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夏目房之介の「で?」

小野耕世『長編マンガの先駆者たち ―田河水泡から手塚治虫まで』(岩波書店 2017)

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小野耕世『長編マンガの先駆者たち ―田河水泡から手塚治虫まで』(岩波書店 2017)
序章 日本は長編マンガの王国
第一章 珍品のらくろ草をたずねて ー 田河水泡論
第二章 三百六十五日のフシギ旅行 ー 茂田井武論
第三章 一九四〇年、火星への旅 ー 大城のぼる論
第四章 人造心臓の鼓動がきこえる ー 横山隆一論
第五章 新バグダットのメカ戦争 - 松下井知夫
論その1
第六章 モセス・モンがやってくる - 松下井知夫
論その2
第七章 プッチャーのふしぎな国 - 横井福次郎論その1
第八章 冒険王ターザン、原子爆弾の島へ - 横井福次郎論その2
第九章 ターザン、大地震の日本へ飛ぶ - 横井福次郎論その3
第十章 スピード太郎の世界地図 - 宍戸左行論
第十一章 人類連盟本部にて ー 藤子不二雄論
第十二章 ある少年マンガ家の冒険 田川紀久雄論
第十三章 戦後ストーリー・マンガの出発点 手塚治虫論

小野さんならではの、その歴史的なマンガ体験からくる戦前~戦後を貫く「長編マンガ史」。1980~81年に、あのSF誌「奇想天外」に連載された「奇想天外コミックスの系譜」がもとになった単行本。これまで、ほとんどの戦後マンガ言説で触れられることのなかった重要な作家たちを、戦前~戦後を貫通する漫画体験史に位置付ける仕事は、今まさに日本の漫画史論が必要とする観点を豊かに含む。
小野さんは、もちろん海外のマンガ紹介者のように思われているように、世界のマンガ史に詳しいが、その観点から"日本の長編マンガは1930年代の世界的なコミックの流れの中で、その影響を受けつつも、他に類をみない特異な発展をとげていた"という仮説を展開している。
もともと小野さんの奇想天外掲載の松下井知夫論に刺激を受けて書かれた宮本大人の論文で知った『ナマリン王城物語』は、戦中~戦後にかけて連載された稀有な子供マンガであっただけではなく、その結末が「鉛の柱」(=活字、すなわち情報)こそが真の敵だったという、まことにユニークかつ興味深い物語。これはやはり全体を読みたいが、復刻されていない。
手塚論には酒井七馬のユニークなコマ分節法への言及もあり、「新宝島」論にも重要な視角をもたらす。そのほか、大城のぼるの戦後作品の不思議な世界についても、さまざまな示唆がある。僕らの世代が、体験的に知らなかったためにバッサリ切り捨ててしまった内外のマンガについて教えてくれて、ほぼ通説化してしまった戦後マンガ史観を揺るがしてくれる。マンガ研究者必読である。

「おやぢ教育」と手塚.JPGマクナマス『親父教育』と戦後手塚マンガ

「ナマリン」鉛の王様.JPG

松下井知夫『ナマリン王城物語』の結末

「新バグダットの盗賊」.JPG

小野さんがエロティックだという松下井知夫の女の子。

酒井七馬「海底魔」.JPG

酒井七馬の独特なコマ分節

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