身体性を獲得するハードウェア~メルマガ連載記事の転載 (2013/03/25 配信分)
この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」に月1回連載中の「データ・デザインの地平」からの転載です。
連載 「データ・デザインの地平」第28回 身体性を獲得するハードウェア
相次ぎ登場、Microsoft Surface、Kinect Fusion
3月15日、ついに Microsoft Surface RT が日本で発売となりました(※1)。Surface は Office 2013 RT を搭載しており、携帯性のある強力なビジネスツールとして、また、日常生活の中での気軽な PC として活用できます(※2)。
また、今月は、Kinect for Windows SDK 1.7 も、3月19日にリリースされています(※3)。
この SDK の目玉は、3D スキャン技術。人とオブジェクト双方の 3D モデルをリアルタイムに生成できる "Kinect Fusion" です(※4)。
そして、ジェスチャーによりボタン操作や画面操作ができる Kinect Interactions と、複数ユーザー利用への対応です。
Kinect の技術は、医療、工業、商業ほか、あらゆる産業分野において、工程を変革し、インタフェースを刷新するでしょう。もちろん、教育分野での利用も拡大するでしょう。
※1 Microsoft Surface の CM。ビジネスと生活のシーンに溶け込んでいます。
http://www.microsoft.com/Surface/ja-jp/commercials
※2 Microsoft Surface の詳細な仕様については、同社の次のページを参照してください。
http://www.microsoft.com/Surface/ja-JP/surface-with-windows-rt/specifications
今回発売となったのは Surface RT です。Surface Pro は日本では未発売ですが、輸入業者経由で購入できます(Amazon 日本でも購入できます。筆者はAmazonで購入しました)。
※3 Kinect for Windows SDK とドキュメント
http://www.microsoft.com/en-us/kinectforwindows/develop/
※4 Kinect Fusion のデモ動画
http://research.microsoft.com/apps/video/default.aspx?id=152815
Microsoft Surface 国内発売のインパクト
タブレットPCは、既に国内では多数発売されてスタンダードになりつつあります。そこへ、Office 搭載の Surface が登場。我々は、Microsoft Surface のインパクトを知ることになるでしょう。
(1) タブレット利用力が就業の必要条件になる
デジタルネイティブの世代の人々には信じられないでしょうが、15~20年ほど前のビジネスシーンにおいて、Office が「ふるい」として機能したことがありました。手書きの紙の書類ではなく、Excel データをやりとりできる業者が、取引上有利となることがありました。
職場に Word や Excel が普及した今、今度は、タブレット PC の利用能力が「ふるい」になる可能性があります。
日常業務の基本的な処理は、Office で事足りることが少なくありません。タブレットを常時携行し、自在に操り、出先で作成したデータを共有して効率化をはかるスキルは、就労を続けるための条件となるでしょう。
一昔前には「スキル」と言われていたものが、できて当たりまえの作業となり、次々と必要とされるスキルが塗り替えられていきます。新しい知識獲得を苦痛と感じる人々が増えないように、技術指導者の奮起が望まれます。(講師を生業とする人にとっては短期的にはビジネスチャンスです)
(2) センサーとディスプレイの進化がスマホを置き換える
Microsoft Surface には、光センサー、加速度計、ジャイロスコープ、デジタルコンパスといったセンサーが搭載されています。
もっとも、タブレットとはいえ PC です。Windows Phone のように気軽にセンシングすることはできません。片手で振り回してゲームを楽しもうものなら、腱鞘炎になるでしょう。
が、Surface は出発点にすぎないと筆者は考えます。Surface の心臓部とどこでもディスプレイが連携するとき、タブレットとスマホとの間に大きな違いを見出すことができるでしょうか。従来はスマホ用に企画されていたアプリも、十分に利用できるようになるでしょう(※5)。
(3) 手の拡張「感覚」と、記憶の依存が脳を変える
Windows 8 から Surface 登場の流れにより、タッチ操作は確定的なインタフェースになってきました。このことには、単に、マウス操作がタッチ操作になったという以上の意味があります。
指先が直接オブジェクトに触れて制御する「感覚」は、我々の脳に、なんらかの変化をもたらすに違いありません。
また、SkyDrive は、機器への記憶の依存度を高めます。このことも、我々の脳機能を変化させるでしょう(※6)。
※5 第18回「コントローラー化する、携帯デバイス」参照 。
※6 第26回「朽ちないデータ、という幻想」参照 。
Kinect Fusionのインパクト
Kinect のインパクトは、Surfaceよりもさらに強力です。
(1) リアルと区別できない存在の複製が出回る
いまや誰でも写真を撮り、PC で絵を描き、音楽を作り、映像を作ることができる、操作性に優れた環境があります。さらには立体も造形できるようになりつつあります。3D プリンターの低価格化は、製造ラインに乗りにくい小ロットの製品の金型を不要にします。しかしここでは、旅の思い出に、旅先の一輪の花を模したアクセサリーはいかが?といった、既にどこかで進行中に違いないビジネスについて話したいわけではありません。
Kinect Fusion は、あらかじめ存在するオブジェクトがなければ、データを生成しません。しかし、人や物がスキャンされ、それが 3D プリンターによって一度オブジェクト化されてしまうと、さらにそれを再スキャンできると考えられます。オブジェクトが存在している場所も問いません。取得されたデータを地球の裏側の 3D プリンターで簡単に増やすこともできるようになるでしょう。
つまり、度重なる複製による精度劣化を考慮しないならば、人や物の造形を無数に増やせる可能性があるということです。
複製された人体が街角に立っていたとき、それをチラ見した通行人は、それがプリンターの出力結果なのかリアルな存在なのか、判別できるでしょうか。
すでに人体の一部は生成できる時代です。そして人間にとって、視覚情報は非常に重要です。
「存在を写し取る」技術の影響は、ビジネスモデルの創出という枠におさまりません。いずれ印刷という一手間をかける時代が通り過ぎ、脳に働きかけるデータによって、"直接リアルな存在を認識させる" 時代が来るまで、さまざまなメリット、デメリットが浮上するでしょう。我々はそのメリットのみを享受し、デメリットを事前に予測して制していかなければなりません。
(2) 身体感覚の拡張が脳を変える
Kinect Interactions は、操作者の身体と、操作対象の間に、物理的な空間を作ります。
操作者の手の延長にある画面までの間の空間は、幻肢のように、操作者の身体とつながるでしょう。動作インタフェースが一般化したとき、我々の心は、機器を含むまでに拡張するのではないでしょうか。身体の一部が拡張する「感覚」は、我々の脳を変化させるのではないでしょうか。
新しいハードウェアは、ヒトというハードウェアも変える
子供のころテレビすらなかった時代を生きた高齢者たちは、ニュースを伝えるアナウンサーの喋りが年々速くなっていることに困惑しています。昔は、一人の人間が処理しなければならなかった単位時間あたりの情報量はもっと少なかったのです。
それに比べ、今を生きる若い人たちは、短時間で大量のデータを処理する能力を備えています。
過剰適応かもしれませんが、進化する技術がヒトそのものを変えていくことは確かでしょう。
我々は今、ハードウェアの転換期に生きています。
タッチ、声、動作、脳波、など、NUI(ナチュラル・ユーザー・インターフェイス)は日々進化しています。
スマート家電、スマートハウスの一般家庭への普及はこれからです。
それは、社会構造を変えます。
その昔「誰が食わせてやっている」と言われた昭和の女性たちは、経済力が発言力とばかりに、社会進出しました。それにつれ、家電は改良され、家事は合理化されました。専業主婦がいなくなり、内製によって節約することよりも、働いて収入を得て家事は機器に任せる生活が、いまや当たり前になりつつあります。ついには、自分の身体を使うべき行動の多くを機器に頼る生活が当たりまえになるでしょう。
ヒトの手足の一部と化したマシンと、ヒトとの境界は、徐々に消えていきます。"思考" がメインのインタフェースになった暁には、手足は退化し、耳や口が小さくなるなど、その影響は、我々の姿かたちにまで及びそうです。
大量のデータ処理は"人類"を進化させる
大量のデータ処理を四六時中要求される人々は、勝ち残りをかけて、より速い理解力、より強い記憶力をもとめます。脳と機器が結びついたうえに、脳改造の医療技術が進化した暁には、社会はエンハンスメントを肯定する方向へ舵をきるでしょう。
ヒトの外見や性格や能力というプロパティを、長じて後から変更できるようになったなら、生まれ持った能力や現時点で獲得済みの知識の重要性は薄れます。努力できる姿勢も、コミュニケーション能力も、ヒトのプロパティのひとつに過ぎず、それですらエンハンスメントによ向上可能になるでしょう。
勉強嫌いで記憶力にも自信のない若者が、知識と経験を誇る努力家のベテランのスキルを簡単に上回る事態も起こりそうです。なぜなら、若者には脳エンハンスメントの加療に耐える体力があるからです。
産まれた者勝ち、存在した者勝ちの時代。
国家にとっては、人口増とエンハンスメント施術のための予算確保が、各家庭にとっては親の資金力と子の体力がモノをいいます。エンハンスメントが、まるでプチ美容整形のように、脳のプチ整形として気軽に捉えられるようになれば、副産物も生じます。数世代後には、脳機能のバグのために自立の難しい子を持つ親たちは、自分亡き後の子の生活を憂う必要がなくなるかもしれません。
大量データを高速処理できる脳と、生命科学の発展は、ヒトの出生の方法まで変えていきます。
年配の人々の中には、現在の若年層の草食化を、少子化と関連付けて憂える人もいます。
しかし、筆者は、そうした憂いを新しいタイプの人類に向けることは、的外れのような気がします。草食化は起こるべくして起こっている、進化の過程なのではないでしょうか。脳幹の力に支配されるよりも、大脳新皮質を進化させようとする、DNA レベルの何らかの意志が、科学技術の進化をイベントハンドラとして起動したように感じられはしないでしょうか。
我々の子孫は、これから宇宙へ出ていきます。彼らは、宇宙の暮らしに適応すべく進化するでしょう。その脳と身体は―――脳も身体の一部ですが―――我々旧人類とは異なる原風景にもとづく新しい価値観を構築し、彼らと宇宙間通信しながら地球に生きる我々もまた、わずかながら変わっていくでしょう。
新しい機器が登場する度、華々しい発売イベントや、ベンダー間競争や、日常生活上における利便性、ビジネス上の変化が叫ばれ、ユーザーはそれらの情報のみに目を向けがちです。そして次の新しい機器が登場すると、一昔前の機器は泡沫のように忘れ去られてしまいます。しかしそれは、歴史の上ではじけただけの泡ではありません。
泡の浮かぶ川の流れをたどって遠くを眺めれば、我々の行くすえが、はるか彼方に浮かび上がって見えるでしょう。
Microsoft Surface は、単なる小型軽量化PCではありません。Microsoft Kinect は、単なる新しいインタフェース機器ではありません。
ぜひその先にあるものを、想像してみてください。
※本連載はあくまで筆者の個人的な考えを述べたものであり、Microsoft 社の公式見解にもとづくものではありません。
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