夏目房之介の「で?」

10時間睡眠と練習、そして録音テープ発見

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今週、水木で授業が始まり、昨日木曜12日は、夕方から李先生の八卦掌講習会。前半、三尖掌キックバージョンを練習。前蹴りしてそのまま蹴った足を地面に触れずに後ろに蹴る。これを左右二度繰り返して、最後に尖掌して走圏に戻る(前にやったときは、最後も蹴り+尖掌だった)。 李先生は、自分も年とったのできつい。今日はお客がきて、一緒に練習したから。などといっていたが、これを20分も続けるとさすがにへろへろ。50代の李先生がしんどい練習を70近いあたしがやるのだから、しんどくないわけがない。30分ほどで休憩。
その後、後半はひたすら尖掌と帯手の対錬。帰るとき李先生が「今日はみなさん、よく眠れるでしょう」といわれたが、その通り。12時には耐えられずに就寝。気づいたら10時だった。久々に10時間、まったく途中で目が覚めずに寝た。まだ眠いよ。対錬は、面白いけど、いまだにポイントがつかめない。みんなぞれぞれ、自分の解釈でやってるみたいだ。
ところで、写真は最近出てきた録音テープの一部。どこにいったんだろうと思っていた「丈&飛雄馬」のときのちばさん、川崎さん、担当編集のインタビューや水木しげるさん取材テープ、「マンガの読み方」の打ち合わせテープなどがごっそり出てきた。それとは別に父母や叔父伯母などの会話を取ったテープもでてきた。こちらはおもに母がたの祖父、三田平凡寺についての取材テープである。これもデータ化しておきたい。

Comment(1)

コメント

おひさしぶりです。
対錬についてのコメント、興味深いです。
疲れるけど面白い。それはそのまま同意します。楽しかったことは覚えています。講習会の後はへろへろでした。
「ポイントが摑めず、個人が勝手な解釈で…」は練習としてそれで良いのか疑問に思いました。
武術練習で一番怖いのは「自分の経験から来る解釈」だと思っています。現代日本人の日常生活から来る経験は、たとえそれがスポーツ経験者や武道の経験者であってもそのまま外国の(しかも今とは時代背景や生活様式、宗教的価値なども全くと言っていいほど違う)武術に当てはめるのは危うい気がします。
正しい練習というのは言葉で言うほど簡単ではないと思うのですが、しつこいくらい李先生に食い下がって良いのではないでしょうか。
かつて馬貴派八卦掌を練習していたときとは違うスタンスで武術に取り組みながらそんなことを感じたので、武術歴の長い先輩に失礼とは思いながらコメントさせていただきました。
 
戸越銀座、「隣町珈琲」には入ったことがあります。

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