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「脳内ビジネス」の話はまたにします!

人垂らしのM社長

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M社長と最初に会ったのは今から20年近く前だったと思います。

当時私はまだ会社を起したばかりで、1名バイトを雇っては定着せず、あるいはうまく使いこなせず辞めてもらったり、ということを繰り返していた時期でした。

そんな2人乗りの小舟すらうまく操舵できない時期に、M社長は従業員を15人くらい雇っている大型船の船長でした。頭は薄くなってましたがどうしたってカッコイイです。

M社長はいわゆる「人垂らし」系のおじさんでした。知り合った人には、すぐに人なつっこい目をして、あだ名で呼んでくるタイプでした。

「しまちゃーん。今度パソコン買おうと思うんだけど何がいいと思うー?」

「しまちゃーん。こういうソフトを作ったら儲かると思わない?」

「しまちゃーん。お客さんがLANってのを組みたいっていうんだけどできる?」

などという感じで、私はM社長とはまだ知り合って半年足らずなのにもかかわらず、いろいろとご相談をいただいていました。ほとんどお金には結びつきませんでしたが。

しかし、急に1年くらい連絡が途絶えた時期がありました。当時はSNSなどもありませんでしたから、どうしているのか「なんとなく」知ることはできません。

Eメールという文明の利器はありましたが、改まって「いかがお過ごしですか」などと聞くのもおかしいので、なんとなく気にはなっていましたがそのままにしていました。

そんなあるとき、突然M社長から電話がかかってきて「しまちゃん、おおきな仕事が入りそうだよ。一緒にやろう!」と言われました。

それは大手の中古バイク店とタイアップして、当時注目されつつあったBMWとかドゥカティとかの輸入大型バイクをレンタルする、という事業でした。

M社長が足と組織力を使って営業をし、そのバイクの紹介ページや申込フォームや契約管理のシステムを私が作る、というような切り分けでした。

私にとっては、かなり大きな仕事で気合いが入りました。

と言っても、当時の私は会社と言ってもまだ名ばかりだったので、とりあえず1人生きて行ければそれでいいくらいの報酬しか受けていませんでしたから、確か総額で100万とかそこらの見積りを出した気がします。

毎日徹夜で開発しました。

システムは納期を前倒しで完成し、M社長の会社に納めました。

ただ、M社長からは3分割払いの最後の入金が無いという状態が続きました。


悪い予感はしていましたが、やはりその事業は1年ほどで破綻してしまいました。

後から聞いたのですが、M社長はこのレンタルバイクビジネスに社運をかけていて、中古バイク店からは一切資金をいただいておらず、お金はすべて持ち出しで、事業収益による回収を目論んでいたようです。しかし思うようにお客が集まらず、次第に資金が枯渇。

銀行からの融資もお願いしたようですが、その時すでに会社は大幅な債務超過で、聞くところによるとすでに1億くらいの借入があったようです。

夜中、彼は私の小さな事務所にシワシワの背広を着てやってきて、「社員も全員解雇した。家も売った。もう会社を潰すしかない。」と話しました。

小舟は多少回収不能になっても沈みはしないもので、私は内心(うわー、マジかー、困ったなぁ)くらいにしか思っていなかったのですが、M社長は

「会社は潰すが、しまちゃんに払うお金は俺個人から毎月2万円ずつ返す」

と約束していただけました。

私は、彼の帰り際、

「最後に一杯奢らせてくださいよ」

と言いました。

するとM社長は、ドアノブを持ったまましばし動きを止めた後、複雑な笑顔で振り返り

「ばっか、しまちゃん。会社は潰れても俺が潰れたわけじゃねーよ。」

と言って固辞しました。

その後、彼は約束通りそれから一度も滞ることなく私へのすべての債務を完済していただきましたが、その後の消息はわかりません。


※内容は一部フィクションを織り交ぜてあります。

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