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夏目房之介の「で?」

じゃんぽ~る西『モンプチ 嫁はフランス人』2(祥伝社)

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 この人のエッセイが面白いのは、ごくフツーの、どうでもいいようなことを、水平の目線で切り取り、微妙な落差に興味をもってふわっと取り上げる、その手つきなのだが、何というかすし職人みたいな感じがする。別にどうってことない、という風情で、一定のレベルの「面白さ」「可笑しさ」「興味深さ」をどこかに仕組んでくれる。

 フランス人の奥さんと、幼い息子をめぐる日常のマンガなのだが、フランスと日本の異文化の落差と、幼い息子の成長というある種の「異文化」への興味と驚きがまじりあって、飽きない。作者の感性がいいなあ、と感じるのは、息子が「何で?」を連発する時期になった話の流れで、わざと父親の靴下を自分のだという息子の言葉を否定する1頁7コマのエピソード。

 「なんで大きいくつした お父さんのなのー?」

 「お父さんの足が大きいからでしょ?」

 「なんでお父さんの足大きいのー?」

 「もう40年も生きてるからかな」

 「なんでもう40年も生きてるのー?」

 「死ねないから」

 「なんで死ねないのー?」

 「こわいから」

 「なんでこわいのー?」

 「う~ん  自分がなくなってしまうのがこわいんだろうな」(「問答」p.140)

 ここで息子の「なんで攻撃」が止んだらしい。

 かわいくないですか? 作者である父親は、幼い息子と同じ高さで、そのまま答えていて、そこも感心するが、ふつうなかなか「なくなってしまうのがこわい」からと、幼い子供に答えないんじゃないだろうか。この面白さって、何なのかうまく説明できないのだけど、絵のシンプルなかわいさもあるのかな。ただ、作者は「さすがにめんどくさくなったんだと思う」と落としているが、たぶん息子は単にわからなかったんだと思う。

 ところで、青年マンガ誌のグラビアの水着女性が17歳だと知って、フランス人の奥さんは「17歳でこんな写真は児童ポルノです!」「ツイッターでツイートします」という。作者は「このように性のモラルを巡っては日本は欧米と摩擦を起こしやすいのだ」とサラッと書く(「グラビア」p.85)。「日常」や「フツー」が、突然二つに割れて裂け目が見える瞬間の感覚が、軽いままに描かれている。軽いけれど説得力もある。

 でも、このことをそれ以上に展開して、その裂け目をお互いに「なるほど」といえるような対話や議論にむずびつけ、落としどころを見出すのは、そう簡単でも単純でもない。文化史的な背景や文脈に関する知識がかなりないと、そもそも相対化がお互いに難しい。論理的な膂力がお互いにないと、気分のままぶつかるしかない。海外での日本マンガバッシングに、ただ感情で「わかってないなあ」と反発するだけでは、説得力をもたないのだ。

 生活人としての作者のスタンスがいいのは、「そういうものだよね」という場所で立ち止まっているところで、こういうことは事実よくある。この感覚も大切なんだと思う。作品化された挿話なので、実際のやり取りとは違うかもしれないのだが、この感覚が国際結婚の夫婦をうまくやっていくコツなのかもしれない。

 あと、顔の印象について、日本でみる息子の顔は「外国人」によせて見られるのだが、フランスでは「アジア人」に見られるという話も興味深い。「これは日本人もフランス人も見慣れている自分達の顔を基準にしているからだと思います」「日本人もフランス人も息子の顔を見た時は自分達の顔とは違う部分だけを無意識に見ているのです」(「我々は何を見ているのか」p.129~130)という作者の言葉はシンプルだが、含蓄深い。こういう目線で見られるところがいい。

 今僕は、海外と日本の「日本マンガスタイル」の印象についてアンケートをしつつ検証しようといているのだが、回答者が欧米、日本、アジアのマンガの、どの「らしさ」を見出そうとするか、その恣意性のバイアスにひとつの課題があるように感じているのだ(アンケートについては詳細に書けないので、何をいわんとするかわからんとは思うが)。

 じつは、顔の印象については、けっこう僕も考えたりしていて、この話はヒントになった。そもそも、まじめに検証しようとするとえらいことになるだろう「基準」の意識と、その文脈について、我々はそれがあるのを確信しているが、じつのところ比較的に対照しようとしたとき、まことに曖昧でしかないことに気付く。しかし、その曖昧さこそが「日常」「フツー」を支える力であって、それを切り崩すと、何もいえなくなったりする。何かをいおうとするとき、この「曖昧」をどう考えたらいいのか。論理的に形式化、抽象化して、棚に上げておくことはできるのだろうか。などと、いろいろ考えてしまう。

 まあ、この本はそんな難しいことを考えるエッセイマンガではなく、軽い読み物なので、このへんにしよう。ちなみに僕が好きな話は「どうでもいい会話」(p103~104)です。

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