夏目房之介の「で?」

みなもと太郎「なぜ「新寶島」は手塚治虫の年下世代にしか支持されないのか」

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竹内オサムさんの個人雑誌「ビランジ」連載の、みなもと太郎師匠「まだまだ謎だらけ 手塚マンガ⑥ なぜ「新寶島」は手塚治虫の年下世代にしか支持されないのか 続き」(「ビランジ」39 2017年3月)に、大変貴重な証言の記録が載ってます。

みなもと師匠がこだわるのは、1933(昭和8)年生まれの映画評論家・三木宮彦が「新寶島」を書店だかでパラパラ見て「日本の漫画も落ちたもんだ」と思ったという話を直接聞き、トキワ荘世代にあれだけ持ち上げられた同じ作品が先行世代には評判がよくないのは何故かという疑問にとらわれたから。

この話をして、1926年生まれのマンガ家・絵本作家・宮坂栄一(手塚の3歳上)に尋ねたそうです。彼の答えはこうです。

「私も、似た経験をしてます。[略]いやあ、『ひどいなあ・・・・」と思いましたね」[略]「手塚治虫の絵がひどいんです」[略〕「あの画力で、本になるなんて、戦前では絶対、ありえないコトです。」[略]でもね」[略]「その手塚マンガを、元の棚に戻せなくなったんです」[略]「悩んだけど、どうしても手放せない、何かがあるんですね」

 結局、宮坂は本を買ったのだという。それが本当に「新寶島」だったかどうかは、宮坂さんの記憶もあやしいのだが、たしかにこの証言で、先行世代の不評と、トキワ荘世代の衝撃をつなぐ「何か」がありそうです。

僕自身、中学になる年に「アトム」のテレビアニメが始まり、すでにアニメーションの優れた作品をいろいろ見てたので、「こりゃあ、ひどい」と思ったものです。ですから、僕はアニメ世代に入らず、月刊マンガの手塚を評価することになります。でも、もっと若い世代にとっては、これこそが「アトム」であり手塚だったわけで、間違いなく面白かったはずです。みなもと師匠の執念に感謝です。

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