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http://www.kawasaki-museum.jp/exhibition/ag2manga%E3%80%80/

2014年8月9日(土)〜10月9日(日) 川崎市市民ミュージアム アートギャラリー3 
「ナツ・アニメ・マンガin KAWASAKI」というアートギャラリー展示の一つとして開催します。じつは、わが身体表象で僕が代表になり、佐々木果先生、野田謙介さんなどを中心にすすめている共同研究プロジェクトの一成果であります。下川凹天は、あまり注目されてこなかった作家ですが、日本で最初に漫画映画を作ったとされ、『男やもめの巌さん』という新聞漫画のヒットをもち、1933年に映画化もされてます。沖縄・宮古島出身の漫画家で変人としても有名な人でした。8月10日(日)にトークもあります。

この期間、アートギャラリーでは「トムス・エンタテインメント アニメと歩んだ50年展」(アニメ上映もあり)「水野英子展 わたしのマンガの描き方」も開催中。

natsume

http://www.bitters.co.jp/sanpo/kaisetu.html

TSUTAYAでDVD眺めていて、あからさまに怪しそうなジャケットを見つけた。『散歩する惑星』という訳わからんタイトルの下に「ジャック・タチmeetsキューブリックinストックホルム!」と書いてある。ますます怪しい。ゲージツ気取ったスカの可能性もあるが、面白い可能性もある。で、観てみました。

結論からいうと、とりあえず最後まで観られます。前半はけっこう笑う。のんびり、まったりしたナンセンスで、ややブラック。自分で自分の店に放火して半焦げになった悲劇的心理状態の太ったオヤジが、地下鉄だかの中で泣いていると、乗客全員が突然美しい歌を合唱し始めたりする。ここはバカらしくて、でも美しいので、お気に入りの場面。登場人物全員素人らしい。なるほど。スウェーデン映画なので、よくわからんが、そうかなと思う。
でも、後半はほぼ悲劇的なニュアンスの強い映像詩。ただ、映像は凝ってて、どれもこれも絵画みたいで、それだけで観ることはできる。わかろうとしなければ、それなりに面白いと思う。
TSUTAYAの表記には「コメディ系」と書いてある。困ったあげくの「系」づけ、という感じがしておかしい。でも、「不条理映画(笑いあり)」とでもしておいたほうがいいかもしれない。ただ、ジャック・タチとキューブリックの出会いはどこにあったのか、僕にはわからなかったなあ。

natsume

あ、思い出した。
今朝みた衝撃の夢。

なぜか、歯医者さんで、まるで当たり前のように、顔面の骨を外して、中身(!?)を洗う夢!
まず、顔前面の縁にクリームみたいな薬をわっか状に塗り、いともカンタンに顔面を外す。骨も外す。頭骨は上半分と、下顎部分を別々に外す。そんで、よくわからない処置をされて、中を洗うようなことをする。脳も半分見えてる。「おいおい、ほんとかよ!」とどこかでつっこみながら、でも、まるで歯垢とる作業みたいに当たり前に処置は進む。

そう、「フェイス・オフ」ですよ、まるっきり!

いやあ、その後は忘れたけど、すごい夢だったなあ。
リセットしたい願望だろうか?

natsume

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http://www.animenewsnetwork.com/news/2014-07-26/osamu-tezuka-the-mysterious-underground-men-wins-eisner-award/.77038

ライアン・ホームバーグさんの翻訳編集解説による英語版『地底国の怪人』が、ウィル・アイズナー賞の国際アジア賞を受賞しました。ライアンさんからのメールで初めて知りました。アイズナーは米国では手塚的なポジションの作家であり、ライアンさんの研究の成果でもあるので、これは大変嬉しい! 日本ではほとんど報道されてないけど、手塚の初期作品が英語圏で知られ、賞をとったというのは、快挙です。
ライアンさん、おめでとう!

natsume

馬鹿話2 2014/07/26

これはうちの学生と話していて、論文の話が一通り終わったところで、その学生が言い出したのだが、どっかでマンガ論叢書みたいな企画はできないものか、と。で、その流れで、せっかくだから、僕の「手塚治虫はどこにいる」の流れで、「どこにいる作家論シリーズ」はどうだろうということになった。

「杉浦茂はどこにいる」(うちで杉浦茂の修士論文を書いたのがいて、内容的にはけっこう画期的で意味のあるものだったのだが、いかんせん文章力が今ひとつ。これを誰かに直してもらって出す)
「宮崎駿はどこにいる」(こないだ博士論文を「ナウシカ」について書いた人がいるので、それを書き直してもらう)
「水木しげるはどこにいる」(こないだマンガ雑誌を自分で出した学生に、まだちょっと早いが、そのうちに書かせる)
「梅図かずおはどこにいる」「諸星大二郎はどこにいる」(これはうちの三輪健太朗がそのうち書く)

こうやって考えると、将来うちの学生だけで、けっこうな作家論シリーズができそうな楽しい気分になってくるなあ(笑

natsume

馬鹿話1 2014/07/26

本日は、身体表象の中間発表で、半日学生の発表を聞き、コメントし、大変に神経も頭も疲れた日なのである。したがって、そのあとの懇親会では、まあそれなりに今後のことなども話しつつ、次第に馬鹿話に花を咲かせることとなる。

ある研究者が「ミガキニシンは磨くものだと思っていた」という話に始まり、いや毛ガニを知らなかった奴がいるという話になった。その場で教えてやったらしいので、そんなもったいないことをしてはいけないと諭し、それはもちろん「だから専用のバリカンがあるのだ」と教えてあげないといけない、という話をした。
そしたらさらに「孔子を点心だと思ってた人もいる」というので、そりゃ「穴のあいた点心なんだ」といわねばならない、と話し、そのうちに、
「諸子百家飯店のメニュー」が頭に浮かんでしまった。

「孔子 穴のあいた固くておいしい点心」
「老子 よくわからないがぐるぐるしたおいしい点心」
「墨子 イカ墨まぜたおいしい点心」
「荀子 さわやかなおいしい点心」
とかね。すでにどっかにあったりして(笑

natsume

栃木県那須郡の那珂川町馬頭広重美術館「猫じゃ猫じゃ展」記念講演に呼ばれて、漱石と猫の話をします。8月2日(土)の午後1時半から。来られる方は限られるでしょうが。

アクセス
http://www.hiroshige.bato.tochigi.jp/batou/hp/index.html

馬頭広重美術館
http://www.hiroshige.bato.tochigi.jp/batou/hp/index.html

講師:夏目房之介氏 (学習院大学大学院教授・漫画批評家)
日時:8月2日(土) 午後1時30分~ ※参加無料
演題:漱石と平凡寺の孫が語る「吾輩は猫である」と猫人形
場所:馬頭総合福祉センター(美術館より徒歩3分)

natsume

http://taipei2014.jp/tokyo.html

上野の故宮博物館展みてきました。平日夕方5時に入って8時まで、人も少なくけっこうゆっくり観られました。
書に興味のある人はぜひとも行きたい展示です。
書にも陶磁器にも興味がない人は、別に無理する必要はないのでは、というのが僕の感想。僕は台北の故宮に過去3回いっているので、白菜にもトンポウロウにも興味はないので。

natsume

Photo 昨年暮れに出て、だいぶ以前に買い、でも、何となく読んでいなかった本。元マンガ編集者が小説として書いたマンガ編集者の話である。第一話「担当の夜」は、ややマイナーながら人気のある天才肌の漫画家との壮絶なやりとり。二話「担当の朝」は、あきらかにジョージ秋山を彷彿する、韜晦の達人である大物漫画家を師匠とするマンガ編集者の苦悶。三話「最後の担当」は、「無頼」を気取るしょうもない新人に入れ込み、挫折する編集者の切なさ。四話「俺酒」は亡くなった先輩編集者たちへのレクイエムで、ひたすら酒を飲んでうだをあげる話。うち、一〜二話は「オール読物」掲載。三〜四話は書き下ろし。あとがき的なページに、表紙も描いているすぎむらしんいちがマンガを載せている。小説内では、主人公の編集者は酒を飲んで記憶がなくなると裸になるらしいが、すぎむらのマンガでは事実そういう著者の写真が見つかったと描いている。う〜ん、たしかに昔の編集者にはよくいたタイプかもしれない。

Photo_2小説内の状況から、おそらく、あのマンガ青年誌で、あの人が少なくともモデルの一人、という推測ができそうだ。「この作品はフィクションであり・・・」と末尾に書かれており、たしかにいくつかのエピソードを混ぜ合わせたりはしているかもしれないが、漫画家や編集者への友情というか戦友的感情、共有した熱のようなものは、「実在」した彼らへのものだろうと思わせる。読者のレビューでは、安達哲、華倫変などが想定されている。

http://book.akahoshitakuya.com/b/4163828605

小説としてはどうか、というと、まず文章はけしてうまいとはいいがたい。変なところでブツブツと言葉を切り(あるいはネーム的なのか?)、句読点も妙なところがあり、けれどもひたすら饒舌に熱っぽく語る。そして、困ったことに、面白いのである。いやー、ややうざったいほど熱いけど、妙に面白くて読んでしまうマンガって、あるでしょ? あれと同じ感覚。一気に読めてしまう。僕は半日で読んだ。

ところで、最後の「俺酒」。読者レビューでは、これが不評。「面白くない」「いらない」と書かれている。これが不評ということは、この本の不幸で、最後の作品が納得いかないと本全体のイメージは著しく落ちる。
しかし、僕にはこの小説こそが、書かれなければならないと著者に思われたものだった気がしてならない。ふつうの読者は漫画家には興味があるが、編集者の共同体には興味がないのかもしれない。あるいは、停年後アガってしまった年齢のおっさんたちへのレクイエムなんか感情移入できないのかもしれない。たしかに、この最後の「小説」は生モノの感じがする。あるいは年齢のせいか。「面白い」かといえば、微妙だが、僕はもう少し寄り添った感じで読まされた。それは、こういう共同性ってありうるな、と感じるからだろう。
先輩編集者に聞き書きで主人公が回想録を書くというと、その先輩はいう。
「いや、どうせ昔はいい時代でしたね、って言われるだけだから。それにさあ、ほんとに忘れちゃったし、ハハハ」
その後の文章は、こうだ。
「昭和のまともな漫画編集者は過去も未来も考えてこなかった。今の今しか考えなかった。漫画週刊誌はそれ以外を考える余裕習慣を与えなかった。昔の手柄話など語らない。書かない。残さない。俺は目撃者として、そしてまともじゃないからバイアスがかかってようが彼らの業績ではなく面影素描書くことで、おおげさに言うのなら世界と折り合いをつけてみたい。世界と接点を持ちたい。」
事実、そうだったろうなと思わせる。出版及びマンガ市場がピークだった90年代半ば前後を経験した編集者らしい言葉も作品中に散見され、市場縮小の後退戦を戦ったしんどさも伝わってくる。このレクイエムは、それを背負ったための暗さを持ってもいる気がする。

マンガ編集者自身の描くマンガ編集者モノの小説は多くはないが、なかなか読ませてくれたというのが読後感。でも、表紙のイメージとはまったく違う、どろどろと自意識の折れ畳みを辿るような感じだった。面白いんだけどね、たしかに。

natsume

http://www.tv-tokyo.co.jp/aoihonoo/

観ました。なかなか楽しいものになってました。

マンガの無闇ヤタラな暑苦しさは、さすがに再現されてませんが(笑
生の人間では、あれは島本和彦さんご本人以外には無理なのかな?

natsume


プロフィール

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夏目 房之介

72年マンガ家デビュー。現在マンガ・コラムニストとしてマンガ、イラスト、エッセイ、講演、TV番組などで活躍中。

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