夏目房之介の「で?」

森下典子『こいしいたべもの』(文春文庫)、野村麻里『香港風味』(平凡社)

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森下典子『こいしいたべもの』(文春文庫オリジナル)。かつて80年代に週刊朝日でライターとしてずいぶんお世話になり、『典奴どすえ』でメジャーになったエッセイスト・森下さんの最新作。とにかく感性がよくて、絵になるネタをいつも持ってきてくれた人だが、文章のうまさは抜群で、今や達人といっていい。難しい言葉は一切使わず、けして長い文章でもないのに、その奥行の豊かさは、この十倍の本を読んだくらいの手ごたえがある。
この本の前の『いとしいたべもの』もそうだが、ここに収録されたエッセイは、僕が関係していた食品製造機の会社「カジワラ」さんの社長さんに僕が紹介し、ホームページに連載されたものだ。こういう本に結実する仕事を仲介できたことは、ひそかにうれしい。東海林さだおの系譜といっていい食べ物のエッセイとして見事なほどうまそうで、軽くて深い。
しかも、彼女の描いている絵である。なんというか、対象への愛にあふれたいい絵で、食べ物はもちろん、皿や茶器の肌の感じなど、ちょっと感動でしてしまう。エッセイスト森下典子の最高傑作は、僕にとっては15年前に書かれた『日々是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』(飛鳥新社 のち新潮文庫)だが、高いレベルのエッセイを今も出し続けていることを、少しでも知ってほしい。
たまたま近い時期に、これもライターの駆け出しの頃から知っている野村麻里さんが、香港での生活体験をもとに、料理中心にレシピと、やはり自筆のイラストつきで紹介している『香港風味 懐かしの西多士(フレンチトースト)』(平凡社)が出た。森下さんとはまた違う味わいの、おいしい本であります。

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