いや、やっぱり聞いていただけなくても結構なんですがとりあえず垂れ流させてください

「UNIX USER」は「オープンソースマガジン」に生まれ変わります!

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 さて、一部で微妙な話題になっているようだが、私の職場で作っているUNIX/Linux雑誌、UNIX USERは、2005年11月8日発売号より「オープンソースマガジン」と誌名が変わる。

 誌名変更のコンセプトは、

「『UNIX USER』 はUNIX活用情報誌として創刊以来、UNIXをはじめ、近年ではLinux、Java等に関するソフトウェア/ハードウェア情報を提供し、企業内におけるサーバー管理業務や開発業務に携わるエンジニア読者を中心にご支持をいただいてまいりました。
現在ではオープンソースソフトウェアに代表される"オープンソース"への関心が高まり、本誌におきましても関連情報を取り上げており、大変ご好評頂いております。今回 『UNIX USER』 から 『オープンソースマガジン』 へと誌名を改めることで、"UNIX"を誌名で使用していることによる記事領域の限界を越え、UNIXを含めた広義の"オープンソース"記事領域を掲載し、これまで以上に読者のニーズに応えていく所存でございます。」(プレスリリースより)

ということなのだが、読者にとっては誌面の内容がどう変わるかが気になるところだろう。そこで、今日はUNIX USERがオープンソースマガジンになって何が変わるのか、ということを、いま公表できる範囲でご説明しよう。ただし、これらはあくまで予定であり、これから変更される可能性もあるので、一応のご参考にとどめていただきたい。

●基本的な誌面スタイルは変更なし

 オープンソースマガジンとなっても、誌面の体裁(雑誌自体のサイズ、段組など)は基本的には変わらない。ロゴは、ムックの形で出しているオープンソースマガジンのもの(http://www.unixuser.jp/参照)だ。毎号付録CD/DVDを付けるのもそのままだ。

●誌面コンセプトとしてはいままでのUNIX USER+α

 オープンソースマガジンとなったからといって、UNIXを切り捨てるわけではない。また、Windowsなど、UNIX系以外のOSに関しても積極的に取り上げていくことを予定している。

●誌面変更後も、ほとんどの連載は継続

 誌面変更後も、「Linuxカーネル解読室」「のに子のチャレンジざわーるど」「まつもとゆきひろのハッカーズ ライフ」「ディストリビューション・オフィシャルFAQ」「UNIX処方箋」「NSUG通信」「でびあん通信」など、現在の連載記事はほぼそのまま継続される。また、FreeBSD関連の連載も予定している。

●誌面変更後はインタビュー記事や、開発者コミュニティ関連の記事を強化

 ハードウェア・ソフトウェア関連の技術的な記事だけでなく、オープンソースを取り巻く環境についても注目し、積極的に取り上げていく。

●より高密度で幅広いテクニカルな解説記事を展開

 ソフトウェアやWebの活用法、障害対策など、技術関連の記事もいままで以上に幅広く、濃く取り上げていく予定だ。また、入門者向けの記事も企画している。

 ほかにも、さまざまな企画案が編集部内で飛び交っており、いままでのUNIX USERを踏襲しながらも新要素が多く詰め込まれた、いままでにないコンピューター関連雑誌が完成する予感だ。「新要素が詰め込まれたUNIX USER」オープンソースマガジン、請うご期待!

Comment(6)

コメント

胡桃

UNIX USER の雑誌名の変更ですか。
影さん、巌さん、(加藤さん)、なべさんという編集長4代続きいた雑誌も終わりですか。感無量ですね。それにしても付録のLIBCD、よく続きましたね。初回2回ほどテストで出して(ここが、影さんらしい大胆さでありんした。)、以降、ず~~と続いたわけですから。この貢献は巌さんですね。とっかかりは、初代の影さんですが。じつになにも考えない人でした。そうそう、影さんの最高傑作のUNIX業界への貢献は、Sparc Classic が出たとき、これの開発コンパイラがSunから高い値段でした出ていなくって皆さんこまった時代がありました。そこで、FD10枚で、gcc、as、ld を入れた特別キットを希望者のみ付録で出したことです。あと、雑誌に直接CDを付けるというのは、どのPC雑誌よりも一番最初に、UNIX USERがやったのですよ。ゲーマー雑誌よりもずっと初期です。

UNIX USERが低迷したのは、加藤さんの時代にかなりスタイル変わったからな。

そうそう最後に大ネタ、今のYahooの大社長、井上氏は、泉岳寺時代に、孫さんの椅子もってUNIX USER編集部に居候していたことあるのですよ。たしかこの椅子、浜町まで(おっと、箱崎もあったかな。)ありましたね。

別話題、オープンソース、オラリーのTimたちが考えた言葉らいしいですね。Stallman のFree Sotware という言葉/行動(正確には、Drop on the Public Domain)にある原理主義に対抗して、つくり出した言葉ですからね。ま、時代の流れでしょう。

さくぞう

>どのPC雑誌よりも一番最初に

SBの中で一番最初は実は「Oh!FMTOWNS 特別号」
(太っ腹CD-ROM)だったりしますが、
レギュラーという意味ではUNIXUSERが一番最初ですね
('93/09月。当時は流通上MOOKという形式でしか
 CD-ROMはおろか、FDも付録添付できませんでした。
 何故だったんだろう)。
ちなみに、
そのCD-ROM添付開始2ヵ月後に「MacUser」が創刊。
CD-ROMの大容量を思い知る号、でもありました。

胡桃

Oh!FMTOWNSのMOOKが最初だったんですか。知らんかった。UNIX USERは最初からFDが付録になっていましたね。そうそう、当時の付録ですが流通では別々に分けられていて、各書店で雑誌に入れ込むという話でした。(後日、私の社に就職した人間が、学生時代バイト先の書店で、この作業やらさせていたそうで。)
雑誌の中にページ方式で閉じこむ方式を考え出したのも、たしかUNIX USERが最初ではないかな?
ニッチなカテゴリ、PC UNIXブームとすべてがそろったGood Timingだったのでしょうね。UNIX Magazine派からすると、記事内容はひどいという批判はありましたが、UNIX USERは日本でPC UNIXを一番広めた雑誌だと思います。あのX本シリーズでのし上がったTimですら、自分ところの書籍でできなかったCDROMを定期雑誌でやっていたわけですからね。雑誌、書籍が分からない社長さんだったからよかったのでしょう。:-)アスキー(現在のインプレスですか。書籍の責任者は。)とか、技評、CQ出版等すべての書籍系は大胆な行動にはでる勇気なかったでしょうから。

mohno

> CD-ROMはおろか、FDも付録添付できませんでした。
5インチFDはいいけど、3.5インチFDやCD-ROMはダメ、というのは付録として金具(金属)が許されていなかったから、と聞いたことがあります。
はじめてレギュラーでFD添付を始めた某誌が、当時10月号でCDを付けるために、9月号を10月号との合併号にして、10月号をムックで出した、ということがありました。が、事情を知らなかったので、「あれ? 9/10で合併号って、10月号はどうなるの?」と、慌てて編集部に電話したことがありました^_^;

aonoto

横から、しかも本題から外れたコメントですみません。

> SBの中で一番最初は実は「Oh!FMTOWNS 特別号」
> (太っ腹CD-ROM)だったりしますが、

当時(本体もないのに)購入したので感慨を覚えます。
棚の奥から引っ張り出してきたのでいくつか気付いたところを
補足したいと思います。

- 1989年8月号のことで、当時はまだ「Oh!FM」でした。
(Oh!FM TOWNSに誌名変更されたのは1991年)

- さくぞう さんも述べられている制限があったことにより、
(当初意図はしていなかったように編集後記から読み取れるの
ですが)付録の交換券を主要書店・PCショップ・
日本ソフトバンク(当時)の営業所(または郵送)で交換する形と
なったようです。この号は雑誌形態だったようです。

- 正確な名称は「太っ腹 No.1」でした。

さくぞう

>aonotoさん
はい。全くもっておっしゃるとおりです。
記憶の範囲で語ることの稚拙さと、
ご覧頂いている方々の溢れんばかりの愛情を
ひしひしと感じます。

記述したあと、現物を目の当たりにして
(机の引き出しに未開封のものがありました)
ご指摘の点確認しました、って未開封なので
けっこう高価だったりして。

あ、松島くん本題それちゃってゴメンネ。

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