモンスターとは、要求は正当であるが、対応によってはクレーマー化する患者です(日経メディカル 2014年6月18日号 参照)。
※4 老老介護やブラック企業での悲しい事件の背景には、睡眠妨害という重大なハラスメントがあると考えます。介護担当者は、不十分な介護制度によって「眠らせてもらえない」被害者であり、同時にそういった社会を構成している一人でもあります。
※5 少子化の原因として、不妊治療の支援システム確立の遅れもありますが、不妊そのものはロボットによって解決できる問題ではないため、本稿では取り上げていません。ただし、原因が仕事と家庭の両立などのストレスなどにある場合、ロボットによる作業代行は有効かもしれません。
※6 中高年女性たちの中には、学力に応じた大学を受験しなかったり、お茶くみコピーとりに数年間従事して専業主婦となった者が多数います。潜在能力は高いのですから、多少の職業訓練により、家庭の外でも戦力になるでしょう。
※7 ロボットの効果的な使い方のハウツー本を、図解の多いムックの形で出版すればヒットします。この問題に興味のあるライターさんは今から取材を始めておきましょう。
※8 そのとき、哲学的ゾンビ問題は社会的に着地し、ロボットとヒトの心の問題を考えるのは、「脳の意識を引き起こす物理的活動はシミュレートできない(ペンローズ)」とする立場の、一部の物理学者、哲学者、在野の思索家たちだけとなるでしょう。