本日22日(土)は、身体表象文化学専攻主催「からだと文化 ウィンザー・マッケイ マンガとアニメの天才」のシンポジウムでした。13:00から17:30まで、僕の『リトル・ニモ』のマンガについての報告と、佐々木果先生によるマッケイのアニメーション映像放映。そして細馬宏通先生による「アニメーション「リトル・ニモ」「恐竜ガーティ」の奥行きと身体性」をたっぷり90分。そのあと、3人での討議と質疑。非常に興味深い内容だったと思います。残念ながら体調不良の僕はいつもの50%オフな状態でしたが、マンガとアニメーション、あるいは初期映画、見せ物としての環境などの関係など、ちょっと整理しきれないほどの問題が提起されたと思います。僕の力不足を細馬先生、佐々木先生に支えていただき、学生諸君も頑張ってくれました。
いやはや、どうなることかと思っていましたが、何とか無事終えてほっとしています。みなさん、ありがとうございました。

natsume

11月6日(木)、過去何度か経験してきた甲状腺機能亢進症を自覚、翌日病院で血液採取し、投薬を開始。10日月曜に結果を聞くと、相当症状が進んでいるらしく、1日6錠だったメルカゾールを9錠に増やす。早起きをしたせいか、病院で貧血状態になる。この症状は扁桃腺が弱り病変を起こす可能性があるので、うがいをするようにいわれた。

» 続きを読む

natsume

http://www4.nhk.or.jp/P3310/

 面白かった。浦沢が仕掛けたらしい企画で、漫画家の下書きからペン入れまでをカメラで記録し、それを漫画家が観ながら語り合うという、僕にとっては願ってもないドキュメント。登場するのは、浦沢本人のほか、かわぐちかいじ、山下和美。この比較がまた面白い。
 すでにすべての画面が頭の中で完成していて、いきなり登場人物の眉から描き始める浦沢に対し、頭部の輪郭からペンを入れ、しっかりと人物の輪郭を固めてから顔の各部に入り、眼を後から入れるかわぐち。
 もっとも驚くのは山下で、ネームでいい線が出ているのに、ペン入れの段階で何時間も悩み、しまいにペンではなく初めてだという和紙に墨でいきなりボカシを効かせた絵を描き始め、ついにはそれを断ち切りの1ページ絵にすることを決め、前のコマ構成を変えてしまう。まるでペン入れもまだネーム中のような描き方。山下の場合、すでに決まった構成は存在しないかのように、アドリブで絵と構成が出来上がってゆく。彼女の物語構成の緊密さを考えると、驚くべき行為だが、絵ばかりかコマ構成もペンの先からその場で生まれるのだといわんばかりの場面だった。
 かわぐちは、映画の脚本からの影響を語り、脚本的な台詞の緻密な構成を事前に作り、浦沢はそれに驚く。浦沢の下絵はかなりアバウトな線の集合だが(彼はじつは連載ごとにアドリブで描き続けるようなライブ感のある表現法をもっている)、かわぐちのそれはくっきりと落ち着いた構図を鉛筆の状態で完成させている。
 山下のそれは、二人と比較してもぼんやりとした鉛筆線が多く、場合によっては何が描かれているのか不明なほどだ。作家たちが、お互いの執筆中の映像を観ながら語り合う内容は、そうした違いの確認や驚きを含みながらも、しかし根底のところで手技の現場の意識を共有しているのがはっきりわかる。そこには表現の現場を巡るドラマが感じられる。
 これはおそらく、とても貴重なマンガ表現についてのドキュメントになるはずだ。

natsume

今年の「現代学入門」のテーマは「個人と国家」でした。無茶ぶり気味のテーマですが、僕の担当分レジュメです。

2014.10.23 現代学入門⑦ マンガにおける個人と国家 ①国家表象と個人   夏目房之介

○神様の表象 →キリスト教系 元ユダヤ教=ユダヤ民族と契約する神 一定の地域住民・文化の表象

 古代ギリシャ アテネ=女神=都市国家の表象 :都市国家を「個人」が表象

ある地域集団の共同「信仰」=神(多くの場合、人間ないし人間化された動物):「擬人化」

神~国家の歴史 神(共同体の信仰)→王(国家の首長)→近代国家(市民社会と政治統治機構の分離)

○国家(state)とは? 政府・官僚組織・行政組織・警察・裁判所など統治システム

 近代国家の理念上、民族(nation)、人民・市民・国民(peaple)、社会が合意の上で契約する政治的な統治機構を「国家」という(近代代議制) = 一種のフィクション(虚構)であり本来不可視なもの

 個人(individual)=分割できない独立した人間(社会構成員) 人間なので可視的

1)不可視なものを絵(マンガ)にできるか?

J.A.コメニウス『世界図絵』(Orbis sensualium pictus)17c.子供向絵本 ゲーテが子供時代に読んだ

【図1】「137-王国と属州」 1:首都(王や君主) 2:城(貴族) 3:村(農民) 4:川 5:公道(入港通行税)
【図2】「138-王の尊厳」 王と玉座、首相、書記、宮内庁長官、侍従長、兵隊、外国公使、道化師

「国家」そのものを絵にできないが、その実態を担う王や官僚、他の国の代表は個人として表象できる

 絶対王政期を過ぎると、欧州の国家は国王個人の図像が表象

【図3】19c.仏国王ルイ=フィリップ(オルレアン朝1830~48在位)のカリカチュア 洋梨(ポワールpoire)

 欧視覚文化の発展 「顔」への興味(観相学流行) 「カリカチュール」誌など諷刺画の隆盛

王は国家そのものだった絶対王政期 「朕は国家なり」(ルイ14世) 権力者個人=国家が諷刺画の常道に

【図4】英ジェイムズ・ギルレイ「プラム・プディングが危ない、または、夜食をとる国家的グルメ」(The plumb-pudding in Danger,or State Epicures Taking Un Petit Souper) 1805年の版画

 英ピット首相と仏ナポレオンが地球プリンを切り分けている 特定の個人=最高権力者を国家に擬す

※近代になって出版技術革新、流通拡大、市民社会の拡大、都市化などの中で、ジャーナリズムとしての出版に、画像を使い、カリカチュア、コママンガなどが普及し、同時に似顔と諷刺画が結びつく 市民対国家の対立

2)日本マンガへのカリカチュア、政治風刺画の輸入 明治期

 ワーグマン、ビゴーら外国人が滞日して欧型諷刺画を出版 →江戸期戯画から近代出版によるポンチへ

【図5】ジョルジュ・ビゴー「魚釣り遊び」「トバエ」1号 1887(明20)年 朝鮮を狙う日露清三国

 ここでは不特定の個人(各国の風俗を誇張した装い)で国家を表象している

【図6】北沢楽天「露帝噬臍の悔(ろていぜいさいのくい)」 「東京パック」 1905(明38)年創刊号表紙

 ロシア皇帝ニコライ2世が自分のヘソを噛んでいる 同年「血の日曜日」事件など暴動が続き、ロシア革命前夜の不安定な状況を、皇帝=国家の自身を噛むような矛盾とみる 近代的諷刺を獲得する日本マンガ

【図7】北沢楽天「日英仏露の同盟」 「東京パック」 1907(明40)年

 東アジアへのドイツ(人面の虎)をけん制すべく日英同盟に加え、仏露が同盟 英=象(インドは英領だった)、日仏露は兵士 各国家を表象する人間と動物は、擬人化のレベルとしては等価にみえる

» 続きを読む

natsume

2014.10. 30 現代学入門⑦ マンガにおける個人と国家 ②戦後マンガと国家の物語  夏目房之介

1)マンガにおける国家擬人化の現在

【図1】日丸屋秀和『AXIS POWERS ヘタリア2』幻冬舎 2008年 p14~15
【図2】同上『AXIS POWERS ヘタリア1』 p30

『AXIS POWERS ヘタリア』 米在住の日丸屋秀和(ひまるやひでかず)が、2006年頃から自身のウェブサイトで発表し始めた作品。2008年より日本で単行本化、2011年より雑誌連載。二次創作同人誌でも人気を博す。

「枢軸国(AXIS POWERS)」と呼ばれた日独伊三国同盟時代をおもに、各国のエスニック・ジョークを戯画化した4コマ中心のマンガ作品。「国民性」を表象する世界各国が各軍人=個人として擬人化されている。

 一見してわかるように、戦前までの各国の国家表象とは異なり、人物造形は日本マンガのある種の類型を踏襲し、欧米人、東洋人の差もはっきりわからない。日本のおたく系マンガの虚構世界観にエスニック・ジョークの世界観を流し込んだ形態で、直接的な政治風刺というより虚構世界の「遊び」感覚に新たなネタを持ち込んだ作品といえる。「分衆」化した大衆内の、おたく共同体の中で流通する虚構の「遊び」消費であり、高度消費社会での娯楽消費の対象と化した「国家」像といえるかもしれない。

2)戦争体験とマンガ 戦時下の「個人と国家」の戦後マンガへの影響

【図3】手塚治虫『幽霊男 前篇』 手塚治虫過去と未来イメージ展別冊図録『幽霊男/勝利の日まで』朝日新聞社 1995年 p101

 直前の場面で、溶け落ちるロボット「プポ」が、悪い博士に製造された自分達の心情を「日がな一日働かされ こき使われて 寂しく壊れてゆくのを待っているのですが、いっそ誰か一遍で壊してくれないか・・・・とさえ考えている程です」(原文カタカナ 引用者変更)と語る。1945年、動員された工場で大空襲を経験した16歳の手塚少年が感じていた矛盾感情が「プポ」に反映されているように読める。

 「激しくなる空襲や勤労動員のなかで、思春期の生命力を押し殺し、近い将来、お国のための「死」に投げ入れなければならない。あふれでようとする生命力と、それを断ち切るものの矛盾は、手塚の作家としての源泉だといってもいい。」夏目房之介『マンガと「戦争」』講談社 1997年 p15

 手塚治虫のマンガが戦後マンガに与えた大きな影響を思えば、手塚が個人として戦争という国家意志と直接相対して感じた矛盾感情は、戦後マンガの物語の駆動にも大きな影響をもたらしたといえるのではないか。【図4】手塚治虫『来るべき世界 宇宙大暗黒篇』不二書房 1951年 p140

 地球の破滅を前に、二大国の首脳が戦争終結と平和を叫ぶペシミシズム、ニヒリズムは、当時まだ20代前半の青年手塚が、戦争体験を通じ、個人として獲得したもののようにみえる。

 個人と国家が直接向きあう体験は、国家意思の被害者体験としての戦争体験マンガ、前谷惟光『ロボット三等兵』や水木しげるの戦記マンガなどにも見られ、戦後子供マンガにも影を落としている。

【図5】前谷惟光『ロボット三等兵』 「前谷惟光漫画全集①」寿書房 1957年 引用出典 「第2期現代漫画11 戦争漫画傑作集」筑摩書房 1970年 p42

【図6】水木しげる『ダンピール海峡』 「文春漫画読本」文芸春秋社 1970年 引用出典 同上 p166

 50~60年代の少年少女向けマンガには多く父母のいない子どもが描かれたが、これも戦争の結果、実際に父母を失った子どもたちが多かった時代を反映しているといえる。これも「個人と国家」の関係であろうか。

3)60~70年代若者文化とマンガ 「国家」と「革命」

 60年代、高度成長期をへて豊かになる中、戦後ベビーブーマーが次第に青年化。世界的な「若者文化」の潮流に歩をあわせ、学生運動、反体制志向が若者をとらえ、ロックやフォークによる自己主張と同様に、マンガの青年化がおこる。60年代後半、「大学生がマンガを読む」といわれ始め、大学進学率上昇とマスプロ化の中で、大量の「知的大衆」化がおこり、彼らが先鋭的なマンガを支持することで青年マンガ市場が活気をもった。「若者文化」の一角としてマンガが戦後世代の代弁メディアとなる。白土三平らの「月刊漫画ガロ」(青林堂 64年~)、手塚主宰の「COM」(虫プロ商事 66年~71年)、青年向けの劇画マンガ誌が青年マンガを開拓し、その中で戦後世代の政治意識に映る「国家」への問いがマンガ作品としてあらわれてくる。

【図7】林静一『吾が母は』 「月刊漫画ガロ」1968年4月号 図版出典 林静一『赤色エレジー』小学館文庫 2000年 p245, p268

 1945年旧満州生まれの林は、敗戦と占領のトラウマを蛙家族の息子を主人公に描いた。息子は両親(旧日本帝国)の死とともに「ゴリラ」(米国)に引き渡され、やがて自由と繁栄を手にするが、ゴリラから「山の向こうの怪物」(共産主義)との戦いへの協力を依頼される。そこに今の自分に必要な「充実」を感じるが、一瞬亡き父母の幻影に体がしびれる。しかし、最後に彼がみたのはアメリカ文化の表象と化した「母」だった。

 敗戦国の少年として育った当時の青年達は、大なり小なり、こうした矛盾感情を持ったかもしれない。自身アメリカ文化の強い影響下に育ち、一方で愛しながら、しかし「国家」の自立をめぐって米国に激しい憎悪を潜在させている。ここでは米国と敗戦が戦後日本の矛盾を抱えた国家像をもたらし、そこでの矛盾感情が戯画化された寓話として描かれている。マンガが青年個人の表現として選ばれ、そこで国家像が語られている。

【図8】宮谷一彦『太陽への狙撃』 「ヤングコミック」1969年連載 図版出典 宮谷一彦『性蝕記』(野坂昭如文、米倉斉加年絵 おとなの絵草紙「マッチ売りの少女」) 「COM」増刊 1971年

 青年マンガの旗手として60年代末から70年代前半まで戦後世代の先鋭的なマンガ読者に支持された宮谷(1945年生)が、現代日本に起きる「革命」を革命側テロリストを主人公に描いた異色作。学生運動最盛期の中でも、革命劇をアクション劇画として描いた作品は少ない。ここで日本国家の転覆は、国家の政治的中心人物たちの暗殺として表現される。この作品が滑稽な戯画にしか見えなかったとすれば、その分、すでに「国家」は政治家個人の集合ではなく、自分(個人)を取り巻く不可視の制度として感じられていたといえよう。

山上たつひこ(1947年生)は、『光る風』(「週刊少年マガジン」1970年)で軍国主義化する現代日本の近未来劇を描いたが、その構造は米国による日本支配の面を除けば、ほぼ戦前~戦中日本のファシズム化過程をなぞったものだった。実際、当時多くの青年達が国家をとらえようとして明治~昭和前期の歴史をイメージしていた。かわぐちかいじ(1948年生)もまた、青年劇画誌に明治から昭和前期のテロ事件を主題に描いてきた。

【図9】山上かつひこ『光る風』小学館クリエイティブ  2008年 p448【図10】かわぐちかいじ『戒厳令 後編』70年代前半? 引用出典 『テロルの系譜 日本暗殺史』朝日新聞出版 2008年 p292

» 続きを読む

natsume

Photo_2

僕も知りませんでしたが、『相棒』ってノベライズが出てるんですね。今月発売の『相棒12中』(朝日文庫)に解説エッセイを書きました。

「『相棒』ファンの快楽」 9ページ

です。ご興味があれば、よろしく。

natsume

成蹊大で連続講義の一回を担当しました。以下はレジュメです。

2014.11.3成蹊大学 武蔵野市寄付講座 昭和サブカルチャー史

       漫画というメディアと昭和  夏目房之介

前提として

 大正時代を通じて日本は、第一次大戦を契機に重工業化が飛躍的に進み、貿易収支も黒字に転じた。関東大震災後、出版文化が飛躍的に拡大。昭和に入ると映画が歌舞伎などにかわって浸透し、トーキー化によって庶民娯楽の中心を占める。出版では、講談社「キング」(1925(大14)年創刊)百万部をはじめ大部数の大衆雑誌が出現し、改造社「現代日本文学全集」(1926(昭1)年)から「円本ブーム」が始まる。明治末に雑誌取次が寡占化し、鉄道の90%以上が国有化、流通インフラ整備を背景に、出版市場は大衆化した。

 都市給与生活者を中心に中産階級が充実し、都市「遊民」的な感覚の文化が花開く。ロシア革命の影響で、大正末~昭和初期「マルクスボーイ」が流行する。同時期、都市のインテリ青年は「新青年」(1920~50年 江戸川乱歩、夢野久作ら)の都会的な探偵小説、推理小説に夢中になる(「新青年」には、子ども向けではない連続コマによる映画を意識した16頁漫画が登場している)。都会的消費文化の中でモダニズムの「自由な雰囲気」が溢れつつあった。

【図1】N.T.P.PRODUCTION『くろがね島』 「新青年」博文社 1935(昭10)年春号 p1

 「一九二〇年代後半からの都市には、映画館やカフェ、デパートやダンスホールが立ち並び、街頭での文化が一挙に花開く。ターミナルがつくられ、郊外生活が本格化されるなど、都市化が進行し、それに伴うあらたな生活スタイルが開始された。和洋折衷で、流しを備えた台所や廊下で仕切られた部屋を有し、ときには子ども部屋も持つ文化住宅が建てられた。また、断髪で洋装のモガ(モダンガール)が東京・銀座や横浜・伊勢佐木、大阪・御堂筋の大通りを闊歩し、大衆社会が眼に映るようになった。」成田龍一『大正デモクラシー シリーズ日本近現代史④』岩波書店 2007年 p185~186 「女子どもの文化」の台頭

1)子ども向け漫画の発展

1924~26(大13~昭1)織田小星作、東風人(樺島勝一)画『正チャンの冒険』

 「アサヒグラフ」~東京朝日新聞 1923~26年 単行本 24~26年

 織田は欧米視察の影響で子供向け新聞発刊を志し、新聞連載子供漫画の嚆矢となる。少年が荒唐無稽なファンタジー世界で活躍する話で、「モダン」な欧米コミックストリップの影響が見られる。コマ割り(新聞連載は横コマ=ストリップ、単行本は頁四ツ割)に、吹き出し、コマ外ナレーション、主人公キャラクターによる複数コマ展開をもつ。単行本タイトルに「お伽」表示があり、江戸以来のジャンル名称を継ぐ。

「漫画と絵ばなしの中間的な色彩」竹内オサム「第17章 漫画風の絵物語「正チャンの冒険」」 鳥越信編『はじめて学ぶ日本の絵本史Ⅰ』ミネルヴァ書房 2001年 p297

文字の多い岡本一平「漫画漫文」スタイルから連続コマ漫画への過渡期。物語媒体としての発展。

【図2】『正チャンのばうけん』 「アサヒグラフ」1923(大12)年 連載初回

【図3】『お伽 正チャンの冒険 壱の巻』朝日新聞社 1924年 単行本より

【図4】岡本一平「オギアより饅頭まで」東京朝日新聞 1921(大10)年 第1回

2)都市の青年と前衛美術及び「エロ・グロ・ナンセンス」

「昭和の初頭は、謹厳実直なプロレタリア美術の運動と軽佻浮薄なエロ・グロ・ナンセンスの流行が交差する時代だった。プロレタリア美術とは、共産主義思想に基づき、美術を階級闘争や革命の手段として用いたものであり、それは先の章[「第三章 三科をめぐる革命のビジョン」 引用者註]で見た三科の分裂以来の離合集散から大同団結、そして弾圧による消散に至る左翼の組織的な運動の中で行われた。エロ・グロ・ナンセンスとは、江戸川乱歩の小説、小野佐世男の漫画、都市のいかわがしいカフェーに代表されるような、性的、醜悪的、歓楽的な性質のイメージが、雑誌や劇場などのメディアに氾濫した現象である。」足立元『前衛の遺伝子 アナキズムから戦後美術へ』ブリュッケ 2012年 p147

【図5】柳瀬正夢「川崎造船部三千の労働者立つ」 「無産者新聞」1927(昭2)年

【図6】小野佐世男「X光線にかゝつたモダンガール」 「東京パック」1929(昭4)年

「こうして第四次『東京パック』では、プロレタリア美術の漫画家たちが女性像やエロティシズムの表現に取り組んでいた一方で、エロ・グロ・ナンセンスの漫画家たちが次々と社会批判や階級闘争のごとき作品を発表していた。それらの作品は当時の帝展に見られた、プロレタリア美術運動の同伴者画家たちの暗い油彩作品とは対照的に陽気である。たとえば、下川凹天《銀座はうつる》[図19]では、都会を歩く男女のカップルの横顔が描かれている。画面脇の解説には「モボ・モガに代わりましてマルクスボーイにエンゲルスガール・・・・一九二九年の銀座」とあり、プロレタリア文化運動が実は流行の若者文化でもあったことを教えてくれる。」同上 p166~167

【図7】下川凹天「銀座はうつる」 「東京パック」1929年 ※引用文中[図19]

【図8】柳瀬正夢「彼等の銀座を視る(習作の一)」 「変態・資料」1927年

「モダニズム」の一環としての前衛芸術運動

 ドイツで前衛芸術に触れた村山知義が1923(大12 同年関東大震災)年帰国、「意識的構成主義」を標榜し、「MAVO(マヴォ)」を結成。左翼マンガ家として活躍する柳瀬正夢、のち『のらくろ』で戦前マンガに一時代を画す田河水泡(高見澤路直)らが参加。大衆(子どもを含む)のための視覚文化として絵本、マンガを重視した。「大衆(人民)へ」を意識、大衆メディアとしての漫画を自覚する都市インテリ青年の文化となる。

【図9】「踊り」 「マヴォ」3号 1924(大13)年 高見澤路直(のち田河水泡)がいる

【図10】村山籌子文、村山知義絵「線映画 三匹の小熊さん」「婦人之友」1931(昭6)年

村山知義 1901~77 1922(大11)年渡独、翌年帰国し、22歳で大正期新興美術運動を加速させ、当時の前衛美術運動を担う。マヴォの活動、グラフィックデザイン、建築デザイン、演劇など幅広く活躍し、戦後は忍者ブームに乗り小説『忍びの者』(「アカハタ」1960~62年)を執筆、映画化されてブームとなる。いかにも大正~昭和初期の才気走った「若者」らしい過激さと軽さを感じさせる。子ども向け絵本もまた漫画の一端であった。

田河水泡 1899~1989 芸術家を目指した田河が24歳で参加したマヴォは数年で解散し、その後落語作者をへて、大人漫画から子供漫画に移行。彼は、映画、大衆文学、アール・ヌーボー、アール・デコの影響を受けた商業美術やファッション、ラジオの普及による軽音楽など、広範な大衆文化の中にいた。漫画は、この時期には「モダン」でおしゃれな外来文化の匂いをさせたメディアでもあった。田河の現代美術から漫画への流れは、特殊なものではなく、むしろ時代的なものだったといえる。

» 続きを読む

natsume

 アメリカのマンガ・アニメーションの父として知られ、今年没後80年を迎えたウィンザー・マッケイ。現代の視覚文化の成り立ちを考える上で、きわめて重要な位置を占めるその多彩な仕事をめぐり、「見る」ことと「からだ」をテーマに発表と討論を行ないます。

日時:2013年11月22日(土)13:00〜17:00
会場:学習院大学 西2号館501教室(東京・目白)
http://www.gakushuin.ac.jp/mejiro.html
主催:学習院大学人文科学研究科身体表象文化学専攻
共催:学習院大学文学会
申込:不要。当日時間までに会場にお越し下さい。
受講料:無料

【内容】
■第1部:発表
夏目房之介(テーマ:マンガ「リトル・ニモ」をめぐって)
細馬宏通(タイトル:アニメーション「リトル・ニモ」「恐竜ガーティ」の奥行きと身体性)
■第2部:討論・質疑応答
夏目房之介、細馬宏通、佐々木果(司会)

【登壇者】
プロフィール:
■細馬宏通(ほそまひろみち)
滋賀県立大学人間文化学部教授。1960年生まれ。京都大学大学院理学研究科博士課程修了。研究テーマは、ことばと身体動作の時間構造、視聴覚メディア史。著書『ミッキーはなぜ口笛を吹くのか:アニメーションの表現史』(新潮社)、『うたのしくみ』(ぴあ)、『今日の「あまちゃん」から』(河出書房新社)、『浅草十二階』(青土社)など。

natsume

おととい、COREDO落語会第一回というのに、知り合いの野村麻理さんに誘われて、八卦掌仲間といってきた。プログラムは、

柳家花ん謝   ※金坊の出てくる噺だが、演題忘れた
柳家権太楼  「代書屋」
柳家花緑   「二階ぞめき」
春風亭一之輔 「百川」
柳家権太楼  「富久」

 ごらんの通り、権太楼師匠が二番目とトリをとった。権太楼さんは、以前にも野村さんに誘われて聴いているが、うまい人だった。が、二人目に出てきた彼は、そのときの印象とは違って、まるで枝雀師匠みたいな演じ方で、面白かったが、意外であった。一之輔もうまかったし、花緑も以前聴いたときよりはうまくやっていた。

 が、トリの権太楼師匠の「富久」。これが凄かった。僕も若い頃から数えればそれなりに多くの落語を聴いてきたけど、これほど凄い「富久」は聴いたことがないと思う。おもに音源で聴いた志ん生の「富久」も面白いけど、志ん生のは最後まで笑わせる噺だった。権太楼の「富久」は、途中から主人公の、酒でしくじってばかりいる駄目なタイコの人間そのものを観ているような臨場感がやってきて、その人間の業と人生を感じさせてしまい、最後には恩人の親方を泥棒扱いするにもかかわらず、感情移入させてしまう。正直、周りの仲間もそうだったのだけど、涙ぐんでしまいました。
 この噺は難しい噺なんだと思う。ヘタをすると、語られている主人公を嫌いになってしまいかねない人物造形と構成なのだ。でも、それで泣かせるというのは、ほんとに凄い。酒が飲みたくて、うっかり飲み過ぎて酔っぱらっていってしまうあたりの演じ方も、まるで本人を見るみたいだった。

 生の落語も色々観てきたけど、ここまで感動してしまう噺に出会ったのは、思い出しても円生や談志など数回に過ぎない。ひょっとしたら、かなり奇跡的な幸運で出会った機会だったのかとさえ思ってしまい、だったらせっかくなので記事として残しておこうと思った次第である。いやあ、凄かった。

» 続きを読む

natsume

2014.10.11(土) 姫路文学館 「夏目漱石展」記念講演 13:30~15:00

 「漱石のこころ、孫のココロ」 夏目房之介

1)漱石と孫の私 略年譜

 祖父漱石 1867(慶応3)年~1916(大正5)年 49歳  父は早稲田の旧名主夏目小兵衛直克(50歳)

  1900~02年ロンドン留学 「神経衰弱」に悩み、帰国後も被害妄想に陥る

父純一 1907(明治40)年(漱石が朝日新聞入社し文筆に専念した年)~99(平成11)年 91歳 

 父は6人中5人目の長男 漱石40歳の子 漱石死去時は9歳

 父誕生の頃から漱石は胃病に悩み、10(明治43)年「修善寺の大患」で「30分ほど」死ぬ

 1926(大正15)年、18歳でベルリン遊学 39(昭和14)年帰国 「高等遊民」を地でゆく

 帰国後は東京フィルハーモニー設立に関わり、第一バイオリンを務める

 孫房之介 1950(昭和25)年~存命中  孫は純一43歳時の長男

  漱石著作権は1946(昭和21)年消滅 印税の恩恵なき時代の中産階級子弟として育つ

漱石『夢十夜』「第三夜」 1908(明治41)年朝日新聞連載 純一誕生の翌年

 6歳の自分の子を背負って歩いてゆく夢。次第に重くなり、預言めいたことを語る子を捨てようと思うが、杉の根の前で子が「お前が俺を殺したのは今からちょうど百年前だね」といわれる。怪談風の一編。
 純一誕生は漱石を喜ばせ、自らフランス語を教えようと試みるほどだったが、一方で漱石の無意識に原罪めいた強迫観念があったのではないかと推測したくなる作品。父親としてのコンプレックスの投影か?

〈そんなわけで戦後、昭和25(1950)年に、長男として僕が生まれる。/のちにわが国独特の戦後大衆文化となるマンガに幼少よりのめりこみ、長じて手塚治虫の死(昭和の終焉)を機にマンガ論を展開することとなる。/その過程で、手塚マンガの成立背景として宝塚のモダニズム、戦前期の大衆社会と中産階級の成立を想定するにいたり、父母らを育んだ時代と接点を見いだすこととあいなった。/近代建設期の漱石、一応成立した近代市民社会の父母、戦後大衆社会の僕。/明治の大知識人としての漱石と、中流趣味階層としての父母、そして戦後の知的大衆としての僕。/歴史と個人、家族の錯綜はまことに珍である。〉夏目房之介『孫が読む漱石』実業之日本社 2006年 p39

» 続きを読む

natsume


プロフィール

<!-- include:/natsume/profile_name.html -->夏目 房之介<!-- /include:/natsume/profile_name.html -->

夏目 房之介

72年マンガ家デビュー。現在マンガ・コラムニストとしてマンガ、イラスト、エッセイ、講演、TV番組などで活躍中。

詳しいプロフィール

Special

- PR -
最近のコメント
最近のトラックバック
カレンダー
2014年11月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
カテゴリー

オルタナティブ・ブログは、専門スタッフにより、企画・構成されています。入力頂いた内容は、アイティメディアの他、オルタナティブ・ブログ、及び本記事執筆会社に提供されます。


サイトマップ | 利用規約 | プライバシーポリシー | 広告案内 | お問い合わせ